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新作落語の天才・瀧川鯉八
その創作の“沼”に踏み込んでみたら何が見えた!?

つながるコトバ(落語家 瀧川鯉八 後編)

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落語家 瀧川 鯉八 さん

2022年6月1日更新

 独特すぎる世界観で多くの人々を中毒患者にしている落語家・瀧川鯉八さん。講談師の神田伯山さんは鯉八さんを「新作落語の天才」と言いました。前編では作品を作るきっかけから世界観づくりなど、創作のスタイルについてお伺いしました。後編では、気になった事象や言葉をどのように作品に落とし込んでいくのか、鯉八さんの言葉から探っていきます。

 

整形手術が気になって仕方がない

 「僕はねぇ、カワイイいんですよ」

 いきなりの“カワイイ宣言”である。

 「チクッとくることを題材にしてるけど、軽さは欲しい。ポップでありたい。『チクチクしたこと言うけど、なんかカワイイんだよなあいつ』って言われるカワイさです。落語界一カワイイですよ。もちろん、ぼくの自己採点ですけど。

 どこがカワイイかって言うと、考えが凝り固まっていて古い。昭和のおじさんみたいですよ。でも、僕は価値観をあえてアップデートしないんです。石頭のおもしろいおじさんみたいなおもしろさ、カワイさなんです」

「人はなぜ整形手術をするのか」について思いを巡らす鯉八さん。

 

 10年前に比べると世の中の価値観は激変した。とくにジェンダーやルッキズム、「#Me Too」など、以前は表に出なかった考え方が一般的になってきた。しかし、あえて時代に価値観を合わせることはしないのだと鯉八さんは言う。

 「古くて嫌な感じだけど、落語だったらみんな許す。石頭おじさんの悲哀が伝わる、そういうのがいいなって。そっちの逆はり方向にはみんな行かないから、僕はそっちに行こうかと」

 そんな鯉八さんが今、気になっているのは“整形手術”だ。

 「整形手術の落語を作ろうと思ったんですよ。でも周囲からは『落語を聞きに来た人にもいろんな人がいるから、その微妙なネタはやめたほうがいい』って言われてるんです。それはね、たぶん整形手術を肯定するネタをやるのだろうと思ったからでしょうが、僕がやりたいのは整形手術反対のネタなんです。

 いま、整形手術はダメってなんとなく言っちゃいけない空気があるじゃないですか。でも、僕は整形手術嫌だな〜と思っていて。こういう感じを落語にしたいと思って考えているんです。だけどネタにすると整形してる方を傷つけるかもしれない。でもその感じも含めてなにか落語にできないかなと。整形した本人が『整形してもいいじゃないか』って思っているなら傷つかないはずだけど、でもやっぱりどこかに後ろめたさがある。このあたりをほじくりたいんですよね〜。でもまだうまくいってないです」

男の人はもともとターゲットにしてませんと言うが、どこまでが本当だろうか。

 

 整形についての考察はまだまだ続く。

 「ブスって言葉が出てくるネタ(『暴れ牛奇譚』)の話が出ましたが(前編参照)、僕がこんなネタを寄席でやっても許されるのは、僕がブスだからですよ。見た目も心もブスだから許される。僕が落語で演じている人物を、全部僕だと思って聞いてほしいのですが、ブスを演じているときの僕はまた、えらいことブスにできるんですよ。そこはいいブス。

 で、何が言いたいかと言うと、整形手術のネタも、僕が整形したら許されるかもしれない。1回GACKTみたいな顔にしようかな? サイズの大きなGACKT、いいじゃないですか。でも、整形手術したら元に戻れないですよね。元に戻れないってことが、整形手術をまた不思議なものにしていると思うんですよね……」

 ヒリヒリというか、ヒヤヒヤする言葉をバンバン出して話してくれる。1つ気になった事柄について粘土を手でこねるようにして、その不可解さを突き詰めていく。鯉八さんの脳内マグマはこんなふうにしてうごめき、徐々に固まりながら作品という形を作っていくのではないだろうか。

 「元に戻れなくても困らないのかなぁ。いつか元の自分に戻りたくても戻れない。元に戻れないっていうのがどうしても気になる。形状として戻れないっていうことですね、気持ちとかではなく。物質として元には戻れないことを分かっているのか。

 男女限らず、元に戻れないものを軽やかに決断する方の心理……。いっぱいほじくれますね、整形手術。現時点では、まだこの辺に触れるのはタブーかもしれないけど、今やれば先駆者ですよね。このタブーをポップにくるめたらおもしろい。作品にできたら大長編になるかもしれないですね。整形手術で悲劇やサスペンスはあっても笑いってまだ無いんじゃないですか」

「常に挑戦し、新しい落語の手法を生み出したい。ウケた話と同じことをなぞらない」

 なんとも、作品を作るときの工程を覗き見した気分である。果たしてこのあと、鯉八落語のラインナップに「整形手術」が入るだろうか? 期待して待ちたい。キーワードは“元に戻れない”!?

