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地方だけではない!多様化していく高齢者の移住先
~コロナ禍により、地方移住の風向きが変わる可能性~(連載第5回)

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経済学部教授 田原裕子

2020年11月16日更新

 

 急速に進む東京圏の高齢化。その解決策として挙げられているのが、高齢者の「地方移住」だ。この観点から、本連載ではこれまで国内・海外の高齢者移住の歴史や動向を取り上げてきた。

 では今後、東京圏からの移住が促進されることはあり得るのだろうか。「近年、日本ではアクティブな高齢者を対象にしたリタイアメントコミュニティ(RC)が商業的に成功するなど、高齢者移住の選択肢は増えており、東京圏からの移住が活発化する可能性はあります」と話すのは、國學院大學経済学部の田原裕子教授。高齢者移住の受け皿は広がっており、「コロナ禍で動きは加速するかもしれません」と話す。

 高齢者移住を取り上げてきた本連載、最終回は日本での高齢者移住の今後を考える。

國學院大學経済学部教授の田原裕子氏。博士(学術)。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。職歴:東京大学大学院総合文化研究科・教養学部助手、國學院大學助教授を経て現在に至る。少子高齢化や都市再生など、現代社会が抱える様々な問題を“街のコミュニティー”を通じて考察する専門家。


「スマートコミュニティ稲毛」に見る、RCへの移住という選択

――前回までは、高齢者移住が盛んなイギリス・アメリカの動きを中心に伺いました。これらを踏まえ、今後の日本における高齢者移住を考えていきたいと思います。

田原裕子氏(以下、敬称略) わかりました。移住を考える上では、まず大切なことがあります。それは、移住の大きな特徴は「どの地域にも可能性があること」です。

 移住の場合、何が魅力となり、移住の動機を生むかは人により変わります。「地域おこしを手伝いたい」とその土地を選ぶ人もいれば、なかには「何も無いからこそ、この地域が好き」という人もいるでしょう。地域にとっては、移住者を呼び込む引き出しは幅広くあるのです。移住はその地域がさまざまな方向性で工夫すれば、その地域なりの魅力を生み出せるということでもあります。これは地域創生、地域おこしを考えたときの移住の特徴でしょう。

――確かに、移住は地域の魅力が多様化しそうです。

田原 その上で、これまでの高齢者移住を見ると、日本では地域に飛び込んでいく移住が多かったと言えます。地方の集落の空き家を買ったり借りたりして移り住み、地域のコミュニティに入る形です。しかし、最近は日本でもRCが増えており、そういった高齢移住者向けに開発された施設に入る移住も多くなっています。実際、日本のRCでも、民間主導でビジネス的に成功している事例が出ているのです。

 象徴的な施設が、千葉県の「スマートコミュニティ稲毛」です。高齢者が健康なうちに入居し、終身で過ごすことが可能な「CCRC(Continuing Care Retirement Community)」であり、1000人以上が過ごせるコミュニティ施設と分譲マンションからなります。施設内には複数のレストランをはじめ、テニスコートなども完備。さまざまなサークル活動やイベントが行われています。もちろん、これらは入居者同士がつながる仕組みにもなります。前回お話ししたアメリカのサンシティのコンセプトに近いRCが日本にも出ているのです。

スマートコミュニティ稲毛のサイトより

――地域に飛び込む移住ではなく、高齢移住者向けに作られた施設に入ると。

田原 はい。地域に飛び込む移住は覚悟や勇気がいります。その土地に根付くルールや習慣に合わせなければなりませんから。いわば「郷に入っては郷に従え」の世界であり、都会から田舎へ移住する際に苦労するケースも多いでしょう。

 対して、稲毛のようなRCは資金こそかかるものの、似た状況や価値観の高齢者が新たに集まり過ごす施設です。こういった施設が日本で増え、高齢者移住の選択肢になっていることは注目すべきでしょう。

 以前お話ししたように、日本の高齢者移住は2007年、団塊世代が定年退職を迎えるタイミングで話題になりましたが、期待するほどの動きは生まれませんでした。それが10年以上たち、こういったRCの発展を含め、受け皿が整ってきたと言えます。

首都圏から約300km圏内が「移住先としてのひとつの目安」

――ちなみに、スマートシティ稲毛が商業的に成功した理由はどこにあると思いますか。

田原 一つには、大規模施設であることを生かしたスケールメリットが考えられます。先ほどお話ししたように、この施設では分譲マンションに加えてコミュニティ施設があり、スポーツ活動や文化活動などさまざまなアクティビティが可能です。活動を通して住民のつながりも生まれるでしょう。住居以外にもアクティブ・シニア向けの施設とサービスが充実している点が魅力になっているのではないでしょうか。

 二つ目には、地理的なメリットがあったと考えます。稲毛は東京駅から40km弱、電車で40分弱の通勤圏です。人が移住先の候補として考えるのは今住んでいるところから300km圏内がひとつの目安になります。移動時間で言えば3時間ほど。この範囲内ならある程度の土地勘があったり、移住前に土地を探索できたりします。そして何より、移住前に築いた人間関係を維持できる点が大きいでしょう。つまり、会おうと思えば会いに行ける距離感です。

 特に女性は、移住後も以前の人間関係を維持したい傾向が強いです。そのため、時々帰れる距離への移住を希望します。300kmはその願望を叶える距離です。稲毛は都心からの距離も近いので、その点も魅力なのではないでしょうか。

