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日中「院生フォーラム」で得たものは?

大学院生座談会

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2020年6月23日更新

 國學院大學大学院文学研究科は平成28年、中国・天津市にある南開大学外国語学院との間に研究教育に関する学術協定を締結。毎年、若手研究者や大学院生が訪問を重ねるなど交流を盛んに行っている。「院生フォーラム」は、両大学の教員、大学院生が相互に行き来し、毎年開催されている。6回目となった令和元年度は、11月に南開大学で開催。本学からは3人の教員と7人の大学院生が参加し、研究発表を行うなど学術的な交流を深めた。

 今回は、国際的な学術交流の場に初めて立った2人の大学院博士課程前期2年生(当時)と、引率をした近現代日本文学が専門の井上明芳文学部教授に、3月に行われた修了式直後に話を聞いた。2年間の大学院での学生生活と海外に飛び出して経験した研究の世界とは。

左から前田夏菜子さん、井上明芳教授、柴﨑一孝さん

――2年間の大学院での学びを振り返って

柴﨑一孝さん(以下、柴﨑) 文学専攻中国文学コースで学び、修士論文は「『論語』「古諺」研究序説-説得様式と思想的価値-」という題目で執筆しました。内容は、『論語』に引用される古諺の効用に着目し、説得様式や思想的価値について論じたものです。

 大学院での学修では、一緒に学ぶ中国人の留学生から「私の母国では別の読み解き方をするし、そうすべきだ」といった指摘を受けることがありました。日本人の感覚とは違った捉え方があるのではないかと感じて、中国本来の視点が感覚的に必要なのかもしれないと思うようになりました。

 その意識の変化が、院生フォーラムへの参加にもつながりました。

前田夏菜子さん(以下、前田) 日本文学コースで日本近現代文学を専攻し、修士論文テーマは「森敦『われ逝くもののごとく』の研究」でした。小説『月山』で知られる芥川賞作家・森敦の作品『われ逝くもののごとく』に出てくるフレーズや時間性に着目した論文です。

 大学院での2年間は、文学部で学んだことが生かされることも多かったのですが、それだけでは不十分でした。何かを調査するにしても、文学作品を研究するには幅広い知識教養が必要なことを思い知らされました。森敦の研究をしていると、小説のエピグラフに論語や漢詩が用いられていることに気付きます。日本文学研究といっても海外の文学や言葉も無視できません。

――國學院大學大学院の特徴と研究活動の中で求められる国際的な視点とは?

井上明芳教授(以下、井上) 國學院大學で培われた長い学問の伝統のなかで十分に皆、勉強しています。とても貴重なことなのですが、怖いなって思うのは、國學院の中だけで通じて他の大学に通じないようなレベルにいるときがあることです。例えば、本学の大学院生にとって論語は、学部時代の概説や講読の授業、大学院の演習などで、ある種「学ぶべき知」として、身についています。しかしそれは、他大学ではとても特殊なことです。「國學院の当たり前」が実は当たり前ではないと知るのは、学外と接した時です。

 このような「当たり前」、知の固有性は国内にも海外にもそのままでは当然通じません。文学専攻では、英語と中国語での発表方法などを学ぶ「アカデミック・ライティング」の授業を設けています。発表内容を伝える表現力や感性を身に付け、磨くことで、自分自身の思考も相対化され、より伝わるようになるのではないでしょうか。

 もう一つ「横を見ることの重要性」もあります。研究に邁進するあまりに、情報収集の対象を細分化してしまいます。例えば、森敦作品に論語が使われ、重要な意味合いがあると気づきます。「すぐ横」でたくさんの論語の授業をしているじゃないですかと言いたいのです。専門ではないからといって遠慮するのはもったいないですよね。

 専門性よる細分化を脱却し、一人一人が広く自分の学問を作れるよう、大学院では令和2年度から前期課程1年前期に複数指導体制を導入します。文学研究科文学専攻の教員が時代やジャンルを越えて横断的に指導することを可能にし、学問の幅を広げられることを目指しました。

 研究の初歩段階にいる人がたくさん集まっているのが大学院です。横のつながりを意識して、相手の話をきちんと聞ける力をつけることは大事です。相手の表現法を知って発信していかない限り、誰も聞いてくれない自己満足になりかねません。

