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日本の鉄道網構築にも尽力した渋沢栄一

鉄道を学問する vol.5【経済史】

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経済学部 教授 杉山 里枝

2022年6月10日更新

 明治5年に日本で最初の鉄道が、新橋―横浜間で開業してから150年。明治・大正期の実業家で、近代日本経済の父といわれる渋沢栄一は、日本に鉄道網を構築するため、多くの会社設立に関わった。みんなの利益のために出資を集めて事業を興し、利益を分配する「合本主義」を唱えた渋沢は、いち早く鉄道の重要性に着目し、民間の力で鉄道を敷くために力を注いだ。一方で、鉄道官僚の井上勝ら政府の狙いは、鉄道をテコにした富国強兵の実現であり、明治39年には民間で敷設した鉄道の国有化に踏み切った。日本経済史、経営史を研究している経済学部の杉山里枝教授は「民営と官営がせめぎ合いを続けながら、日本の鉄道の礎が築かれた」と話す。

【後編】渋沢、小林、五島― 鉄道を核としたまちづくりへ思いを継ぐ

―― 渋沢栄一と鉄道との関わりは

 渋沢は、日本経済の発展のために鉄道敷設が極めて重要であるということにいち早く気づいた一人だ。長州ファイブ(長州五傑)の一人で、後に「鉄道の父」と呼ばれた鉄道官僚の井上勝も、英国留学で鉄道の重要性を認識していたが、実業家である渋沢が目指したのは、会社組織によって、鉄道の路線を作り上げていくことだった。

 外国の列強に追いつくためには富国強兵・殖産興業が必要であり、鉄道を国威発揚のシンボルにと考えた井上ら政府に対し、渋沢は、鉄道がヒト、モノ、カネ、情報を運ぶという企業経営や地域経済の発展に寄与するという側面を重視し、経済力向上のための切り札として考えていた。渋沢は「資本主義」ではなく、「合本主義」を意味する「合本法」、「合本組織」という言葉を好んで使っていたが、鉄道こそ、合本の組織において行うべきであると考えていた。

「高輪鉄道」 鉄道開業の5年後、明治10年に出版された井上安治『東京名所』より(出典:国立国会図書館「NDLイメージバンク」)

―― 鉄道の創成期は民間資金がリードしたのか

 鉄道事業は規模の経済性が働くので、経済性を高めようとすれば、大資本にする必要がある。一方で、国は、民営ではなく、まずは官営で鉄道の整備を進めていくべきだと考えた。しかし、当時の政府には鉄道を敷設する十分な資金力がなかったため方法を転換し、民間資金を集めて、インフラを整えていくことになった。その時に大きな役割を果たしたのが渋沢だ。渋沢は、第一国立銀行をはじめ500以上もの会社に関わったが、その中には、日本初の民営鉄道会社である日本鉄道など多くの鉄道会社も含まれている。

 日露戦争後、国内と朝鮮半島・中国大陸との一貫輸送体制を構築する必要や、軽工業から重工業への産業構造の転換を進めるため、鉄道国有化の必要性が高まった。私設鉄道32社を買収する鉄道国有法案が議会に提出され、明治39年に公布された。

渋沢栄一が関わった両毛鉄道を引き継いでいるJR東日本・両毛線

―― 杉山教授は鉄道産業史の研究論文として、両毛鉄道を取り上げている

 栃木県小山市の小山駅から群馬県前橋市の新前橋駅までを結ぶ、JR東日本の両毛線は明治時代、民営から国有化した鉄道としては典型的な例だ。両毛線は、両毛地区の生糸や、桐生織をはじめとする絹織物の輸送を目的として両毛鉄道が建設した小山―前橋間と、日本鉄道が現在の高崎線の延長として建設した前橋―新前橋間からなる。両毛鉄道もまた、渋沢が関与した民間経営の鉄道会社だ。

 明治17年に開業した前橋駅は現在とは違う利根川の右岸に位置し、明治22年11月に両毛鉄道の前橋駅が左岸側に開業すると日本鉄道も利根川を渡って両毛鉄道の前橋駅に乗り入れて接続した。明治30年には、日本鉄道は両毛鉄道を合併し、明治39年には鉄道国有法施行により日本鉄道が国有化された。

―― 鉄道の国有化が示す意味は

 そもそも井上をはじめ政府内では、鉄道は国が敷設して国が保有すべきであるという意見が強かったが、西南戦争(明治10年)の出費などで財政が窮乏し、民間資本を積極的に取り入れるしか方法がなかった。しかし、政府は、早い段階で国有化するシナリオを描いていたと考えられる。両毛線の国有化についても、まずは資金力のある両毛鉄道に橋梁などを建設させた後、タイミングを見計らって合併へとこぎつけたのではないか。鉄道国有化法によって鉄道が国有化されたことで、当時の投資家たちの関心は電力会社などへと移った。その後、鉄道の電化が進み、民間の鉄道事業者が電車を走らせる時代へと入った。

 

 

 

杉山 里枝

研究分野

日本経済史・経営史

論文

「今こそ学ぶべき渋沢栄一の経営理念」(2024/03/20)

「中京財界と渋沢栄一」(2023/07/01)

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