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「日向三代」がつなぐ天上・地上の絆

『古事記』が語る神々の姿に学ぶ⑨

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神道文化学部 教授 武田 秀章

2023年1月3日更新

 アマテラスの孫である天孫ニニギは、「水穂国」の王として、日向の高千穂に天降りました。ニニギ以降の三代を「日向三代」と称します。「日向三代」の物語では、「天つ神のプリンス」と「国つ神のプリンセス」との結婚の物語が繰り返されてゆくのです。
 『古事記』講読の授業を長年担当する神道文化学部の武田秀章教授(神道史)は、この一連の結婚の伝えを、「天上からやってきたプリンスの子孫が、いかにしてわが国土を治める立場を獲得していったのか、その大切な階梯が語られているのです」と説明します。

①「ヒーロー爆誕」「人生大逆転」 『古事記』は面白い

②失敗も成功も― イザナキ、イザナミの国生み、神生み

③愛する人との別れで定まった「死の宿命」と「世代交代」

④天の石屋戸神話が示す「出口が見えない暗黒」からの脱出法

⑤暴れん坊からスーパーヒーロー爆誕へ スサノヲの成長譚

⑥スサノヲからオオクニヌシへ 試練と継承の「国作り」

⑦神々の相互連携で進む大事業「国譲り」とは?

⑧地上の世界に稲の実りをもたらした「天孫降臨」

⑩神武天皇のチャレンジ精神、「人の代」を切り開く

第3回古事記アートコンテスト(令和元年度)入選「木花咲耶姫」潮嘉子(作品の転載はご遠慮ください)

天孫、「山の神」の娘と結婚

 そもそも日本列島は、「山の国」にして「海の国」。天上界からやってきた天照大御神の子孫たちは、代替わりごとに「山の神」の娘、「海の神」の娘との結婚を繰り返し、「国つ神」との絆を深めていきます。

 まず邇邇芸命は、「山の世界」を治める国つ神、・大山津見(オオヤマツミ)の神の娘と出会いました。その名は、木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤビメ)。 邇邇芸命の求婚を承けた大山津見(オオヤマツミ)の神は、佐久夜毘売の姉・石長比売(イワナガヒメ)も添えて嫁がせました。けれども邇邇芸命は、醜い石長比売を実家に帰してしまいます。

 悲しんだ大山津見神は、邇邇芸命に、こう申し送りました。「姉妹をともに奉りましたのは、天孫の命が〈石〉のように盤石であることを、また〈木の花〉のように咲き誇ることを祈ってのことでした……」。永遠の生命を齎す石長比売を送り返してしまったことによって、天孫の命は、脆く儚いものとなりました。天照大御神の子孫もまた、あらゆる生きとし生けるものと同様、「死と誕生」を繰り返しながら、命を繋いでゆくことになったのです。

 木花之佐久夜毘売は、すぐに身ごもりました。邇邇芸命は「たった一夜で妊娠するのはおかしい。本当に自分の子か?」と疑います。そこで木花之佐久夜毘売は、戸のない産屋を建て、出産のときがくると、自らその中で火を放ちました。

 木花之佐久夜毘売は、燃え上がる炎のなかで、次々に三人の男子を出産します。まず火照(ホデリ)の命、次に火須勢理(ホスセリ)の命、最後に火遠理(ホオリ)の命、またの名は天津日高日子穂穂手見(アマツヒコ ヒコホホデミ)の命。

 すなわち佐久夜毘売は、火中出産の「うけい」を行うことで、真正なる「天つ神の御子」出生の証しを立てたのでした。

天孫の子、「海の神」の娘と結婚

 こうして生まれた兄弟たちの中で、兄の火照命は「海佐知毘古(ウミサチビコ)」として海で漁を、その弟の火遠理命は「山佐知毘古(ヤマサチビコ)」として山で狩りをするようになりました。

 火遠理命は、なくした兄の釣り針を探して「海神の宮」に赴きます。そこで「海の神」(オオ大綿津見ワダツミ)の神の娘、豊玉毘売命(トヨタマビメ)と出会いました。天照大御神の子孫が、今度は「海の世界」を治める海神、その娘と結ばれたのです。

