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マイケル・ジャクソンからバッハまで!
尺八奏者・辻本好美の「一音成仏」への思い(前編)

(伝統をあやなす人 VOL.5)

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尺八奏者https://www.kokugakuin.ac.jp/assets/uploads/2022/08/8_NSP0220.jpg 辻本好美さん

2022年8月22日更新

 小柄な身体でパワフルに、あらゆるジャンルの曲を吹きこなし、人々を魅了する尺八奏者、辻本好美さん。人気を集めるきっかけとなったマイケル・ジャクソン『Smooth Criminal』をはじめ、レディー・ガガの『Born This Way』、アヴィーチーの『Wake Me Up』などの洋楽から、バッハの『カノン』や映画『戦場のメリークリスマス』のテーマ曲まで吹き、「えっ、尺八ってこんなに素敵な音だったの?」と人々を驚かせ続けている。辻本さんは、日本の伝統文化から生まれた尺八でなにを表現しようとしているのか、尺八への思いはどんなところにあるのか、うかがった。

 

無限の表現ができる「音」に魅せられて

 マイケル・ジャクソンの『Smooth Criminal』を尺八で吹きこなす映像がネットで大ブレイクし、一躍注目を集めた尺八奏者・辻本好美さん。尺八というと、お正月にテレビなどで流れる定番の曲『春の海』など、多くの日本人にとっては“和”をイメージさせる楽器の代表格である。辻本さんはそんなイメージを超えて、尺八の持つ潜在力を引き出す革新児である。

 尺八の良さをもっと広く知ってもらいたいという思いでBamboo Flute Orchestraというソロプロジェクトを立ち上げ、平成28(2016)年にメジャーデビュー。アルバム『SHAKUHACHI』をSMEレコーズよりリリースした。日本のみならず、これまでに海外24か国33都市で演奏を重ねてきた。

 さらにはテレビの音楽番組やバラエティにも出演。令和4(2022)年6月に、売れっ子お笑いコンビ、バナナマンのグルメ番組で辻本さんの『Smooth Criminal』が大々的に使用されたのも記憶に新しい。Bamboo Flute Orchestraでは、平成30(2018)年に2枚めのアルバム『尺八Classic』をリリース。プロジェクトとしてはソロ、ほかの楽器とのコラボ、尺八奏者数人とのコラボなど様々な形態で演奏を行っている。

 

『Smooth Criminal』
https://youtu.be/BUgakk7ZwaM

『Wake Me Up』
https://youtu.be/2NfBpCQ5VYQ

 

 そんな辻本さんに、尺八のどこに魅力を感じるかをうかがった。

 「尺八の魅力はなんといっても音です。基本的には真竹に穴を開けてあるだけのシンプルな楽器で、リードのない歌口の部分に息を吹き込み、その気流によって音を出すので、奏者の個性によって、また竹の個性によって、出る音が異なってくるおもしろさがあります。やさしい人はやさしい音が、真面目な人は真面目な音が、アグレッシブな人はアグレッシブな音が出るんですよ。息の吹き込み方次第で、音色そのものを変えることができる点も魅力のひとつですね」

 

2枚めのアルバム「尺八Classic」は、辻本さん含め5人の女性尺八奏者のクインテット。 「それぞれの個性によって異なる音が重なり合い、紡ぎ出される音を楽しんでほしい」

 そう語る辻本さん。ちなみに辻本さんの音は、どういう音だと言われるかと尋ねると、「男性奏者とは違う、女性らしい音だね」と言われると同時に、「意外に潔い音だね」とか「男っぽい音だね」とも言われるというから、いろいろな顔を持っているのかもしれない。

 辻本さんのお父様が尺八奏者だったことから、幼い頃から尺八は身近な楽器だったという。辻本さんが本格的に尺八を演奏し始めたのは、高校に入ってから。

 「尺八は、息の吹き込み方や奏法で音色を無限に変えられます。たとえば野に風が吹き抜けているようなかすれた音色を出すこともできるし、フルートのような澄んだ真っ直ぐな音色を出すこともできます。息の吹き込み方や唇や顎の調整で、無限の音色を出すことができるのがおもしろいと感じたんです」

 

リコーダーは吹けば音が出るように作られているが、尺八はかんたんに音が出る構造ではない。

 「自分で音を作り出す作業が必要なので、そこで性格が音に反映されるのだと思います」

 吹けば吹くほど、尺八のおもしろさに魅了されていった辻本さんは、もっと尺八を知りたいと思い、大学を探した。目指したのは、東京藝術大学の音楽部邦楽科だ。難関中の難関だが、「楽観的に、やるだけやってみよう、落ちたら落ちたとき考えよう」と挑戦し、すんなり合格してしまう。大学入学後は、尺八の古典を受け継ぐ琴古流きんこりゅうの教えを受けながら、ひたすらそのおもしろさを追求する日々が続いた。

 

禅の精神とつながっている楽器

 尺八は奈良時代に唐から雅楽器として伝来したと言われている。正倉院にも尺八の原型のような楽器が収められている。しかし徐々に廃れていき、再度、注目されたのは中世になってから。普化宗ふけしゅうという禅宗の一派の虚無僧が、修行の一環として尺八を吹いたのだ。

 琴古流はこの虚無僧たちの演奏をルーツとしている。修行の一環であったから、尺八を吹くことに込められている意味は奥深い。虚無僧たちは禅宗の教えに基づき、尺八を吹くことで心の乱れを整えていた(コラム参照)。

撮影:米山三郎


コラム

禅宗の五停心観(ごじょうしんかん)

