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スサノヲからオオクニヌシへ 試練と継承の「国作り」

『古事記』が語る神々の姿に学ぶ⑥

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神道文化学部 教授 武田 秀章

2022年8月16日更新

 『古事記』のなかで特に有名な物語の一つがオオクニヌシの「因幡の素菟(いなばのしろうさぎ)」ではないでしょうか。オオクニヌシは、暴れん坊からスーパーヒーローへと成長を遂げたスサノヲの子孫にもかかわらず、どん底のいじめられっ子として描かれます。しかし、兄弟たちの過酷な仕打ちにも一切抵抗せず、弱くはあるが、知恵と優しさを隠し持っていたのです。オオクニヌシが試練を乗り越え、スサノヲから国作りのリーダーを託される物語を、『古事記』講読の授業を長年担当する神道文化学部の武田秀章教授(神道史)は「孤立無援のようでも誰かが見てくれている。やがて社会に出る学生にとって理解しやすいエピソードが含まれている」と話します。

①「ヒーロー爆誕」「人生大逆転」 『古事記』は面白い

②失敗も成功も― イザナキ、イザナミの国生み、神生み

③愛する人との別れで定まった「死の宿命」と「世代交代」

④天の石屋戸神話が示す「出口が見えない暗黒」からの脱出法

⑤暴れん坊からスーパーヒーロー爆誕へ スサノヲの成長譚

⑦神々の相互連携で進む大事業「国譲り」とは?

⑧地上の世界に稲の実りをもたらした「天孫降臨」

⑨「日向三代」がつなぐ天上・地上の絆

⑩神武天皇のチャレンジ精神、「人の代」を切り開く

第3回古事記アートコンテスト(令和元年度)入選「因幡の白兎」潮嘉子(作品の転載はご遠慮ください)

因幡の素菟で明かされる「優しさと叡智」

 のちに大国主神(オオクニヌシノカミ)となる大穴牟遅神(オオアナムヂノカミ)は、「ヲロチ退治」を経て結ばれた須佐之男命・櫛名田比売(クシナダヒメ)の六代目の子孫として誕生します。

 大穴牟遅神は当初、八十神(ヤソガミ)と呼ばれる多くの兄弟の中で、最も虐げられていた惨めな神に過ぎませんでした。『古事記』は、どん底の神が、国作りを担う神へと成長を遂げる経緯を、ドラマチックに語り出します。

 ある日、八十神たちは、絶世の美女・稲羽の八上比売(ヤガミヒメ)に求婚するため旅立ちます。八十神から虐げられていた大穴牟遅神は、一行の袋担ぎとしてお供をさせられました。その途中、八十神は、騙した鮫に皮を剥がれて苦しんでいる素菟(しろうさぎ)と出会います。八十神たちは、悪意からか無知からか、デタラメの治療法を教え、菟はいっそう苦痛を募らせました。

 あとからやってきた大穴牟遅神は、菟の訴えに懇ろに耳を傾け、真水で消毒し、蒲の花の花粉をまぶすという正しい治療法を教え、菟の肌をすっかり癒やしてあげました。こうして大穴牟遅神が、「優しさと叡智」を隠しもっていることを明らかになったのです。

大穴牟遅神に降りかかる試練

 菟は、助けてもらったお礼に、大穴牟遅神と、かの八上比売との結婚を予言しました。八上比売の「衝撃の結婚宣言」でジェラシーに狂った八十神たちは、共謀して恋仇・大穴牟遅神の抹殺を企て、残虐な「殺しの罠」に嵌めました。息子・大穴牟遅神の死を悲しんだ母神は、天上に参上して、神産巣日之命におすがりします。神産巣日之命は、天上から二女神を差し向け、よみがえりの薬「母の乳汁」の作用で大穴牟遅神を復活させました。こうして大穴牟遅神は、母の愛・天上の加護を得て、蘇ることができたのです。

