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【学生対象】「陸奥金華山と女川の震災復興に学ぶ」スタディツアー2016

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2016年11月23日更新

学術資料センターでは、第4回「陸奥金華山と女川の震災復興に学ぶ」スタディーツアーを、12月10日(土)・11日(日)に開催します。
「地域の歴史」を学び、「震災の記憶」語り継ぎ、あたらしい時代の「選択肢」を考える機会。是非ご参加ください。

⇒ 詳細ページ

⇒ 「陸奥金華山と女川の震災復興に学ぶ」スタディツアー2016参加申込書

(1)「地域の歴史」を学ぶ
 宮城県石巻市の金華山は、牡鹿半島の沖に浮かぶ外周約25kmの小さな島。古くから弁財天信仰が盛んであった金華山については、文化10(1813)年、明治30(1897)年の大火によって古記録が失われているため不明な点が多いものの、羽黒山や恐山と並ぶ東奥の三大霊場として広く知られてきました。また、奈良の大仏建立にまつわる産金の地とみなされたことも相俟って、近世には金華山講の活動も盛んとなりました。神仏分離によって黄金山神社と改められ、別当大金寺が廃された後も、伝統的な信仰が継承されて今日に至っています。

学術資料センターでは、このような金華山について、1)文書・絵図・古写真等と現況の景観比較、及び考古学的踏査、2)金華山信仰に関する調査を実施してきました。現地では、黄金山神社を参拝するとともに、これまでの調査で得られた成果を紹介しつつ、境内の文化財を見学します。その一つ、昭和8(1933)年の三陸沖地震を記録した石碑には、「地震があったら津波の用心」と明記されています。

(2)「震災の記憶」を語り継ぎ、新しい時代の「選択肢」を考える
 金華山の対岸に位置する女川町では、独特のリアス式海岸を擁する地形も影響し、震災によって大きな被害が発生しました。残念ながら、「地震があったら津波の用心」という過去の警句は、現代に充分活かすことができなかったのです。例年、このスタディツアーでは、実際に被災された多くの方々から、震災当時の様子や、復興の過程についてお話を伺う機会を頂いてきました。今回は、町内の震災遺構や、訪れるたびに復興が進んで変化していく景観を巡るとともに、組織防災に関する講話を聴く機会を設けたいと考えています。

このページに対するお問い合せ先: 学術資料センター

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