神道文化学部 在学生インタビュー(26)

2015年12月15日更新

迷いや不安を、共に乗り越えよう!

吉田さん
フレックスB(昼間主)4年

「やがては自分も神職に…」

私はある神社の長男として生まれ育ちました。幼少時から、祖父や父が神社で奉仕する姿を身近で見てきました。
「いずれは自分も神職にならなければならない…」いつの頃からか、そう思うようになったのです。
月日は流れ、おかげさまで本学の神道文化学部に入学することができました。
しかし入学当初は、心のどこかで、神職という生き方に対ずる迷いもあったのです。

ゼミでの発表

1年次、『古事記』との出会い

そんな中で、1年次の授業が始まりました。私はとりわけ武田秀章先生の「古典講読 I」の授業に熱中しました。
先生による『古事記』の熱く生き生きとした語りによって、私は次第に、神道の底知れぬほど深い源泉に引き込まれていったのです。
3年次から始まる専門の演習。私は武田先生のゼミを選択しました。
1年の頃から、武田先生の授業は1回も休んだことがありません。
先生のおっしゃることは一言も聞き逃すまい、という気持ちで授業に臨んでいます。

ゼミで

迷いを乗り越えて

神職という生き方への迷いが消え始めたのは、2年次から3年次にかけて行われた神社実習がきっかけでした。
大きな神社で泊まり込みの合宿を行い、一年に一度の例祭から、縁日のように賑やかな祭礼まで、様々なお祭りにご奉仕させていただきました。
そこでは、多くの氏子の方々、先輩神職の方々から、言い尽くせないほど多くのことを学ばせていただくことができたのです。

自分の迷いが消え始めたきっかけは、ある先輩神職の方の次のひと言でした。
「お参りの方が、『今度もぜひあの神主さんに御祈願をやってもらいたい』とおっしゃられた。神主としてこれほど嬉しいことはないよ」
この言葉を聞いたとき、「自分もそう言ってもらえるような神職になりたい」という思いが、沸々と湧き上がってたのです。

ゼミの後の茶話会で

「明階総合課程」の履修

4年生になって、「明階総合課程」の履修を始めました。この課程を修了すれば、卒業時に宮司の階位である「明階」が授与されます。もちろんそれも有難いことですが、それ以上に私がこの課程に求めたのは、神職としての実践的なスキルの修得でした。
神道文化学部の学生であれば、神社とはなにか、“まつり”とはなにか、日々の講義で知識として理解はしていると思います。しかしそれを、一般の人々に、わかりやすく伝えることができるでしょうか。それが出来なければ、神職として「神道の精神」を伝えていくことはできません。
「明階総合課程」の学修を通して、御社頭で必要不可欠な「語る力」「説明する力」を、しっかりと身につけることが、自分の目標です。

明階総合課程「神道教化システム論」でレポートの取り纏めをする吉田さん

神社を運営し、後世に伝えていくためには、“宗教法人”としての神社の管理というものも避けて通れません。そのためのノウハウを会得し、将来神社を運営する上での糧とすることも、私のもう一つの目標です。
おかげさまで先般、神社への奉職が内定しました。ご社頭での実践によって、自らを厳しく鍛えていきたいと願っています。

神職子女へのエール

神職として生きてゆく覚悟。私はそれを、大学入学後に、ようやく堅めることができました。
神職として生きていくことに不安や迷いを抱えている皆さん。大学で仲間と共に学ぶ中で、いつか“気付き”や “転機”が訪れてくることでしょう。
それは必ずや、皆さんの人生に、希望や目標を齎してくれるに違いありません。
神職子弟・子女の皆さん。神道文化学部という「共同の学び舎」に集いましょう。神職としての末長い道のりを、共に歩んでいきましょう。

武田学部長と

武田秀章学部長より

吉田さんは、この4月からゼミ長を務めています。吉田さんの渋い差配が、ゼミの運営をきりりと引き締めています。
そんな吉田さんの演習論文のテーマは、大国主神を支えるサポーターの神々についての研究です。
前回の発表では、大国主神の第一の助っ人、名毘古那(すくなびこな)の神について考察を巡らしていました。
主役の大国主神というよりも、大国主神を支えるバイプレーヤーの役割に注目するあたりにも、吉田さんの渋さが表れています。
普段は寡黙で控えめな吉田さんですが、内には人一倍の熱い思いを秘めています。そのことは、この吉田さんのメッセージにも、しっかりと示されているのではないでしょうか。
迷いや悩みは、成長の糧です。
真摯な模索を経た吉田さんが、やがては神社と地域を下支えする「縁の下の力持ち」として大成していくことを、心から願ってやみません。

このページに対するお問い合せ先: 神道文化学部

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