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サウジアラビアの変革。
障害となる国民の「レンティアメンタリティ」とは

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経済学部教授 細井 長

2021年10月26日更新

世界的にクリーンエネルギーの需要が高まる中、大きな転換点を迎えている産油国のサウジアラビア。前回の記事では、これまで石油に依存してきたサウジアラビアが財政赤字に苦しんでいる現状と、その打開策としての「サウジビジョン2030」について紹介した。

同ビジョンでは、「自国の中小企業の支援」も定められている。だが、「その実現にはたくさんの課題がある」と語るのは、中東地域の経済を研究する國學院大學経済学部教授の細井長氏だ。

そしてその課題を見ていくと、オイルマネーによって裕福な暮らしを享受してきた国民の「メンタリティ」が大きな足かせになるようだ。細井氏に詳しい話を聞いた。

【前編】オイルマネーの限界。 産油国サウジアラビアを取り巻く危機的状況とは

アニメに中小企業の育成。国家が本腰を入れる新しい産業の創出

ムハンマド・ビン・サルマン皇太子の指揮でスタートした「サウジビジョン2030」。石油依存からの脱却としてさまざまな取り組みが行われているが、わかりやすいひとつの事例として細井氏はこんな話を紹介する。

「ビジョンの中には、新たに伸ばす国内産業としてアニメも挙げられています。ムハンマド皇太子がアニメ好きというのも関係あるかもしれません(笑)。実際、日本の制作会社との合作映画(「ジャーニー 太古アラビア半島での奇跡と戦いの物語」)をすでに製作。2021年6月25日から日本で公開されています。正直なところ、サウジのアニメ産業が伸びるかどうかは未知数ですが、今の国の状況を表す取り組みともいえますね」

「ジャーニー 太古アラビア半島での奇跡と戦いの物語」公式WEBサイト

一方、サウジの経済を変えるためには、アニメよりもずっと重要な取り組みがあるという。それが「中小企業への支援」だ。

「サウジアラビアでは、主要企業の多くが国営となっています。石油会社であるサウジアラムコや通信会社など、国を支える大企業はおしなべて国営または王族系でした」

細井氏は2020年に発表した学術論文「湾岸諸国における産業政策としての政府系企業育成」でレンティア国家における政府と民間企業の関係を考察しているが、このような主要企業の体制はレンティア国家の特徴だという。

「サウジアラビアが石油輸出を本格化したのは第二次世界大戦後。そこでオイルマネーを得たあと、本格的な経済発展を行う過程で民間企業が十分に発展していませんでした。そのため、政府が自ら企業を抱えて主導することが必要だったのです。また、サウジは王族と商人の歴史的な関係などもあり、政府・王族が石油部門を支配し、非石油部門には口出しをしないという暗黙の合意があったという背景もあります」

しかし、石油依存からの脱却を図るには、民間企業の育成が重要。そこで、サウジアラビアでは中小の民間企業、なかでも製造業の企業育成に力を入れているようだ。

これもビジョンの屋台骨となる重要なものだが、「現状はうまくいっていません」とのこと。なぜうまくいかないのか、細井氏はその理由をこう考える。

「まず大きな要因は、サウジアラビアにこれまで製造業の土台がなかった点です。石油以前は交易で、石油発見後は石油で経済を回してきた国ですから、製造業の歴史がない。作らずとも必要なら交易や潤沢なオイルマネーで買えばよかったからです。そういった地域で中小の製造業を育成するのは簡単ではありません。たとえば日本の自動車産業なら、トヨタなどの強力なメーカーが頂点にあり、そこに部品を供給する多くの中小企業が存在している。しかし、サウジには石油化学などのごくわずかな例外を除き頂点たるメーカーもないのです」

この言葉を聞くと、さらなる疑問が浮かぶ。なぜ、サウジアラビアは企業育成のために、土台のない「製造業」を選んだのだろうか。その理由は「雇用」だという。製造業は、サービス業などに比べて景気の波に影響されにくく、「雇用を生むには安定的な産業と見たのでしょう」と細井氏はいう。

「実は、サウジアラビアでは失業率が大きな課題になっています。国の公式発表によると、サウジ国籍を持つ人の失業率(年平均)は12%。若年層はさらに深刻で、世界銀行の推計では15〜24歳は約30%、女性に限ると60%を超えています。この失業率を減らし、国民が働く状況を作らなければ、石油以外の新しい産業を伸ばすのは難しい。その考えから、製造業の中小企業支援を進めているといえます」

勤労意欲の低いサウジ国民。オイルマネーでの裕福な生活が裏目に

失業率の高さを改善しようと、雇用に力を入れるサウジアラビア。だが、状況は簡単には変わらない。その理由にも潤沢なオイルマネーが関わっている。

「国民は、失業してもオイルマネーにより十分な失業手当が出ます。その結果、失業率が高水準になっているといえるでしょう。また、仮に働くとしても、中小企業・民間企業には行きたがらない。なぜなら、国営企業や公務員ならオイルマネーを源泉とした高額な給料をもらえます。その好待遇を諦めて、わざわざ給料の低い民間企業には行きたくないでしょう。こうした背景から、雇用はなかなか改善されず、また中小企業にも働き手が集まらない状況に陥っているのです」

ちなみに、サウジアラビアでは、外国企業の誘致も積極的に行われている。先ほど「製造業の土台がない」という話もあったが、技術やノウハウのある外国企業がサウジアラビアに入ってくれば、国内にも技術は蓄積され、雇用の確保にもつながるとの算段だ。

