金杉 武司

教授

金杉 武司

カナスギ タケシ

専門分野
西洋現代哲学、心の哲学
本学就任
2013年04月01日
担当教科
基礎演習1A、基礎演習1、基礎演習1B、論理学A、論理学B、現代哲学A、現代哲学1、現代哲学B、現代哲学2、哲学演習、哲学概論A、哲学概論1、哲学概論B、哲学概論2、卒業論文

著書・論文紹介

自己認知には他者認知にない確実性や直接性があると考えられる。この自己知の特殊性に関しては、それを「内観」によって説明する面識説・内的知覚説、それを主体の合理性やコミットメントという観点から説明する合理性説、そもそも特殊性があることを否定する自己解釈説など、さまざまな説明がある。これらの自己知の説明の根底には、「心」や「自己」についての異なる理解があり、それらのいずれかに軍配を挙げることは非常に難しい。

「解釈主義」は、主体がある命題的態度を持っているということを、その主体がその命題的態度を持っていると解釈可能であるということとして理解する。解釈主義は、心を因果性でも法則性でもない合理性を本質とする存在として理解する「合理性の観点からの心の哲学」であり、広義の心脳同一説とは一線を画す立場である。本書では、解釈主義が抱えるさまざまな内在的問題について考察することによって、解釈主義のあるべき姿をより明確なものとすることも試みる。

クオリアを物理的世界のうちに位置づけることは不可能であるという議論に対して、物理主義の側からいくつかの反論が提示されているが、いずれの反論も説明ギャップの存在を否定できない限りにおいて、その妥当性は十分でない。また、説明ギャップの存在を認めるタイプの物理主義には、クオリアが物理学的存在者によって必然化されていると主張するに十分な説得力がない。この限りで、創発主義の方が支持されるべきである。

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教授からのメッセージ

 哲学を学ぶということは、過去の哲学者たちの思想を知ることではありません。過去の哲学者たちが取り組んできた哲学的問題、つまり真理・善悪・美などの人間にとって基本的なものごとの本質は何かということについて自分自身でも考えられるようになること、これが哲学を学ぶということに他なりません。しかし、哲学的問題について自分だけで考えるのはとても難しいことです。そのため、哲学では、同じ問題について考えている「仲間」と議論することがとても大切です。哲学科には、そのような「仲間」がたくさんいます。われわれ哲学科の教員もその「仲間」たちの一人です。このような「仲間」たちとともに、充実した4年間を過ごしてみませんか?

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