 

身を削る思いで作った作品の大半をお蔵入りにする痛み

 今までに作った創作落語は約80本あるそうだ。しかし、前編で紹介した『暴れ牛奇譚』や『ダイナマイト』は、じつはもう寄席ではやらないのだと言う。毎年約6本の新作を作るが、常に寄席で話す一軍ネタはうち10本なのだという。残り70本ものネタは、たまに一軍に上がるかもしれない二軍と、もう永久に封印されたボツだというからなんと厳しい。

 「一度お客さんの前で話して、ウケなかったらほぼ捨てる。傾向として、1日で仕上がったものは残る。時間かければかけるほどダメです。頭でこねくり回しちゃうようなものはきれいにまとめようとしがちで、また性格的にきれいにまとめたがるところがあるけど、そうすると遊びがなくなってしまう。無駄な遊びがあって、未完成な方がおもしろいと思うんです。それも狙ってやるとダメですけどね。

 きれいで美しいものにも何か1つ苦い、砂を嚙むような感じがあったほうがよい。でも頭で考えすぎて時間をかけすぎると、作為的な匂いがしちゃって、それがお客さんに伝わってしまう。お客さんにウケなくても、話していて美しいメロディになったり、あるいは不協和音でもその中に気持ち悪いけど気持ちいいリズムみたいなのがあると、残りますね」

 毎年、大晦日の寝る前に「今年作った中に、来年もできるネタはあるかな」と考えるのだそうだ。

 「思い返して、無かったな……って思うとものすごく暗い気持ちで年を越すんです。今、40歳ですからあと何年生きて何本作れるだろうと考えると、大事な1年を無駄にしてしまった……と思って。

 逆に1本でもある年はめちゃくちゃハッピーに気持ちよく眠れます。来年もできるってことは、この先もずっとできる財産を手に入れたってことですから」

 売れっ子になり、令和4(2022)年は映画にも出演するなど活躍の幅も広がっている。作品作りに使える時間はますます貴重になる。

 「毎回傑作を作ろうと思って全身全霊をかけていますが、もし、作れなくなったとしても、作れなかったという姿を見せていく。長嶋茂雄さんの、思いっきり振り切って三振した有名な写真がありますが、あんな風に三振しても美しくありたい。あるいは世界新記録のタイムを目指して走っているけど遅すぎる、でも応援したくなるとか、走ってるフォームがおもしろいから見に行きたくなるみたいな感じを目指したいですね。でも狙ってやると、全然おもしろくなくなるけど。一番を目指しながら、一番ではないけどなんかあの人一生懸命で、走るとフォームがおもしろいよねと言われる、そこに価値があると思うんです。作品とともに己を作品化していく感じ」

 飄々としながらも、裏ではおそらくすさまじい産みの苦しみを経て、あの独特な世界は作り出されているのだろう。まさに、創作の沼で溺れそうになりながらも毎回、ズボッと抜け出して、素知らぬ顔で高座から「ちゃお」と笑いかける、そのプロフェッショナルな態度に聞き手である私たちができるのは、心から次に繰り出される鯉八ワールドを楽しみ、大笑いすることだ。そのまた次の鯉八ワールドを見せてもらうために。

『笑点』の新メンバーになるのではという下馬評もあったが、1月に発表されたのはよく一緒に活動している桂宮治さんだった。次の機会にはぜひ鯉八ワールドでお茶の間をわかせて欲しい。

 

瀧川鯉八(たきがわ・こいはち)

1981年鹿児島県鹿野市生まれ。2015、2017、2018年には渋谷らくご大賞を受賞。2020年3月、「令和元年度花形演芸大賞銀賞」受賞、同年5月真打ち昇進、2021年、「令和2年度花形演芸大賞金賞」受賞。『俺ほめ』など独特の世界観を次々展開、落語ファンのみならず落語を知らない人々にも鯉八中毒患者を増やし続けている。2022年秋公開映画『土を喰らう十二ヵ月』(沢田研二主演)に写真屋役として出演(本人曰く「映画の中で二箇所だけある笑えるシーンのうちの1つに出ます」とのこと)。

公式ホームページ:瀧川鯉八  https://koihachi.net/

 

取材・文:有川美紀子 撮影:押尾健太郎 編集:篠宮奈々子(DECO) 企画制作:國學院大學

 

 

 

 

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