――令和元年11月に行われた院生フォーラムに参加した博士課程前期の学生は柴﨑さんと前田さんの2人だけでした。参加して感じたことは。

柴﨑 参加に向けて、江戸時代中期の儒学者・中根鳳河が記した論語の訓蒙書『論語徴渙』を研究し、発表は中国語で行いました。参加準備は7月くらいから始め、集中して行ったのは夏休みに入った8、9月です。発表の際に配る日本語版と中国語版のレジュメ作りに追われました。井上先生が仰いましたように、自分の考えを正確な言葉で表現して相手に伝えないと、感覚のずれによる誤解を生じさせかねません。研究室の中国人留学生に協力を得ながらレジュメを作成していきました。この作業が一番大変でした。

 発表は中国語で行ったため、発音などの練習も行いました。苦労もありましたけど、学問的な啓発も受けるなど得られた成果の方がはるかに大きかったのは言うまでもありません。

院生フォーラムに参加する柴﨑さん(井上教授提供)

前田 森敦は幼少期に父親に論語を学ぶ塾に通わされます。そこで学んだ論語は執筆した多くの作品に生かされています。院生フォーラムでは、この事実からどう議論を巻き起こすことができるかという点に軸足を置いて日本語で発表を行いました。

 準備の過程では論語について学びを深めた以外に、中国では知名度があまりない森敦をどうやったらよく知ってもらえるかにも時間を割きました。この辺が苦労した点です。

 森敦のエッセイでは、論語を思いだす度に父をも思い出されることが多々あります。森敦が父の訓えを思い出すことで書かれたエッセイは、孔子の弟子たちが孔子の訓えを思い出すことで作られる論語のようだと、私は感じました。発表では、森敦は父の訓えを語ることによって、父なるものと概念化された〈父〉を再構築していると結論づけました。しかし、参加者からはなぜ父なのか、父がなぜ大事なのかを説明してくれないと理解できないといった質問がありました。そうした部分は自分でもよく解明できていないので今後の課題かなと思っています。

井上 両大学の院生の発表には日本風、中国風それぞれの発想がありました。大事なことは練り合わせて何らかの方向性を見出すことです。それぞれの文化を基盤にした発想に、「そちらの感覚ではどうなりますか」という質問もあり、双方の院生の探求意欲が感じられました。

 南開大学の大学院生は、日本の研究発表のノウハウを巧みにトレースして、日本人と同じように研究資料をつくるので何の違和感もありませんでした。日本語はたいへん流暢ですし。さらに若い人たちにはもっと発表方法を発想してほしいですね。身近になっているデジタル技術を取り入れて、共有の方法を考えてもらいたいです。大学院ではそのレベルまで目指すことを期待したいです。

――皆さんは次のステップをどのように描いていますか。

柴﨑 都内の私立高校で教鞭をとることになっています。大学院からは離れてしまうことになりますが、研究が終わりではありません。教員をしながら研究活動を続けていければなと思っています。自分が南開大で発表した訓蒙書の研究、修士論文にまとめた古諺に関する研究ももう少しやってみたいですね。

 院生フォーラムのような異なる言語で発表する機会はなかなか得られません。中国語で発表するのが難しいからと諦めず、チャレンジ精神を発揮し、大学院で学ぶ後輩たちも積極的に参加してほしいと思っています。

前田 井上先生の研究室で森敦研究の成果を公開するホームページの作成や展示の仕方なども経験しました。4月からは埼玉県内の高校で国語科の教員として、社会人生活をスタートさせます。赴任先は普通科ではないため国語の授業は少ないのですが、物事をどのようにしてわかりやすく見せるかという大学院での経験は国語の授業以外でも生かせるでしょう。

 どう見せるかの大事な要素は創造力です。これは物語性と関係してきます。森敦の研究や院生フォーラムの発表などを通じて養うことができたと思うので、高校でどう教えられるかを楽しみにしています。

前田さん

井上 院生フォーラムは非常に貴重な機会です。異なる文化を基盤にした研究者の考え方に接することで、それまで当たり前だと思っていた思考の土台が揺らぐことがあります。それを体感できるチャンスなのです。そうした経験は非常に面白く、有意義なことではないかと思います。

――ありがとうございました。

井上 明芳

研究分野

日本近現代文学、日本近現代文学

論文

小川洋子「ハキリアリ」の構造的読解―回送を見送る―(2018/02/20)

小川洋子「ハキリアリ」の構造的読解―回送を見送る―(2018/02/20)

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