ARTICLE

離島の篤い信仰と伝統を守る

地元で生きる院友神職

  • 神道文化学部
  • 全ての方向け
  • 文化
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

箱崎八幡神社・男嶽神社ほか宮司 吉野理(平17卒、113期神)

2018年9月22日更新

dscf2593

 九州・福岡の沖合70キロに浮かぶ壱岐島は、博多港から高速船でも1時間かかる離島だ。国産み神話には日本で5番目に生まれた「伊岐島」として登場し、「神々が集う島」として観光にも力を入れているが、人口はピーク時の6割の3万人にまで落ち込むなど課題を抱えてもいる。その島で古くから続く社家に生まれた吉野理宮司(平17卒、113期神)は、國學院大學での学びや卒業後に奉職した福岡・宗像大社での経験を生かし、「離島での神社」の在り方を模索している。

氏子さんの応援に支えられ

 故郷の壱岐に帰り、手探りで神職の仕事に取り組んでいますが、4年目になって動きやすさは出てきました。高校2年で進路を考えた時に自然と「國學院大學に入ろう」と決意しました。先代宮司の父から「後を継いでくれ」と言われたことはありませんが、小さい頃から後について回って父の背中を見続けていたからだと思います。
 氏子さんからは「代々神社のことを伝えていってほしい」という話をよく聞かされます。壱岐には信心に篤い漁師町があり、古い信仰の形も残っていて神社を大切にする思いが浸透しています。それを疎かにするわけにはいきません。離島の神職はキツイ部分もありますが、氏子さんが応援してくれるので頑張れます。今後は時代に沿ったやり方をうまく取り込んで運営していきたいですね。

≪壱岐で最初の神とされる「天比登都柱」と「月読命」が吉野宮司の兼務社である男嶽(おんだけ)神社の磐座に降臨。その後に本務社である箱崎八幡神社へ遷座したとの伝承が残る≫

 平成17年に文学部神道学科を卒業し、宗像大社に奉職しました。大きな神社ならではの対外的な仕事に携わったり、世界遺産となった沖ノ島でのお勤めを経験したりと大いに勉強になりました。沖ノ島では毎朝、海に入って禊をしますが、極寒の玄界灘に浸かることで寒さには強くなりました(笑)。

 15年ほどお世話になるつもりでしたが、父が急逝したため平成26年10月から兼務社も含め30ほどの神社に奉仕しています。参拝者が多く忙しい宗像大社を退職して島でのご奉仕に向き合うことで、「これが本当の神社の在り方かな」という点が見えるようになりました。神社を護るにしても地元の人と交流するにしても、島では全て一人です。協力してくれる地元の総代さんは、「宮司さん」ではなく「理くん」と呼んで家族に近い関係で接してくれます。ありがたいですね。

過疎・少子高齢化に「今風」の対策も

 伊勢神宮の式年遷宮を契機に参拝客が増えるなど、神社を取り巻く環境は変わってきたと実感していますが、後継者不足は深刻です。僕らの子どもたちにも神職を継いでほしい気持ちはあるものの、「やれ」とは言えません。ただ、継いでもらえるような姿を親として見せていきたいと思っています。また、社家の家系ではない後輩に「神職にならないか?」と声を掛けたりもしています。神道に理解を示してくれる人々の輪を広げ、取り込んでいくことも必要になるかも知れません。地元の想いを大切にしながら、外から来てくれる人たちと繋げることで新しい物が生まれることもあるでしょう。

≪長崎県神社庁によると、壱岐島内には神社本庁への登録社だけで約150社があり、摂社・末社を含めるとその3倍ほどに膨れ上がる。ただ、島内の神職はわずか35人だ≫

 過疎などによる氏子の減少で運営費用に事欠くことも課題ですが、。「神社を生かした何か」であればアイデアは無限だと思います。今はクラウドファンディングという手法もあります。昔ながらの部分を守りつつ、変えられる要素は積極的に取り入れていかなければ神社を維持していくことは厳しいでしょう。学生時代と宗像奉職時代を通じて全国の様々な神社を見ることができましたので、良いところを取り込んでいければと考えています。

カフェでくつろぎ、神様を知ってもらう

 壱岐には古くから伝わる「壱岐神楽」がありますし、壱岐市でも神社を観光資源と考えて力を入れていますが、「そこにあるものを見せる」にとどまっていて、観光ルートの神社でも「来て・見て・帰る」だけ。これでは宝の持ち腐れですよね。神社は由緒書を読むだけでは伝わらない部分もあります。神道や神社への関心が高まっている時期だからこそ、一歩踏み込んだ説明をすることで「来て・見て・神社や神様を知って・帰る」観光になるはず。私が男嶽神社にいる時は訪れる人に声を掛け、境内に数多く置かれた石猿像のいわれについてもお知らせしています。

≪壱岐の観光客はここ数年、年間55万人前後で推移しているが、滞在型観光の定着などに向けた取り組みが続いている。地元では「神々が集う島」のキャッチフレーズを前面に出し、島内の著名な神社を順に参拝する「七社巡り」の風習を紹介したり、「四十二社巡り」といった観光パンフレットを作成したりするなど観光資源としての掘り起こしを進めている≫

壱岐神楽公演で亡父・靖彦さん手作りの笛を吹く吉野宮司

壱岐神楽公演で亡父・靖彦さん手作りの笛を吹く吉野宮司

 国指定の重要無形民俗文化財「壱岐神楽」は600年続く古い形を残した「神職神楽」です。僕も所属する保存会で守り続けていますが、神楽で吹かれる笛は亡くなった父が島内の竹を使って手作りしたものです。父たち先人の想いとともに神楽を大切にしていく覚悟です。

 観光客や地元の人にちょっとくつろげるスペースを提供しようと、男嶽神社に残されたお籠もりの小屋を改修してカフェ作りを始めました。地元との繋がりを考えて顔見知りの大工さんに教えてもらいながら、経費節減もあってDIYでやっています。床板は同級生の実家が営む酒蔵で使っていたものをもらってきたので、もしかすると焼酎がしみこんでいるかも(笑)。観光客の増加で環境悪化を心配する氏子さんもいますが、「人に参拝に来てもらい、良い神社にしましょう」と導くことも神職の仕事だと信じています。

御祭神の猿田彦命に導かれ

 大学時代に覚えたサーフィンを息抜きとして続けていますが、そこから繋がりができたこともあります。神社巡りが好きな奥さんに付き添ってきた旦那さんが、私の車に積まれたボードに気付き、「壱岐はサーフィンができるんですか?」と話しかけてこられ、すっかり意気投合したことがあります。「今度、壱岐に行きます」と宮崎から電話をもらった時は本当に嬉しかったですね。些細なことで人が繋がることを実感できた気がします

dscf2063

男嶽神社の境内に鎮座する多くの石猿像

 男嶽神社の御祭神は「導きの神」とされる猿田彦命です。神様のお導きでこの神社で多くの方と会うことができたらいいですね。(談)※学報平成30年9月号「特集 地元で生きる院友神職」関連企画

 

 

このページに対するお問い合せ先: 広報課

MENU