学びへの誘い

2016年5月28日更新

 國學院大學が所有する学術資産の内から、古典籍を中心に展示会を開催し、開催地域との文化的な融合を図ることを目的として平成17年より実施しています。
 「学び」とは、学生のみならず、誰もが生涯を通して行う行為であり、切り口を変えることにより、新しい発見が生まれ、様々なものが見えてきます。
 多彩な入口を提供し、学術の裾野を広げようとする試みが「学びへの誘い」です。

平成28年度は「江戸文学の世界 ―江戸戯作と庶民文化― 」と題し、出版文化としての江戸文学(近世文学)を通観するとともに、國學院大學で所蔵する江戸文学の代表的作品や珍しい作品を紹介するものです。特に、庶民文化と密接な結びつきを見せた江戸後期の戯作類を中心として、ややもすると文学史上で軽視されがちな庶民文芸に改めて光を当てています。

  • 今までの展示一覧

    平成27年度

     明治時代の日本は、西欧諸国に比肩する国家となるべく、近代化を推し進めました。このような中、近代的な法律や制度の整備をになった法制官僚たちは、単に西欧を模倣するのではなく、日本の独自性を有した近代国家のあり方を追究して、その確立をめざしました。
     こうした明治日本の法制官僚を代表する存在が井上毅でした。井上(いのうえ)毅(こわし)(1844―1895)は、肥後国熊本の出身で、その実力を大久保利通に見出されて以降、主に法制官僚として活躍し、明治22年(1889)の大日本帝国憲法の制定においては、伊藤博文の右腕として草案作成に中心的な役割を果たしました。また、国会開設の勅諭・教育勅語などの詔勅をはじめ、多数におよぶ法律・制度の起草や多岐にわたる政策の立案に従事しており、今日、「明治国家建設のグランドデザイナー」と称されています。井上毅が所有していた文書・図書からなる「梧陰(ごいん)文庫」(「梧陰」は、井上毅の号)は、明治日本の近代化を読み解く上でも貴重な資料群であり、現在、國學院大學図書館に所蔵されています。
     今年は井上毅歿後120年の節目にあたることから、これを記念して、「梧陰文庫」の資料を中心に、井上毅の事績を日本の近代化にともに尽くした人々との交流に着目して紹介し、明治国家の建設にかけた当時の人々の想いに迫ります。

    平成26年度

     一口に古文書といっても、種類は多岐に亘ります。まず、戦国時代の代表的な古文書の様式についていくつかご説明します。
     戦国大名が最も多く用いたのが「書(しょ)状(じょう)」です。差出者自身の手による花押(かおう)と呼ばれるサインが書かれたこの文書は、他の大名に出す外交文書や家臣に対する命令書など、幅広い用途に使われました。また、ときに大名は自ら筆を取ることもありました。全文自筆による書状は数少ないのですが、それゆえに大名たちの筆跡を窺い知ることのできる貴重な文書と言えます。
     花押の代わりに印判を押したものが「印判状(いんぱんじょう)」です。差出者と受取者に大きな身分差がある場合によく用いられました。戦国大名も用いましたが、より頻繁に使用していたのは天下人である織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の三人です。とくに信長の「天下布武(てんかふぶ)」印は有名です。
    「禁制(きんぜい)」は戦国時代特有の文書です。合戦や軍勢の移動にともない出されたもので、自軍の乱暴狼藉を禁じる内容となっています。したがって、合戦が起こらない江戸時代に入ると消滅することになります。
     今回の展示では、こういった様々な様式の古文書を数多くご紹介します。戦国初期の名将太田道灌の時代から、信長・秀吉による統一への躍動の時を経て、家康による江戸幕府樹立に至るまでの約一世紀の間に出された古文書の数々は、皆さんをはるか四五百年前へと誘うことでしょう。
     とくに、信長・秀吉・家康といった天下人の古文書にはご注目ください。数百年の時を越えて現存している古文書の中には、破損のため後世の人の手により補修されたものも少なくありません。
    今回は、当時のままの姿を留めた彼らの古文書を何点か展示します。それらの古文書からは、戦乱の時代を終わらせて、新しい時代の扉を開こうとする彼らの野心や自信といったものが感じ取れるかもしれません。

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