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森敦作品から読み解く文学の中の鉄道

鉄道を学問する vol.6【文学】

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文学部 教授 井上 明芳

2022年7月1日更新

 芥川賞作家の森敦(1912−1989)を研究している文学部日本文学科の井上明芳教授(専門:日本近現代文学)は、「森敦作品の特徴は、幽明界を思わせる物語の抒情性と、『意味の変容』に代表される数学的な文学理論にある」と話す。井上教授は芥川賞受賞作の『月山』や『われ逝くもののごとく』の舞台である山形県の庄内平野のフィールドワークを通し、森が庄内平野を図形的に表現し、その上に描いた鉄道の線路の意味を学生たちと一緒に読み解いている。

【前編】接続し、切断する線路

―― 鉄道が繋がった現代、文学作品はどう変わったのか

 山川方夫の『他人の夏』は、都会から避暑地として選ばれるまちが舞台の小説だ。まちが自分たちの生活から離れ、都会から他人が押しかけてくる騒々しい場所になった様子を描いている。おおざっぱに言って最近の作品は、どこが舞台かわからない〝透明〟な小説が多いように感じる。文学賞に選ばれる作品の中には、場所を描くことをやめ、「人間の心理」の描写に焦点を当てたものが増えている。つまり、地域性が弱まっている。

―― 森敦作品はそれらとは対照的に地域性が強い

 ご遺族の森富子氏が自筆原稿をはじめ、草稿、メモなどを保管していて、それらの貴重な資料を使わせていただき、作品の生成過程を詳細に調査することを始めた。森敦は昭和20年ごろから妻の故郷である山形県酒田市に住み、庄内地方を転々とした。そして、昭和49年、62歳の時に『月山』で芥川賞を受賞し、昭和62年に長編小説『われ逝くもののごとく』で野間文芸賞を受賞した。

 学生と行っている研究会は、この2つの作品の舞台になっている庄内平野に、フィールドワークのために何度も足を運んでいる。作品を読んだ後に現地を歩くと、自然やモデルになった人物像などが、ほぼ正確に書かれていることを実感できる。その点から地域性が強いと言える。

鳥海山と羽越本線(山形県酒田市)

―― フィールドワークを通じて、何がわかったのか

 研究を重ねるうちに、作品の舞台となっている庄内平野を図形として表現することができることに気付いた。まさに地図すなわち<地>=<図>だった。『われ逝くもののごとく』は、言語空間化された庄内平野の加茂から始まる。加茂から北限の吹浦までを半径として円を描くと、庄内平野の各地がすべて円内に収まり、内部として、物語に定着している。森敦が独自の世界観・文学観、宗教論・数学論などを表現した私小説『意味の変容』で示した定義では、境界線は外部に属する。そうなると、北限の吹浦は外部となってしまい、物語の舞台にすると論理的に矛盾する。そこで登場するのが、「時間という道路」と表現した鉄道だ。「時間という道路」は、境界線が外部に属するという論理の次元を変える役割を果たしたのだ。鉄道は定められた線路の上で、規則正しく運行され、時刻によって管理されており、まさに「時間という道路」と呼ぶにふさわしい。『われ逝くもののごとく』に登場する鉄道は羽越本線であり、境界線の吹浦駅も舞台に組み込むことを可能にした。

「われ逝くもののごとく」地図【森敦文学研究の世界(外部サイト)から引用】

―― 羽越本線に乗車し、何を感じたのか

 鶴岡駅から吹浦駅までの車窓の風景の動画を撮影し、研究会のホームページ「森敦文学研究の世界」にアップしようと考えたが、実際に撮影したものは「ガタン、ゴトン」という音と、ただ景色が流れるだけで、実につまらないコンテンツだった。ただとるだけでは表現にならなかった。羽越本線を「線」に、各駅を「点」に例えると、「鶴岡駅から吹浦駅まで」という表現は、一直線の観念的な時間を表象する。点である各駅をそれぞれに表現すれば、実感的な空間の移動の表象になる。そこで、鶴岡駅―吹浦間の各駅を「点」として切り離し、それぞれから見える鳥海山の静止画を並べると、「切ったことによって、かえって繋がっている」イメージを表現することができて、非常に面白いコンテンツになった。つまり、森敦文学の実際の舞台を表すために、論理的アプローチが必要だった。おかげで、線路が接続と切断の両面をもっていることがよく納得できた。

―― 森敦研究から得られたものは何か

 國學院大学の文学部日本文学科には、日本文学専攻、日本語学専攻、伝承文学専攻があり、現在、森敦研究は共同で行っている。例えば、方言学の先生が専門的な知見で、物語の中の方言の使い方が本当に正しいのかを検証すると、森敦がリアルな方言とフィクションの方言を使い分けていることが分かった。現地から見るとおかしいけど、小説で書くと面白い。こうしたリアルとフィクションの書き分けは、鉄道の線路が地形に沿って曲がったり、トンネルや橋で直線で繋がったりしている様子とよく似ている。森敦作品の一冊が、都会と庄内平野を繋ぐ線路のようで、観光地ではない庄内平野に行ってみたい気持ちにさせてくれるはずだ。

 

 

 

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