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接続し、切断する線路

鉄道を学問する vol.6【文学】

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文学部 教授 井上 明芳

2022年7月1日更新

 「木曾路はすべて山の中である」で始まる島崎藤村の『夜明け前』にあるように、鉄道が普及する以前の文学の中では「道を歩く」ことが移動の手段だった。150年前の明治5年に新橋・横浜間に日本で最初の鉄道が開業し、その後、国民の多くが鉄道を使うようになると、文学作品にも鉄道が登場する。夏目漱石の『三四郎』は九州出身の三四郎が大学入学のために上京する列車内のシーンから物語が始まる。日本近現代文学を研究している文学部日本文学科の井上明芳教授は「線路で繋がったことで、日本は中央と地方に分断されてしまった」と話し、地方を舞台にした独自の文学や文化の衰退のひとつのきっかけとなったとの考えを示す。

【後編】森敦作品から読み解く文学の中の鉄道

―― 鉄道が持っている文化的な魅力とは

 鉄道は、動く列車が注目されがちだが、線路を考えるとその特徴が理解しやすい。山や川など地形に沿った「曲線」と、それらの地形をトンネルや橋など工業技術で克服する「直線」という両面を線路は持っている。鉄道は飛行機とは比べ物にならないほど、人間の生活を描く文学との親和性が高い。さらに、英国の画家、ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーが1844年に絵画『雨、蒸気、速度――グレート・ウェスタン鉄道』を描き、米国生まれのユダヤ人作曲家、スティーヴ・ライヒが1988年に『ディファレント・トレインズ』を作曲するなど、文学以外の世界のアーチストたちの創作のモティーフとなっている。

―― 文学の名作の舞台として、鉄道が登場することが多い

 新幹線や特急列車の座席にある冊子に掲載されている鉄道路線図を見ると、江戸時代以前から全国津々浦々に道が作られたように、明治以降、線路が日本の隅々まで敷かれていることがわかる。自然豊かな地形に合わせて引かれた線路の曲線は、車窓からの景色を楽しめるだけでなく、列車内での物語性も帯びていて、それゆえに、江戸川乱歩や西村京太郎の推理小説の舞台としても登場する。文学作品の舞台としては、夏目漱石の『三四郎』や、川端康成の『雪国』などに、明治から昭和初期の鉄道が登場する。最新の技術を取り入れることは読者にとっては相当大きなインパクトがあり、ある種の驚きと違和感を持って読まれたことが想像できる。

―― 日本全国に線路が敷かれ、文学にどのように影響したか

 鉄道の線路が敷かれたことは、人々の移動を便利にしただけでなく、さまざまな境界線を作ることにもつながった。毛細血管のように張り巡らされた国内の鉄道網を使えば、1日で行けない場所はないくらいに、鉄道はあらゆる土地の距離を近づけた。けれども、それだけではなかった。『雪国』は「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」という一節が有名だが、文筆家の島村は、駒子に会うために温泉旅館に通うが、いつも東京に戻る。鉄道は雪国と東京という2つの拠点を結んだと同時に、それぞれを分け隔てた。線路は接続するとともに切断する。都会と田舎を中心と周縁とに分かち、鉄道が通らない場所や通過する場所を忘れ去られた地域にした。

―― 北陸新幹線の開通で、金沢が潤った例もある

 鉄道の開通による地域活性化は、都会の人たちが訪れることによって成り立っている。鉄道が繋がる前の地域の特産品は、本当にその土地にとって貴重で、稀有なものだったと思う。しかし、鉄道が繋がったことで、その特産品を都会に売り出す、または、都会の人たちを招くことができるかどうかという価値観に置き換わった。

 新幹線という高速鉄道は、急いでその場所へ行くことに主眼が置かれ、道中が切り離されていく。北陸新幹線の場合も、長野県、群馬県、新潟県、富山県などの通過点は置き去りだ。鉄道はまちも分断する。ひとつのまちの中に、線路が引かれ、駅ができたことで、繫栄する側とそうでない側、表と裏をつくった。

―― 鉄道が繋がったことにより、分断や格差が生まれたのか

 もちろん、それだけではない。ただし線路で繋げられたおかげで、都会と田舎、中心と周辺といった分断的状況が作られたとも言えるだろう。最終的に人々が都会に集まってしまえば、それを繫ぐ鉄道の必要性は下がる。ローカル線の廃線が社会問題化していることは、「鉄道が繋がったから、文化や関係性が切れた」という典型例と受けとめてもよいだろう。利便性や人口の問題だけではなく、文化的にも繫がったことで分断が進んでいる。都会に繋がるものになった時点で、その文化が地域のものではなくなる。地域が独自に育んでいた風習や方言までがなくなり、平準化されつつある。(つづく)

井上 明芳

研究分野

日本近現代文学、日本近現代文学

論文

多和田葉子「捨てない女」の構造的読解 -断片の集積-(2021/02/20)

森敦文学の〈地〉と〈図〉(2020/03/20)

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