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第123回卒業式 卒業生に贈る言葉(尾近学部長)

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2015年3月22日更新

 三月十一日、つなみのサイレンがなった。その時、わたしたちは、大槌小学校にいました。じしんが起きて、みんなすぐつくえにかくれました。その時、わたしは、もう、なみだがとまりませんでした。しばらくすると、ほう送がながれ、
「静かに、校庭にひなんしてください。」というほう送がながれて、わたしはなきながら友達と校庭に行きました。

   (中略)

 その夜にやっとパパに会えました。その時は、ほっとしました。そして夜が明けてわたしのだいじな、お薬をとりに、もりおかに行きました。夜、ガソリンがなくなったので、ガソリンを入れパパのお友達の家に3日とまって、今いるかっし小学校にひなんしました。そして何日かすると、学校が始まりました。始業式の時に、ひさしぶりにお友達と会えました。今、学校は、山田の青少年の家(から)かよっています。二、三ヶ月後には、北小学校に行く予定になっています。
 お母さんは、まだ見つかりませんが、かならず見つけて、三人で仲良くくらしたいです。
 みんな がんばりましょう。

 
 これは、東日本大地震で被災した直後、岩手県大槌町の当時小学5年生の女の子が書いた作文の一部です。この女の子はお母さを見つけることができたでしょうか。
 この作文は、震災直後には出版された作文集『つなみ 被災地のこども80人の作文集』の中の一つです。平成23年4月、作文を書いた子供たちに手紙を送りたいと考え、この作文集を授業で紹介し、協力してくれる学生を募ったところ多くの学生が手を挙げてくれ、心のこもった手紙を書いてくれました。あの時、手紙を書いてくれた学生も今日の卒業式に参列されていると思います。本当にありがとうございました。あの時の皆さんの優しい気持ちは決して忘れません。

 15,890人の尊い命が失われ、今なお2,590人の方々の行方が知れず、そして4年を経た現在でも22万を超える避難者を出した大震災とつなみの被害から、私たちは何を学んだのでしょうか。何を学ぶべきなのでしょうか。
 「生かされている命に感謝し、全身全霊で正々堂々とプレーする」。
 大震災直後に開催された第83回選抜高校野球選手権の選手宣誓における、凜とした誓いの言葉です。
 私たちは生きているのではなく、「生かされている」。命は大いなる力によって私たちに一時的に与えられているに過ぎない。命の尊さをこのように謙虚に自覚することが、毎日を大切に生き、かけがえのない自分自身の人生を意義あるものとして生き抜く出発点になると信じています。生かされている命への感謝を忘れないようにしましょう。

  「全身全霊で正々堂々とプレーする」。なんと昂然として潔い誓いでしょう。お天道様はいつも私たちの頭の上におられます。國學院大學の卒業生として、どんなことにも、どんなときでも全身全霊で正々堂々と取り組んでほしい、そう強く願っています。
 人生には喜びだけでなく、辛く悲しい時もあります。冒頭で紹介した大槌町の女の子の悲しみは、にわかには想像できないほど深いものでしょう。家族の死だけでなく、失恋や愛する人との別れ、仕事上の失敗、経済的な格差など様々な格差の自覚など、「どうして自分だけが」と、他者と比べた自らの不運・不幸を恨み嘆くこともあるでしょう。そんなときでも凜と立ち、正々堂々を貫いてほしい。たとえ、並び進みゆく人々に遅れをとることがあろうとも、正しい道を踏み違えないでほしい。

 そう願い、卒業の日に、明治天皇の御製を贈ります。

   ならび行く 人にはよしやおくるとも
                     たゞしき道を ふみなたがえそ

 君たちの健康と活躍を祈り、お祝いの言葉とします。

 平成27年3月22日

                      経済学部長 尾近 裕幸

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