演じるのは新作落語。そしてその世界観は、今まで誰の落語にもなかった異次元ワールド。「こんな題材が落語になるの!?」「えっ、今の噺はどこまでが枕?」「うそでしょ!一周回ってそこがオチ!」など、見た人の脳を激しくシェイクする落語界の異色すぎる存在、その名は瀧川鯉八。聞けば聞くほど中毒症状を起こす鯉八噺は、いったいどんな頭脳から生まれるのでしょうか。
今回は、落語界にどよめきと旋風を巻き起こし続ける瀧川鯉八さんの創作の「沼」について前後編で迫ってみます。
瀧川鯉八とはナニモノか?
一度その落語を聞いたら中毒になる。独特の世界観で新作落語を次々放つ瀧川鯉八さんとはナニモノか。鯉八さんは平成18(2006)年、「枕を聞いてかつてない衝撃を受けた」瀧川鯉昇師匠に弟子入り。古典落語を鯉昇師匠やほかの師匠に70本ぐらい教えてもらったが、ものにしたのは40本ぐらい。古典を極める方向にはいかず、平成20(2008)年からは新作落語を作り始め、本来は古典落語に集中すべき前座の時代から、春風亭昇々さんや昔々亭A太郎さん、笑福亭羽光さんと「ねじまわしの会」という新作落語の勉強会で新作を披露してきた。この頃からすでに、じわじわと落語愛好家の間での人気は高まっていた。
その後も二ツ目落語家や講談師の会「成金」(平成31(2019)年に活動終了、現在は『大成金』として活動)や、最近では新作ネタおろしが決まりごとの若手落語家・浪曲師による創作話芸ユニット「ソーゾーシー」(國學院大學メディアにご登場の玉川太福さんも参加)の一員として全国ツアーを行うなど、寄席から呼ばれるだけではなく自分たちでも積極的に場を作っている。
令和2(2020)年には真打ちに昇進し、10月に行った真打ち披露公演はすべて完売。最近もますます活躍中で、令和4(2022)年1月は10日間にわたり新宿末廣亭の夜の部でトリをつとめ、また、ソーゾーシーはコロナの波をかわしながら全国ツアーを実施した。令和4(2022)年には映画にも出演し、各界から注目を集めている時の人である。
「渋谷らくご」で新作落語を披露する鯉八さん(撮影:武藤奈緒美)
ストーリーはあって無きが如し 登場人物もいわば記号
鯉八落語の醍醐味の1つは、起承転結できれいに終わる話ではない、いわば不条理のような世界を描いているところ。初期の傑作『俺ほめ』は、登場する人物が何歳で、誰で、主人公である「まーちゃん」と、「まーちゃん」をほめまくる人々は、どういう関係なのかまったくわからない。ただただ、みんなが「まーちゃん」をほめまくる、それだけで話が進んでいく。
「新作落語を作り始めたのは、平成20(2008)年からですが、当初、ウケないことも多かったです。ある程度、評価されていましたが、自分としては『こんなにおもしろいものを作っているんだから、もっと評価されていいだろう』と思っていました。悔しかったんで、だからもう自分で自分をほめようと思って作ったのが『俺ほめ』です。
落語家は、というか僕は、お客さんが笑うと体が喜ぶんですよ。でも笑ってくれない。じゃあ自分で自分をほめていい気持ちになろうと。だからこの話はすごくシンプルだし、今までの落語の規則性ではない。シンプルに作ることっていちばん難しいし、シンプルだから美しいと思ってます。まあ、それと『みんなこうやって僕をほめればいいんだよ』っていうメッセージを込めてます(笑)」
『俺ほめ』に出てくるほめ言葉は、実際に僕が言われたいほめ言葉です、と鯉八さん。
なるほど。たしかにシンプル。ストーリーではない。
「僕は設定をどうしようとか考えないんです。たとえば『コンビニを舞台にした設定で作ろうかな』という発想じゃないんです。どこの世界でもいいと思っているので。落語にするにあたって、登場人物が男でも女でも何歳でもいい。それらは全部記号だと思ってるんです。心臓取ったぞ!というテーマさえ思いつけば、あとは早いんです。たとえばね、髪の毛切ったときってどことなく『切った?』って聞かれて『うん、切った』って言いづらいじゃないですか。なんだか『ううん、切ったのはずいぶん前だよ』ってごまかすみたいな。でも聞いた方はSNSとか見て『昨日までは髪、長いじゃないか。絶対、今日切ったよな』って確信するけど、それ以上は大人だし突っ込めない……みたいなじわっとチクっと来る感じを落語にしたいんです。“あるある”だけど、まだ落語で誰も手を付けてない“あるある”です。人がひた隠しにして心の奥底にしまってるようなことを表に引きずり出したいっていうことかも。でもただ出すんじゃなくて、ポップにくるんで出したいんです。うん、ポップでありたい。ポップスターになりたい(笑)」
「人を傷つけたくてネタを作っているわけじゃないです」と言いながら、話のまとめで「でももしかしたら思っているのかもしれない」とポツリつぶやき、取材陣を爆笑に導く。
確かに鯉八さんのネタは「あっ、そこに触れないで」というような部分をいじるような作品が多い。初期の傑作『暴れ牛奇譚』では、自分のことを上玉とは思っていないが、中の上ぐらいの美しさと思っているタミコが、村の衆に「心までブス」とバシッと言われてしまう。鯉八さん自身「人の嫌なところをネタにしたい」と公言している。だが、だからといって聞いている方は嫌な気持ちにならない。どこかに明るさとか暖かさがある。そこがポップの所以か?
