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まちづくりと交通が共創する社会の姿とは

鉄道を学問する vol.4【都市計画・交通計画】

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観光まちづくり学部 准教授 大門 創

2022年6月3日更新

 鉄道が通勤に一般的に使われるようになったのは今から約50~60年前のことだ。すし詰め状態の満員電車に乗って、遠距離からの長距離通勤を強いられる劣悪な労働環境が社会問題化し、その解決策は鉄道事業者に委ねられた。

 しかし、新型コロナウイルスの感染拡大が人々の生活様式を変える中で、鉄道事業を取り巻く環境や鉄道に期待される役割は大きく変わろうとしている。観光まちづくり学部の大門創准教授(専門:都市計画・交通計画)は「コロナ禍の経験を都市計画と交通政策の関係を考えるきっかけにしなければならない」と話す。

【前編】独立採算のままで鉄道の維持・発展は可能か

―― 高度成長期の日本の交通政策を振り返ると

 高度成長期の首都圏の電車通勤は、今では想像できないほどの地獄絵図だった。これを解決しようと、当時の国鉄が実施した五方面作戦は、高度成長期の日本の鉄道における画期的な取り組みと言われた。東京都心と郊外とを結ぶ通勤輸送の抜本的改善策として、放射状に東海道線(神奈川)、中央線(東京西部)、東北線(埼玉)、常磐線(茨城)、総武線(千葉)へと延びる国鉄線での輸送量を大幅に増強した。

新宿駅の朝の通勤ラッシュ。昭和37年2月(写真提供:共同通信)

 このプロジェクトは昭和39年にはじまり、複々線化、別線整備、連続立体交差化、列車の長大編成化、地下鉄との相互直通化などの施設整備を通じて、現在の東京都市圏の鉄道ネットワークの基盤を構築した。その結果、300%を超えるなど高すぎる鉄道混雑率を一定程度押し下げたが、通勤地獄を解消するまでには至らなかった。交通の問題を交通で対応した結果、輸送力を1.5倍に増強した一方、郊外住宅地開発の乱立に伴う人口増加で輸送量も1.4倍に増加したためであり、無秩序な土地利用のコントロールが課題となった。

―― まちづくりにおける土地利用と交通のタイムラグとは

 そもそも、交通は都市開発や土地利用からの派生需要であり、本源的需要は都市開発・土地利用にある。建物がなければ、そこへ通勤・通学したり、買い物に行く交通は発生しない。そのため都市は、土地利用(市街地)と交通はバランスを図りつつ拡大してきた。

首都圏の市街地と鉄道ネットワークの比較(国土通知情報を基に大門准教授作成)

 土地利用と交通は、いわば都市活動における需要と供給であり、このバランスが崩れると、局所的には都市問題として具現化する。たとえば、タワーマンションの無秩序な乱立が、過酷な駅改札入場規制や通勤混雑を招いた武蔵小杉駅(神奈川県川崎市)の例は、交通インフラが未整備なまま、都市開発を推進した帰結といえる。

 コンパクトシティをめぐっては、交通施設側(公共)と土地利用側(民間)の間に時間軸上の乖離が存在する。地方都市のコンパクトプラスネットワークを例にすると、交通施設側でみれば、LRT(次世代型路面電車)は、機が熟せば5年程度の検討を経て2~3年で整備できる。

 一方、土地利用側でみれば、30~40代で持ち家を購入する人は向う40年間住み続けることを前提とする。コンパクトシティでは、郊外に戸建てを買ってしまった人は住み替えが必要になるが、マイカー移動を前提とした郊外の住宅を売却して都心部へ住み替えるのはそう簡単ではない。つまり、街をコンパクトにするには30~40年かかるので、今の現役世代ではなく、子どもの世代が結婚する時期になった時に公共交通沿線に居住地を選択してもらえるように啓発することが重要となる。

―― 新型コロナウイルスが鉄道事業の将来に与えたインパクトは

 鉄道事業者は、利用者数の激減という厳しい環境に置かれた。コロナ禍が去っても、リモートワークが一部の業種で定着するなどの行動変容で、利用客は8割程度しか戻らないとの見方もある。通勤定期券の利用者も減っており、こうした市場変化を前提にした経営計画を考える必要がある。

 また、新型コロナがなかったとしても、団塊の世代前後の退職者が増え、生産年齢人口が減少する中で、鉄道の役割や鉄道の使われ方を再考しなければならなかった。

 鉄道事業者は、鉄道事業以外のサービスの強化や、ダイナミックプライシング(需要に応じて、時間帯ごとに運賃を変更すること)の導入によって需要の平準化しコストの削減につなげるなど、さまざまな取り組みが検討されはじめている。ただ、地域によっては厳しい経営環境によって廃線を検討せざるを得ない状況で、上下分離をめぐる議論が再燃する可能性もある。

―― 新型コロナは通勤地獄の解消など良い面もあった

 コロナ禍は住民側にとってはメリットもあった。ビジネス上の重要な商談から「聞いておけばいいだけ」の会議まで、これまではすべてが対面だったが、オンラインが選択肢のひとつとして認識されるようになり、対面とオンライン(通勤とテレワーク、店舗での買い物とEC〔ネット販売などの電子商取引〕)を選べる時代になった。今後は「移動する価値」が問われることになる。

 東京一極集中の是正や長時間の満員電車通勤の解消は、コロナ以前から首都圏に残された大きな課題だったが、企業はこれまで踏み切れなかったフレックス勤務やテレワークの実施に迫られるなど、皮肉な形で課題解決に向かう可能性はある。

 「テレワークやEC、自動運転などが普及したら、どこに住みますか」と尋ねるアンケート調査したことがある。すると、6~7割の人が現在の場所に住み、残りの3~4割は現在よりも都心から離れた場所に住み替えると回答した。都心部では過密な都市環境が緩和され、郊外部では都心に行くことなく用事を済ませるようになり、双方の生活の質が向上する可能性が出てきた。

 コロナ禍をきっかけにした人々の価値観の変化を生活の質の向上につなげるにためには、無策であってはいけない。人々の活動の変化によって生まれる空間をどう活用するのかを考える都市計画が、今こそ求められている。

 

 

 

大門 創

研究分野

都市計画、交通計画、ロジスティクス

論文

地方都市における市街地形状が公共交通サービス水準に及ぼす影響に関する研究(2024/04/)

食品の買物行動の規定要因と情報通信技術の影響(2023/06/)

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