神道文化学部 在学生インタビュー(14)

2014年11月29日更新

神道文化学部での4年間

押田さん
フレックスB(昼間主)4年

本格的に神道を学べる唯一の学部、神道文化学部

私は小学生のころから、地元の神社のお囃子のメンバーでした。小さい頃から神社の祭礼に親しんできた私は、「いずれは神道や日本の伝統文化を専門的に学びたい」と考えるようになりました。大学進学に際して、本格的に神道を学べる唯一の学部、神道文化学部を選んだのは、私にとって、ごく自然なことだったのです。

神道文化学部での学び

入学して最初の授業(月曜1時限)が、武田先生の『古事記』講読でした。武田先生の授業は、私にとってひとつの「衝撃」でした。『古事記』の神々の躍動に心底圧倒され、自分の今までの無知を痛感させられました。そういうわけで、3年次の演習では、武田先生のゼミを選択したのです。
ゼミでは「神道古典のなかの言霊信仰」をテーマとして研究を進めています。「言霊」とは、言葉には霊力が宿るという考え方で、その思想は現在にも受け継がれています。『古事記』や『万葉集』を読み解きながら、「言霊の幸ふ国」(『万葉集』)の文化や信仰、言葉の持つ力について、自分なりの研究を進めて行きたいと思っています。
ゼミでは、常時グループディスカッションを行っていて、仲間とじっくりコミュニケーションをとることができます。ゼミ仲間との対話は、相手の立場にたって物事を見ることが苦手だった自分にとって、新鮮に感じることばかりです。いつも新しい発見があり、とても勉強になります。

「神社実習」「神宮実習」のかけがえのない経験

神職課程履修に伴う「神社実習」「神宮実習」は、私にとって、実にかけがえのない経験になりました。
2年次は明治神宮で実習が行われました。とても都内とは思えない、あの森厳な環境。夜間、大前での大祓詞奏上は、とりわけ感銘深い体験でした。
3年次は、山形県の出羽三山神社で実習させていただきました。出羽のお山の神々しかったこと!大自然の山懐に抱かれながら、仲間たちと充実の日々を過ごすことができました。
4年次は、「明階総合課程」の履修に伴い、伊勢の神宮での実習がありました。『古事記』の神話そのままの神宮の佇まいは、あまりにも感動的でした。五十鈴川での禊や、早朝参拝のすがすがしさも忘れることができません。

将来に向けて

先月、思いを新たにするために、ひとりで出雲大社に参拝してきました。将来、どのような道に進むにしても、今学んでいることが、必ずどこかで役立っていくものと信じています。日本人の大切にしてきた言葉に向き合いながら、学びをさらに深め、自分の進路を切り開いていきたいと思っています。

演習の様子(武田秀章教授担当 神道史学演習 I・II)

仲間と

武田秀章教授より

押田さんは、1年次、『古典講読』の授業を熱心に受講し、毎回、的確なコメント・ペーパーを提出してくれました。私は、授業が終わったあと、押田さんのコメントに接するのを楽しみにしていたのです。
3年次、その押田さんが、私のゼミに入ってきました。当初、私は、押田さんのことを、読書好きでもの静かな学生とばかり思っていました。しかしゼミのコンパで、押田さんの愉快で闊達な人柄に接して、すっかり認識を改めました。押田さんがいるだけで、コンパのノリが違ってくるのです。
しかしその反面、やはり押田さんは、「もののあわれ」を解する奥床しい大和撫子です。そのことは押田さんの力作リポート「神道古典のなかの言霊信仰」によく示されています。押田さんは、ここで『古事記』『万葉集』『祝詞』の「やまと言葉」について、繊細な感受性をもって論述しています。
前回の発表を、押田さんは次のように締め括りました。「言葉は時に人を祝福し、時に人を傷つけます。一度発してしまった言葉は、もう「黒板消し」で消すことはできません。そうした言葉の力を、われわれの先祖は畏れてきたのだと思います。」…彼女の言葉は、私の胸に響きました。
押田さんが、神道文化学部での学びを糧として、生き生きと社会に羽ばたいていくことを、ゼミ担当教員として、心から祈念しています。

成人加冠式の押田さん

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