「笑ってもらうための布石であって、お客さんを嫌な気持ちにさせたいわけじゃないから。たとえば、天国の世界みたいにハッピーなことばかりな世界だと飽きちゃいますよね。1回地獄を味わうと、ハッピーさがより分かると言うか。チョロQみたいに1回引いて走るみたいなもんですよ」
やはり、こだわるところは自分のアンテナに引っかかった“チクっとする気持ち”なので、「こういうものを作ってください」と依頼された題材だと、チクッとしたい気持ちが嚙み合わないこともある。
「職業落語家には向いてないですね。音楽で言えば、CMのタイアップで名曲作れる人もいっぱいいるでしょうが、僕にはその才能はない。人から『こういうテーマで』って言われて作ったこと、ありますよ。最近も雑誌の企画でありました。でも正直苦痛でした。じゃなぜやったか。その雑誌に載るっていう欲に負けたから(笑)。やっぱり、頼まれて作ったものはもう寄席ではやってないですね。作品にはどれも愛情があるから捨てたくないですけど」
「僕の落語は登場人物が何人出てきても、全部僕だと思って聞いてほしい。話に感情移入せず『まず俺の話を聞いてくれ』って感じですね」
映像的な落語、なんとカット割りまで作る
「ダイナマイト」という作品がある。父親が出ていってから、大音量でJBことジェームス・ブラウンの「SEX MACHINE」のゲラッパの部分だけを繰り返し歌い続ける男性。それに辟易した町内の住民が大挙して歌うのをやめるように説得に来るという内容だが、最後におばあちゃんとゲラッパの思いもかけないコラボが生まれ、炸裂し、爆発的な展開を経て唐突に終わる。
「『ゲラッパゲラッパ歌ってるやつがいて、うるさいよ!』ってみんなが言ってるけど、良いコラボになって音楽で爆発して現状を打破して分かりあえる。JBは自分の燃えたぎるマグマですべてを打破するみたいな人なので、そんな感じを落語にしたかったんですね。この作品はお客さんにもウケましたし、自分で演っていても楽しかった。だけど、今はもう演らないネタですね。なぜかって言うと、最後はいいんですが、前半が気に食わない。いわばJBの爆発部分をやるために前半を作ったみたいなところがあって、言葉で言うのは難しいんですけど美しくなかった」
確かに、後半部の盛り上がりと加速感はすごいものがある。
「でしょ? ホントはこのネタでいえば、最後にわーって盛り上がったあと、金属バットで頭をバンって殴ってその血しぶきや脳漿が壁にぶつかって下にゆっくり落ちていった跡に『end』って字が浮かんでくるような……全般的になんかそういう感じを目指してるんです」
なんだか、目に見えるよう。
「あ、そうなんです。映像的にしたいっていうのは意識してるんです。カット割りも考えてるんですよ」
映画好きで知られる鯉八さん。WEB媒体などで映画評を連載していたことも。好きな映画監督はアキ・カウリスマキ。本人に会いたくてフィンランドまで行ったとか。「本人が現地にいなくて、毎日サウナに入りまくってました」
落語でカット割り?
「落語って『これは50年前のお話でございまして』とか『一方その頃その店では』みたいなナレーションみたいな地の文を使って説明をしますが、僕は一切しない。しないけれど映画の場面転換みたいに、パンって場面を切って、すぐ次に転換するような映像的な転換の仕方を心がけてるし、それを確立したいんです。カット割り。リズムを重視できるし、そうやって新しい落語の手法を作りたいんです」
映像的というと『やぶのなか』という作品が思い出される。新婚の姉夫婦の家に、無神経な弟とその彼女が訪れてきたときのそれぞれの心理描写が心の中の会話だけで進んでいくのだが、場面の切り替わりはセリフのみ。その転換は見事に映像的。落語だけど、ドラマや映画を見ているような気持ちになる。
セリフのない落語を作りたい
新しい落語の手法を発明したいという鯉八さん。
「セリフも極力減らしたいんですよ。たとえば小津安二郎の映画みたいな感じ。だけど、テンポはクェンティン・タランティーノみたいにトントントンって軽く仕上げたい。セリフがないと情報量が少なくなりますが、その分、僕の表情とか身体的な仕草とかで伝えるようにして……」
セリフのない落語!どこまで新境地を開拓するのだろうか。ますます目が離せない。
今回は天才・瀧川鯉八さんの創作についてお話を伺いました。後編ではさらに、見つけた「チクッとくるテーマ」をどのように醸成し、作品にしていくのか、さらに創作のスタイルについてお話をうかがっていきます。
令和4(2022)年も各地の寄席に出ずっぱり。出演情報は公式ホームページで確認できる。
瀧川鯉八(たきがわ・こいはち)
1981年鹿児島県鹿野市生まれ。2015、2017、2018年には渋谷らくご大賞を受賞。2020年3月、「令和元年度花形演芸大賞銀賞」受賞、同年5月真打ち昇進、2021年、「令和2年度花形演芸大賞金賞」受賞。『俺ほめ』など独特の世界観を次々展開、落語ファンのみならず落語を知らない人々にも鯉八中毒患者を増やし続けている。2022年秋公開映画『土を喰らう十二ヵ月』(沢田研二主演)に写真屋役として出演(本人曰く「映画の中で二箇所だけある笑えるシーンのうちの1つに出ます」とのこと)。
公式ホームページ:瀧川鯉八 https://koihachi.net/
取材・文:有川美紀子 撮影:押尾健太郎 編集:篠宮奈々子(DECO) 企画制作:國學院大學