前回の記事で触れた巨大スマートシティ構想「NEOM」でも、外国企業の参画はポイントになる。外国企業にとっても、サウジアラビアの公共事業に関われば、オイルマネーを背景とした高利益が期待できるのではないだろうか。

NEOMでも製造業は重要な取り組みの一つ(NEOM公式WEBサイトより)

「確かに利益は期待できますが、それでも外国企業はサウジアラビア進出に二の足を踏む点が多々あります。国の体制や習慣は独特ですし、サウジに会社を置く場合、サウダイゼーション(労働力のサウジ人化)という国策でサウジアラビア人を一定数雇用することが定められています。これが企業の悩みどころとなり、同じ中東ならそうした規制がないドバイなどに拠点を置く企業が多いのです」

サウジアラビア人の雇用は、外国企業にとって頭の痛い問題だ。理由のひとつは、勤労意欲の低さ。先述したように、オイルマネーで豊かな暮らしを味わい、失業手当も潤沢なため、勤労意欲が高くないことは想像に難くない。

もうひとつ、細井氏が指摘するのは「サウジアラビア人の学力」だという。OECD(経済協力開発機構)が行う学習到達度調査(PISA)を見ると、読解・数学・科学の全分野で、サウジアラビアはOECD平均を100点近く下回っている。同じ中東のUAEやカタールと比べても低い。

「そういった現状を踏まえると、外国企業はサウジアラビア人の雇用に積極的にはなりにくいのです。その中でサウジアラビアでは、2021年から自国の公共事業に携わる会社は、同国内に拠点を持たなければならないルールを発表しました。今まではドバイを拠点にサウジアラビアの事業を行う企業がありましたが、今後はそれができなくなる。サウジで公共事業に参画したければ、サウジに拠点を設け、サウジアラビア人を雇用しなければならない。一方で、外国企業にとってオイルマネーによる大きな利益は魅力。大きな利益とサウジアラビア人の雇用。外国企業にはこの2つのジレンマが発生しています」

オイルマネーの副作用。贅沢を味わった国民の精神をどう変えるべきか

話をサウジアラビア自体の改革に戻すと、この国が石油依存から脱却するには、民間企業の成長や雇用の確保、さらにその手前にある教育面から改革していく必要があるかもしれない。そして細井氏は、この改革の最大の障害として、国民のメンタリティを挙げる。

「レンティアメンタリティといわれるもので、オイルマネーの副作用といえるでしょう。サウジ国民の多くは、長い間、オイルマネーで苦労せず裕福に暮らしてきました。今ではその生活に慣れきっています。サウジアラビアが石油依存から脱却するには、この国民のメンタリティを変えなければならないでしょう。しかし、それは一筋縄では行きません。国民もオイルマネーの分配が減少していることは感じていますが、まだ劇的に生活が悪化しているわけではない。一度味わった贅沢から抜け出すのは時間がかかるでしょう」

以前掲載した細井氏の記事にある通り、国民の生活水準は驚くべき高さだ。大学に行けば、高級車に乗る男子学生は珍しくなく、化学の実験では「インド人の助手がほとんどの準備作業や後片付けを行い、学生は試験管の試薬を混ぜる最後の仕上げ作業だけ行っていた」と細井氏。そういった環境で育ってきた国民が、オイルマネーの恩恵から脱却し、当たり前に働くのは簡単ではない。

「UAEやカタールは改革による成果が出ていますが、サウジアラビアとは人口規模が違います。UAEは約1000万人、カタールは約300万人と人口が少なく、しかも外国人人口が多いため、仕組みを変えやすかったはず。3000万人以上が暮らすサウジアラビアは、同じようにはいかないでしょう。その中で、どう石油依存から脱却するのか。非常に厳しい状況です」

長きにわたりオイルマネーで成立してきたサウジアラビア。世界的にエネルギーへの考え方が大きく変わる中、石油の需要減退と並行して、サウジアラビアの国家の土台が揺らいでる。

細井氏がかつて読んだ本に「石油に浮かぶ国−クウェートの歴史と現実」(中公新書 牟田口義郎著)というものがあった。クウェートは、国土面積が日本の四国と同じほどの小さな国だが、世界有数の石油埋蔵量を誇る。だが、オイルマネーを活用し、新たな富の源泉を築いたドバイやカタールに比べ、クウェートは石油収入に安住し脱石油の経済改革という点では遅れが目立つのだという。

細井氏は、サウジアラビアもまた「石油で莫大な富を得て国家の繁栄を果たしてきましたが、世界のエネルギー情勢によっては、その反映が“蜃気楼”のように消える日が来るかもしれません。脱石油依存に対するサウジアラビアの取り組みは、中東全体に大きな影響を与えるが故に、注目しなければなりません」と指摘する。

石油の未来が暗転するなか、その上に立つ砂上の楼閣とも言えるサウジアラビアの行く末はどうなるのか。この問題は、これからも見ていく必要がありそうだ。

 

2015年連載記事:産油国経済のしくみと実情

【第1回】実は持ちつ持たれつ、サウジとアメリカの微妙な関係

【第2回】アラブの大富豪はいつまでその生活を続けられるのか

【第3回】オイルマネーで潤うレンティア国家、サウジアラビアの苦悩

【第4回】派手に見えて中身は堅実、ドバイの知られざる顔

【第5回】ついに自国民を抱えきれなくなってきたサウジ

【第6回】強気があだに?カタールの2022年W杯は大丈夫か

細井 長

研究分野

国際経済学、中東地域経済

論文

湾岸諸国における産業政策としての政府系企業育成(2020/03/25)

オープンスカイ協定を巡る米国と中東の対立(2018/09/25)

このページに対するお問い合せ先: 総合企画部広報課

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