 しかし八十神の凶暴さはとどまるところを知りません。追い詰められた大穴牟遅神は、祖神・須佐之男命の暮らす地の底の他界「根の堅洲国(かたすくに)」へと旅立っていきます。それこそは、生来の「いじめられっ子」が、「大いなる国作りの主―大国主神」へと飛躍する手がかりを掴むための「旅立ち」でした。

 根の堅洲国に至るや、大穴牟遅神は、「運命の女神」須勢理毘賣(スセリヒメ)と出会い、たちまち契りを交わします。実は須勢理毘賣は、須佐之男命の掌中の珠のような愛娘でした。父神・須佐之男命は、「娘婿候補」となった大穴牟遅神に、次々と恐ろしい試練を与えます。まず蛇の室(むろや)の試練。ついでムカデと蜂の室の試練。さらに火攻めの試練。
須佐之男命の本意は、大穴牟遅神を、自分の娘婿にふさわしい、強くたくましい神へと鍛え上げることでした。これらの試練を、大穴牟遅神は、須勢理毘賣のサポート、野ねずみの助けによって、ひとつひとつ乗り越えていきます。

須佐之男命が大国主神に試練を与えた真意は

 やがて須佐之男命は、大穴牟遅神を「八田間の大室(やたまのおおむろや)」に呼び入れ、自らの頭髪にたかった虱を取らせました。ついつい高鼾かいて寝込んでしまった須佐之男命。大穴牟遅神は、その隙を突き、須勢理毘賣を背負い、須佐之男命の宝器である「生太刀(いくたち)」・「生弓矢(いくゆみや)」・「天の詔琴(あめののりごと)」を奪うと、根の国からの脱出を図ったのです。それまで受け身一方であった大穴牟遲神が、はじめて能動的・主体的な行動を起こしたのでした。
 あとを追った須佐之男命は、「他界」と「この世」の境界である黄泉比良坂(よもつひらさか)で、次のようにシャウトしました。

「お前がわが手で得た生大刀・生弓矢をもって、八十神をことごとく追放せよ。おのれこそが大国主神となり、わが娘・須勢理毘賣を妻とせよ。わしの娘婿たるお前こそが、葦原の国作りを受け継ぐのだ。こやつよ!」

 須佐之男命は、遠ざかってゆく大穴牟遅神のうしろ姿をはるばると見送りながら、その名を「大国主神」と改め、地上の国作りを完成に導くべきことを呼びかけたのです。こうして最も弱く、最も虐げられていた大穴牟遅神は、偉大な国作りの主「大国主神」として生まれ替りました。大国主神は、須佐之男命がヲロチ退治によってこと始めた地上世界の国作りを、しっかりと受け継いでゆくこととなったのでした。

 実は須佐之男命は、大穴牟遅神が娘を奪い、生太刀・生弓矢を奪っていくのを、期して待っていたのかもしれません。「我が娘を、我が国作りのしるしを、自らの力で奪ってゆく『剛の者』でなけなければ、我が後継者たり得ないのだ」…

 須佐之男命の真意は、そこにあったのではないでしょうか。 (つづく)

●『古事記』講読の受講生の声

  • イジメに負けずに健気に頑張っていると、そこに救世主が現れ、チャンスを与えられる。因幡の素菟の神話は、日本版シンデレラストーリーと言えるのではないだろうか。

  • 大穴牟遅神が大国主神に成長していく物語では、「本当のリーダーとは何か、本当の強さとは何か」ということが、物語の形で表現されるのではないだろうか。自分自身の成長の手懸かりとして、さらに読み解いていきたい。

  • オオクニヌシってカワイイ。ちょっと天然。無垢で、魅力に無自覚で、それでいていつも物事の中心にいて、強力な磁場を生み出す。幼い頃からそういう存在だったんでしょう。

※武田教授担当授業での受講生のコメントをもとに再構成

 

 

 

武田 秀章

研究分野

神道史、国学史

論文

「御代替りを考える」(2020/03/24)

「明治大嘗祭再考―祭政と文明と-」(2019/11/15)

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