悟りに至るために自分の心の本性を観察することを観法といい、以下の五つの観法(五停心観)がある。

不浄観(貪――欲望を抑制する)
慈悲観(瞋――怒りを抑制する)
因縁観(痴――無知を抑制する)
界分別観(我執を抑制する)
数息観(尋・伺を抑制する)


 「虚無僧にとっては尺八を吹くことは修行でしたし、お経を唱える代わりに吹く『吹禅すいぜん』もありました。気持ちを整えるために吹く楽器だったんです。

 演奏する上で、私も虚無僧たちが追求した精神性を大切にしています。たとえば洋楽や現代の音楽や、リズムが早い曲の短く鋭い音であっても、そこに命が宿っているという想いを込めて吹くんです。たとえば音を切ったとしても、そのあとの余韻に “まるで音が流れている”ような音にしたり……。一つ一つの音に命を込めるつもりで吹いています」

 それだけに、精神をフラットに保つことはとても重要だという。心が乱れると、それがそのまま音に出てしまうからだ。

 「そこがやはり、エアリード楽器だからこそですね」

 エアリードとは、口から出す空気を楽器の吹き込み口に当てて、気流によって音を出すこと。フルートやケーナなども同じ理屈だが、エアリードの楽器は音を出すのが難しい。中でも尺八はただ息を吹き込むだけではなく、「首振り三年コロ八年」といわれ、首を振ることで音程を変えたりビブラードをかけたり、穴の抑え具合でトレモロのように遠い音を交互に反復させるような音(コロ)を出せるようになるまで何年もかかると言われている。

 一般的には竹の筒に後ろに1つ、前に4つの穴が空いているだけのごくシンプルな楽器だけに、楽器と奏者の身体が一体となることで、無限の音が出せるのが尺八なのである。

 それだけに、尺八奏者にとって尺八は大切な相棒である。尺八はその語源となったと言われる一尺八寸の長さが標準で、そのほかにも一尺六寸や二尺三寸、二尺などさまざまな長さがある。それぞれの長さの管でキー(調)が異なるため、演奏する曲のキーに合わせてさまざまな長さの尺八を使い分ける。

 辻本さんが愛用している標準サイズのものは、大阪の製管師・小林一城氏のもので、高校時代から使っているという。

 「小林先生が作られた尺八の音は、やさしく柔らかい。私が出したい音を出せる尺八なんです。尺八は奏者によっても音が変わるし、製管師さんによっても音が違います。自然の素材である竹の特性もまた、音に影響します。

 尺八は内径がとても重要で、ほんの少しの違いで音の鳴りや抜けが全然違ったりするんです。ですから自分に合う尺八との出会いは本当に宝です。私はある方にアドバイスされて、この尺八に名前をつけているんです。それぐらい、手放せない、一緒に育ってきたし楽しんできた相棒ですから、とても大事です」

 愛用の尺八は「純」と書いて「いと」という名前だという。

 

辻本さんの尺八「純」(いと)。尺八の楽譜に音符はなく、「ロツレチリ」のようにカタカナで表記されている。

一音成仏――それは尺八の神髄

 「尺八には“一音成仏”という言葉があります。一音を吹くことで悟りに至るというこの言葉は、ほかの楽器にはないと思います。一音一音に魂を込める、命をかける、そのことで成仏に至る……。音を出すことで自分の精神性と向き合っていく、そういう意味が込められている言葉で、尺八の神髄だと思います。

 もちろん、たくさんの方に聞いていただくためにはテクニックの研鑽も重要なんですが、尺八奏者としてはまず、音。どんないい音が出せるか、1つの音にどれだけ魂を込めていけるかを考えながら、息を吹き込んでいくんです」

 調子が悪いときは音もうまく響かない。そういうとき、辻本さんはまず「調子が悪いな」という心に囚われないように、ただ一音だけをふーーーー……と、吹き続けるのだという。

 「ただ、ただ、心が空っぽになるまでひたすら一音だけを鳴らし続けます。そういう作業をしないと、一音成仏には近づけないというか。ある先輩からも、すべての穴を閉じた、一番低い音を毎日一時間鳴らし続けていると聞いたことがあります。尺八吹きは、そうすることで、精神と音のチューニングをするんです」

 やがて一音が心を沈め、無我の境地にいたり、森羅万象とつながっていく。それは“一音成仏”という言葉を持つ尺八ならではの世界観なのだ。

 今回は尺八が持つ奥深さを語っていただいた。次回はメジャーデビューから現在まで、順風満帆に見えたかに思える辻本さんの尺八人生に起きた「2つの転機」についてお話しいただく。

 

プロフィール
辻本好美(つじもと・よしみ)

1987年和歌山県生まれ。高校時代に尺八を演奏し始め、東京藝術大学音楽部邦楽科で学ぶ。2015年、NHKワールドで放送されたマイケル・ジャクソンの「Smooth Criminal」の演奏がネットで拡散され国内外で大きな話題となる。翌年Bamboo Flute Orchestra名義で『SHAKUHACHI』をSMEレコーズよりリリース。海外での演奏公演も多く経験。2018年には2枚めのアルバム「尺八Classic」を4人の女性尺八奏者とコラボしてリリース。和洋様々な現代の音楽を演奏するほか、古典やオリジナル曲も手掛ける。

公式ホームページ
https://www.443tsujimoto.com/
Instagram
https://www.instagram.com/yoshimitsujimoto/

取材・文:有川美紀子 撮影:庄司直人 編集:篠宮奈々子(DECO) 企画制作:國學院大學

 

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2つの転機が音を変えた 進化し続ける尺八奏者・辻本好美が描く未来(後編)

 

 

 

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