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失敗も成功も― イザナキ、イザナミの国生み、神生み

『古事記』が語る神々の姿に学ぶ②

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神道文化学部 教授 武田 秀章

2022年5月1日更新

 日本で最初の夫婦神として『古事記』に登場するのが伊耶那岐命(イザナキノミコト)、伊耶那美命(イザナミノミコト)の二柱。高天原の神から「国生み」を仰せつかって国土を「修理固成」し、続いて「神生み」に臨むものの試行錯誤を繰り返します。最後に火神・火之迦具土神(ヒノカグツチノカミ)を生んだ伊耶那美命は大火傷を負い、伊耶那岐命は現世、伊耶那美命は黄泉の国(=死の世界)と別れ別れに。『古事記』講読の授業を長年担当する神道文化学部の武田秀章教授(専門:神道史)は「神々でさえ失敗するということが『古事記』の伝えで、試行錯誤しながら成長する大切さを示している」と指摘します。

①「ヒーロー爆誕」「人生大逆転」 『古事記』は面白い

③愛する人との別れで定まった「死の宿命」と「世代交代」

④天の石屋戸神話が示す「出口が見えない暗黒」からの脱出法

⑤暴れん坊からスーパーヒーロー爆誕へ スサノヲの成長譚

⑥スサノヲからオオクニヌシへ 試練と継承の「国作り」

⑦神々の相互連携で進む大事業「国譲り」とは?

⑧地上の世界に稲の実りをもたらした「天孫降臨」

⑨「日向三代」がつなぐ天上・地上の絆

⑩神武天皇のチャレンジ精神、「人の代」を切り開く

第1回古事記アートコンテスト(平成29年度)佳作「日本列島神々絵巻」坂本和香(作品の転載はご遠慮ください)

「天地のはじめ」とは?  列島の誕生とは?

 『古事記』の神話は、「私たちの世界がいかに始まったのか」「私たちの命がいかに発生したのか」「私たちの国土はいかにして誕生したのか」ということを、ドラマチックに、かつスピーディーに説き明かしていきます。

 『古事記』はその冒頭で、わが国のはじまりを、「天地初発」に遡って語り始めます。原初の混沌の只中、高天原(天上)では、天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)・高御産巣日神(タカミムスヒノカミ)、・神産巣日神(カミムスヒノカミ)が次々にあらわれました<造化(ぞうか)三神>。この産巣日(むすひ)二神の「生成の霊力」の作用によって、葦(あし)の芽のような植物的な「命の萌芽(ほうが)」が萌(きざ)しました。いのちの萌しは、しだいに形を整え、雌雄の生命に分かれ、ついに「最初の男女」伊耶那岐命・伊耶那美命の誕生へと至ったのです。伊耶那岐命・伊耶那美命が向き合ったのは、見渡す限り広がる「原初の混沌」でした。

 やがて二柱の神に天上の声が届きます。「この漂へる国を、修理(つく)り固め成せ」と。伊耶那岐命・伊耶那美命は、漂える世界に、天の沼矛を指しおろし、塩こおろこおろとかき鳴らしました。ついで、おのごろ島に降り立ち、互いに「愛の言葉」を交わし合ったのです。「あなにやし えをとこを」「あなにやし えをとめと」と。

 二神は、「天の御柱(あめのみはしら=神聖な柱)」を巡って最初の「結婚」を行います。すなわち、男女二神は、「新しい命を産み出す営み」を、相携えてお始めになられたのです。 けれども、最初の出産は失敗に終わりました。

 そこで二神は、天上に参上し、天つ神のご指示を仰ぎます。天上の神々のご教示を仰いだ二神は、あらためて互いに讃(ほ)め讃(たた)え合ったのち、再び堅く結ばれたのです。こうして最初の男女の結合によって、その「生みの子」として、今日の日本列島(大八島国)の島々が、次々に誕生していきました<国生み>。

 最初に淡路島、ついで四国、隠岐島、筑紫島(九州)、壱岐島、対馬、佐渡島、大倭豊秋津島(おおやまととよあきつしま=本州)の八島(大八島国)が、そのあとさらに六島が生まれました。二神の「国生み」とは、日本列島がどのようにして誕生したのか、ということを説き明す伝えです。二神の「命を育む営み」によって、「水穂の国」の恵み豊かな大地が健やかに誕生したのでした。それはまさに、「日本列島創世」の物語と言えましょう。

「神生み」とは?

 続いて伊耶那岐命・伊耶那美命は、「神生み」にチャレンジしました。二神は、相携えて、列島の「自然の働き」をつかさどる諸々の神々(海の神、山の神、風の神、木の神等々)をも、血を分けた「はらから」として、次々と産み出してゆきます。

 とりわけ海の神・大綿津見(オオワタツミ)の神と、山の神・大山津見(オオヤマツミ)の神は、そうした神々の統領というべき存在でした。そもそも日本列島は、海原に囲まれた「海の国」であり、また国土の大部分が山また山の「山の国」です。わが国では、急峻で緑豊かな山々からの清流で、田んぼの稲が育ち、四方の海原の恵みが培われてきました。「海の神」「山の神」誕生の伝えは、このような日本人の森林観・水田観・海洋観から、自ずから育まれてきたと言えるのではないでしょうか。

「伊邪那岐命・伊邪那美命の『神生み』」二宮昌世(125期神道文化学部卒業生)(作品の転載は
ご遠慮ください)

国生み・神生み伝承の意味とは?

 二神による「国生み」「神生み」の物語は、男女がお互いの「成り余れるところ」と「成り合わざるところ」を補い合い、力を合わせて「未来」を作りだすことの大切さを語っています。またそこには、「国土」と「自然」を、父神・母神の命を受け継いだ「はらから」と尊ぶ信仰が籠められています。それは、国生み神話の伝える重要なメッセージと言えるのではないでしょうか。

 先行きの見えない未来に直面している現代、私は学生たちに次のように言うことがあります。「次は君たちがこの『漂へる国』を作り固め成す番です。『日本の新しい歴史』を切り開く番です」(つづく)

●『古事記』講読の受講生の声

  • 伊耶那岐命・伊耶那美命は日本や『古事記』を語るうえで外せないわが国の元祖カップル。
  • 日本列島の大地は、二神に連なる神々の御魂の宿った聖なる大地で、その誕生ストーリーにも、二神の愛と魂が宿っていると感じました。

※武田教授担当授業での受講生のコメントをもとに再構成

 

 

 

武田 秀章

研究分野

神道史、国学史

論文

「御代替りを考える」(2020/03/24)

「明治大嘗祭再考―祭政と文明と-」(2019/11/15)

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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