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人々の願いを運んだ参詣鉄道

鉄道を学問する vol.3【神道史】

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神道文化学部 教授 加瀬 直弥

2022年5月27日更新

 日本の鉄道は明治維新後に殖産興業、富国強兵の支えとして建設が進められた。一方で、鉄道網が全国に及んだ明治中期以降は、観光利用を集客の目玉として有名神社などに向けた鉄道が敷設されるケースも出現する。神道文化学部の加瀬直弥教授(専門:神道史)は「神社そのものに日本人の願望や旅心を刺激する要素が含まれているので、鉄道の敷設が推進されたのではないか」と分析する。

【前編】「道」が通じ「神」が降り立ち「鉄道」が敷かれる

神社仏閣を目指す鉄道の誕生

 明治5(1872)年に最初の鉄道(新橋-横浜)が開通して以来、殖産興業、富国強兵を実現するための輸送手段として建設が進められてきた鉄道。私設鉄道構想のブームが起きた明治中期になると、神社の鎮座地を目的地とするものも誕生した。金刀比羅宮(香川県琴平町)や日光(栃木県日光市)、伊勢神宮(三重県伊勢市)が初期の例といえる[1]。神社仏閣[2]への参詣者の利用に期待したと見られる鉄道開通は、その後も数多く実現した。

弥彦神社の大鳥居と弥彦線

参宮を勧めるオフィシャルガイドブック

 神社参詣者への期待は、自ら鉄道の建設・買収を進めてきた政府も持っていた。大正8(1919)年、当時の国有鉄道網の元締めであった鉄道院[3]の発刊した『神まうで』には、伊勢神宮と当時の官国幣社[4]約180社の、鉄道などの交通案内と、神社の由緒、境内の名所・旧跡が記されている。現在の旅行ガイドのように御利益を前面に出したものではないが、大きさも文庫版ほどで、まさにオフィシャルガイドブックといえるものだった。同書でどれほど集客できたかは量れないが、発刊から時を経ずに寺院参拝のための『お寺まゐり』(大正11年)も鉄道院から出されているので、当局は一定の効果を見出していたとみるべきだろう。

鉄道院が発行した『神まうで』(加瀬教授所蔵)

 『神まうで』の発刊時期は、「本線」の名がつくような主要路線が整備され、県都などの主要都市を結ぶ全国ネット[5]が出来上がりつつあった時代だ。鉄道には貨物輸送も含めてさまざまな使われ方があるが、このころになると観光面での活用法が見通せてきたのではないか。

 最初の鉄道開通から50年もたたない時期に『神まうで』が発刊された背景には、遠隔地の参詣を旅行の目的とするような、従来の文化が存続していたためと考えることもできる。『東海道中膝栗毛』[6]などで描写されるような、遊興的要素の伴った参詣は明治以前にもあったが、鉄道が整備されたことで多くの人々にもその実現の可能性が広がったのだろう。そこで鉄道院が積極的に打って出たということはあるのではないか。歴史があり、地域に根ざした神社が日本の各地にあることもまた、観光の目的地として注目される要因にもなろう。

 近年、地方を中心とする多くの鉄道事業者が厳しい環境に置かれている。コロナ禍はそれに追い打ちをかけた。そうした中、沿線の神社に注目する例も多く見られる[7]。過去を見れば、神社参詣に便利な鉄道路線で廃止となったものは少なくなく、そうした事例は沿線の神社に依存した経営の難しさを物語る。ただ、神社の魅力が誘客に結び付くチャンスはあるといえる。伊勢神宮の62回式年遷宮(平成25年)に過去最高の1400万人が集まったことでも明らかなように、お祭りに注目が集まれば、人もまた集まるきっかけにはなるだろう。(談)


[1] 神社を目指す鉄道 大正初年の段階で、神社の鎮座地を起終点とした鉄道路線としては、日光や琴平の他、越後鉄道(弥彦神社)、大社線(出雲大社、平成2年廃止)、太宰府軌道線(太宰府天満宮)、宇佐参宮鉄道(宇佐神宮、昭和40年廃止)、宮地軽便線(阿蘇神社)などがあげられる。

[2] 寺院を目指す鉄道 寺院に関しては、現在の大手私鉄の路線展開と結びついている例が多い。京急(川崎大師)、京成(成田山)、東武(日光)、京王(高尾山)、阪急(箕面山)、南海(高野山)はその範疇に含まれる。その他、伊豆箱根鉄道(修善寺)や水間鉄道(水間観音)には終点に著名な寺院がある。

[3] 鉄道院 鉄道行政を所管するため明治41年に鉄道局と帝国鉄道庁を統合して新設された内閣直属機関。初代総裁は後藤新平。北海道(札幌)、東部(上野)、中部(新橋)、西部(神戸)、九州(門司)に鉄道管理局(後に札幌、仙台、東京、名古屋、神戸、門司の6局)を置いて各地の運輸・保線・工場を統括したほか、南満州鉄道(満鉄)も監督した。大正9年、鉄道省に昇格。

[4] 官国幣社 明治4年(1871)政府制定の社格に列した神社。祭典で公的な神饌幣帛料が進められるなどした。社格は官幣大社を筆頭とする6種と、国家的功績のある人を祀る神社対象の別格官幣社からなる。明治4年当初の列格数は97社で、大神宝奉献社が数多く含まれていた。昭和20年の終戦時には海外を含め280社に達したが、翌年制度廃止。伊勢神宮はさらなる別格に位置づけられ、この制度の対象外であった。

[5] 主要都市を結ぶ鉄道網 明治5年の新橋-横浜を皮切りに22年に神戸まで東海道本線が全通。以降、山手線赤羽-品川(18年)、東北本線上野-青森(24年)、山陽本線神戸-下関(34年)、東京駅(大正3年)と開通・開業が続き、山陰本線京都-幡生間全通(昭和8年)によって東海道・東北・奥羽・羽越・信越・北陸・山陽・山陰の各本線が完成。また、函館本線函館-札幌-旭川(明治38年)、鹿児島本線門司-人吉-鹿児島(42年)、宗谷本線旭川-稚内(大正11年)の開通で関門連絡船(明治34年開業)、青函連絡船(41年開業)を介して列島縦断の鉄路が繋がった。国有鉄道駅は松山駅開業(昭和2年)で道府県庁所在地への設置完了。この間、明治39年の鉄道国有法に基づいて17私鉄を買収、翌年の時点で国有鉄道は全路線の9割を占めた。

[6] 『東海道中膝栗毛』 江戸後期の戯作者・十返舎一九が著した滑稽本。主人公の弥次郎兵衛と喜多八がお伊勢参りを思い立ち、参宮の後に京・大坂を巡る当時の東海道中を面白おかしく表現した。続編では讃岐(金刀比羅神社)、宮島(厳島神社)、信濃(善光寺)にも足を延ばす。

[7] 沿線の神社に注目する鉄道事業者 特別なきっぷの販売などで、神社の参詣を促すような企画を実現している鉄道事業者としては、秩父鉄道(秩父三社)、富士山麓電気鉄道(山梨県側の富士山麓の神社)、和歌山電鉄(日前神宮・国懸神宮、竈山神社、伊太祁曾神社)、一畑電車(出雲大社)などがあげられる。

加瀬 直弥

研究分野

神道史

論文

「着装装束から見る中世神社神事の特色」(2021/07/25)

「文徳・清和朝の神階奉授と由緒に関する試論―『日本書紀』との対応関係を念頭に―」(2020/11/15)

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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