 三年後、火遠理命が地上に帰還する際、大綿津見神は、水の満ち引きを司る宝珠「塩盈珠(しおみつたま)・塩乾珠(しおふるたま)」を授けました。帰郷した火遠理命は、その宝珠の齎す「水の力」で、兄の火照命を圧倒します。

 この伝えは、稲作りの王=天皇家の祖が、水稲耕作に不可欠な「水」を司る力を、「海神」の後ろ盾を得て、わがものとするに至る経緯を語るものといえましょう。

神武天皇の誕生

 やがて火遠理命の子を宿した豊玉毘売命は、海辺の渚に産屋を作って籠りました。その中を覗き見た火遠理命が目の当たりにしたのは、「本つ国」の姿・巨大なワニ(鮫)となってうごめく妻の姿でした。火遠理命は、驚いて逃げ出します。

 豊玉毘売命は深く恥じ入り、海の世界と陸の世界をつなぐ境界(海坂・うなさか)を塞いで、「海神の宮」に帰ってしまいました。こののち、豊玉毘売命と火遠理命が、幽冥境を隔てながら唄い交わした相聞歌は、神代巻の掉尾を飾るにふさわしい絶唱です。

赤玉は 緒さへ光れど 白玉の 君が装いし 貴くありけり(豊玉毘売命) 
―あなたの清らかなお姿…、永遠に忘れることはありません― 

沖つ鳥 鴨著く島に 我が率寝(いね)し 妹は忘れじ 世のことごとに(火遠理命)
―この世に命ある限り、あなたの日々を、決して忘れません―

 豊玉毘売命の忘れ形見・天津日高日子波限建鵜草葺不合(アマツヒコ ヒコナギサタケ ウガヤフキアエズ)の命もまた、長じて「海の神」の娘・玉依毘売命(タマヨリビメ)と結婚し、子孫を育みます。その四人兄弟の末子として誕生したのが、かの神倭伊波礼毘古(カムヤマトイワレビコ)の命でした。神倭伊波礼毘古は、天上の「日の大神」の系統に加え、地上の「山の神」の力、「海の神」の力をも受け継ぐ、力溢れる赤子として誕生したのです。

 こうして「日向三代」において、「日」と「山」と「海」の結婚が果たされました。ここに天照大御神の子孫は、地上統治の実現に向けて、新たなステップを踏み出すことになります。

 神倭伊波礼毘古命は、日向から船出し、あらゆる艱難辛苦を乗り越えて「大和平定」を達成、わが国の初代天皇・神武天皇として即位するに至ったのでした。

 『古事記』神代巻とは、わが国の「初代天皇誕生」に至る経緯を、天地のはじめに遡りつつ、仔細に語り伝える物語だったのです。

●『古事記』講読の受講生の声

  • 天降った天孫は、山の神、海の神とつながりを持ったことで、天照大御神の系統に、山の力・海の力を取り込むことができた。天照大御神の子孫が一方的に地上を治めるのではなく、地上の神々の系統をしっかりと受け継ぎながら、日本国を治める天皇になったということを、改めて再認識することができた。
  • あっけなく兄の宝物たる釣り針を失くしてしまった山幸彦が、シホツチの神やトヨタマ姫、海神などとの出会いを経て、なんとか兄に対抗できそうな力を手に入れます。本人の能力如何に関わらず、あらゆる背景を持つ人々の知恵を集めて自分の力にできる人こそが、結局、国を治めるのにふさわしい人物であるというメッセージが、物語に込められているのではないかと思いました。
  • 豊玉毘売は海原と地上を繋ぐ境を塞ぎ、海の国に帰ってしまう。そんな最後の二人が交わした和歌のやりとりを、私は忘れられない。もう一生会えないにもかかわらず、互いのことを忘れずに想い合っているその姿は、『古事記』最後のシーンにふさわしいのではないだろうか。「愛」こそが『古事記』の永遠のテーマなのだと、改めて強く感じた。

※武田教授担当授業での受講生のコメントをもとに再構成

 

 

 

武田 秀章

研究分野

神道史、国学史

論文

「御代替りを考える」(2020/03/24)

「明治大嘗祭再考―祭政と文明と-」(2019/11/15)

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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