 加えて、資産価値の維持を期待できた点も、成功のポイントだと思います。日本の高齢者施設は利用権方式を採用する施設が多いですが、それでは多額のコストを支払って入居しても、本当に最期まで満足いく暮らしができるのか、不安視する人が多いでしょう。これも、今まで日本でのRCがあまりふるわなかった理由だと考えられます。その点、スマートコミュニティ稲毛は通常の分譲マンションと同様に所有権方式をとっているので、子どもに相続させることもできるし、事情が変われば転売して出て行くこともできます。都心からの利便性の高い場所にある分譲マンションとして考えることができる点も、安心材料につながったと考えられます。

――RCのような新しい移住の選択肢に対し、これまで通り地域に飛び込む移住も残っていくのでしょうか。

田原 はい、残っていくと思います。移住によってどのようなライフスタイルを実現させたいのかは人それぞれです。都市的なアメニティ、アクティビティの充実や利便性を重視する人もいれば、自然に囲まれて暮らしたい、農業をやってみたいという人もいます。それぞれの資金や価値観で判断すると思います。

 コロナの影響もあって今後は地域への移住を考える人が増えるかもしれませんが、その際に心に留めておいていただきたいポイントがあります。以前調査をする中で、移住者を“受け入れる側”となる地域の方が話していたのは「私たちの地域を、都会で失敗した人の逃げ場にして欲しくない」ということです。

 併せてよく聞かれたのは、移住者はその地域に魅力を感じてきたのだから「移住後は地域を守る側になってほしい」ということ。つまり、地域に惹かれて移住したにも関わらず、そこで好き勝手に暮らすのは困るということです。

――具体的にはどういうことでしょうか。

田原 先ほど話した地域のルール、文化を守れない移住者になってほしくないということでしょう。地方には都会と違う文化があります。地域の清掃や草刈り、ゴミ出しのルール、あるいは、住居の生垣についても、地域によっては街の景観を統一するためにコンクリート塀を作らないという暗黙の了解があるケースも見られます。仮にそういった地域の景観を好んで移住した人が、その景観を壊すような暮らしをするのは望ましくない。だからこそ、自分はどんな移住ができるかを精査して、選択すべきではないでしょうか。

コロナ禍で「東京を出たい」というプッシュ要因は強まるか

――確かに、移住者が地域の魅力を壊してはいけませんよね。

田原 一方、地域おこしでは「よそ者」が必要とも言われます。つまり、受け入れる側の地域にとっても、移住者が来ることはチャンスになり得るのです。その意味で印象的だったのが、福島県田村市のとある民泊を営む女性オーナーの方です。福島県の移住調査をしたときに知った方で、彼女も東京からの移住者でした。田村市で民泊施設とカフェを経営し始めたのですが、数年経って東日本大震災が起きてしまいます。

 震災以降、福島県から出る人も多かったのですが、オーナーの方は残りました。そして、田村市でいち早く民泊施設を再開。さらに、長期避難者が田村市に一時帰宅する際の宿泊先としても開放しました。

 移住者全員がそこまですべきということではありません。ただ、彼女のように、外から来た移住者がその地域を守る側になることもあります。よそ者を生かす大切さを感じるエピソードです。

――ちなみに以前の記事で、移住が起きる要因として「この場所から出たい」というプッシュ要因と、「あの場所に住みたい」というプル要因の2つが必要と伺いました。

田原 そうですね。これまでに話したRCや移住先の魅力は「プル要因」と言えます。一方、プッシュ要因も移住の活性化には必要です。たとえばロンドンで20世紀初めに移住が活性化した背景には、プル要因とともに「産業革命によるロンドンの環境悪化」というプッシュ要因がありました。一定数の人々が「この場所から出たい」と考え始めたのです。

 東京圏からの高齢者移住を考えたとき、これまではそこまで大きなプッシュ要因を見つけるのは難しかったといえます。「東京を出たい」と考える要因が弱かった、ということです。

 けれども近年は「東京圏高齢化危機回避戦略」で指摘されたように、東京圏における医療・介護の不足が不安材料となっています。今後、医療・介護の不足が顕在化すれば、プッシュ要因になる可能性もあります。また、コロナ禍によって風向きが変わる可能性もあります。東京圏をはじめ、都市部は感染者が多く、特に高齢者はリスクと捉えることも多いでしょう。それがプッシュ要因となり、地方移住を考える人が増える可能性はあります。

――高齢者移住の動きが加速することも考えられるということですね。

田原 何より、すでに人生100年時代に突入しています。平均寿命が延びる中で、シニアになってから新しいことを始めたい人、一度人生をリセットしたい人も多くなるでしょう。そのきっかけとして、移住は価値を持つはずです。

 東京圏では何千万分の1だった自分という存在が、地方に移住すると何千分の1、何百分の1になるかもしれない。そういった存在感の変化が起きるのも移住の特徴です。その意味でも、これからの時代、移住は個人の選択肢としてより魅力的になっていくのではないでしょうか。

(おわり)

田原 裕子

研究分野

地域社会問題、高齢社会と社会保障

論文

「都市再生」と渋谷川(2018/03/10)

高齢人口移動の理論とモデル(2017/11/01)

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