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オイルマネーの限界。
産油国サウジアラビアを取り巻く危機的状況とは

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経済学部教授 細井 長

2021年10月26日更新

近年、私たちを取り巻くエネルギー事情は大きな転換点を迎えている。「脱炭素」や「カーボンニュートラル」といった言葉は日々聞かれ、主要エネルギーの石油から脱却する動きは世界中で加速。身近なところでいえば、日本政府は2035年までに純ガソリン車の新車販売をゼロにする方針を打ち出した。

この状況下で気になるのが、産油国の動向だ。オイルマネーで潤ってきたこれらの国は、今後、石油のニーズ減少が本格化したとき、国としての存続が可能なのだろうか。

そこで話を聞いたのが、中東地域の経済を研究する國學院大學経済学部教授の細井長氏。細井氏には、2015年に「産油国経済の仕組みと実情(全6回)」の連載記事で中東経済について取材した。当時、まだ“兆し”に近かった脱・石油の動きは、6年経って現実化。その結果、産油国の経済はすでに変化しているようだ。特に著しいのが、日本最大の石油輸入国でもあるサウジアラビアだという。

サウジアラビアの経済や暮らしは今、どう変化しているのか。また、その打開策として政府はどんな戦略をとっているのか。細井氏に聞いた。

【後編】サウジアラビアの変革。 障害となる国民の「レンティアメンタリティ」とは

税金いらずの生活にピリオド? たった2年で付加価値税は0→15%に

サウジアラビアは、世界を代表する「レンティア国家」だ。レンティア国家とは、国が持つ天然資源を国王が管理し、その利益を国民に分配することで成り立つ国。国民は選挙権を求めない代わりに、多くの金銭的収入を国家から得られる。医療や教育、福祉も多くが無償で、税金も日本より格段に低い。それもこれも、莫大なオイルマネーが支えてきたためだ。

レンティア国家の在り方などは2015年の記事をぜひご覧いただきたいが、そんなレンティア国家の土台がいよいよ揺らいでいるという。

「サウジアラビアの財政収支は、2014年以降、赤字が続いています。その結果、これまで裕福な暮らしを続けてきた国民にマイナスの変化が起きました。代表的なものが税金の引き上げです。サウジアラビアには、日本でいう消費税が存在しませんでしたが、2018年から、それに該当するVAT(付加価値税)を5%で導入。しかし財政難に歯止めがかからず、2020年には15%へと引き上げられました」

所得税や法人税が実質的にないサウジアラビアにおいて、導入わずか2年で15%まで引き上がったVATは、国家の苦しい台所事情を物語る。また、サウジアラビア国籍を持つ人に対しては、従来、電気代や水道代にも潤沢な補助金が投入され国民の負担額は抑えられていた。それらの補助金も、この数年で「削減されている」という。

「国民の負担が増えたことにより、支配する王族は大衆の不満が強くなることを懸念しています。そこで、今まで禁止されていた映画館やライブコンサート、女性の自動車運転などを解禁。文化・社会的な部分での規制緩和により、国民の不満を軽減しようという思惑が見られます」

細井氏によれば、映画館やコンサートを解禁したところ、サウジアラビアでは「韓国系のアイドルや歌手のブームが起きている」という。いずれにせよ、これまでは裕福な暮らしを提供することで国民を統治してきた王族国家が、財政赤字により難しい局面を迎えていることは間違いない。

財政赤字の要因となっているのは、世界的な脱・石油の動きだ。その実情として、細井氏はあるレポートを紹介する。

「イギリスのエネルギー企業・BP社が出した2020年のレポートによると、石油の世界的需要はすでにピークを過ぎ、今後は下降の一途をたどると分析しています。状況によっては、2050年時点で現在の4分の1ほどにまで縮小する可能性も指摘しているのです」

今すぐではないが、この数十年で石油需要の大幅な減少が見込まれる。そこでサウジアラビアは、石油依存から脱却する動きを2015年頃にスタートさせた。実はこの取り組みによって国家支出が増え、さらには時期を同じくして原油価格も下落。「深刻な財政赤字が続いている」という。

石油依存からの脱却のために、国営石油会社の株式を売却

では、どんな取り組みをしているのだろうか。象徴的なものが、2016年からスタートした「サウジビジョン2030」だ。「2030年までに国の経済や社会を変えていく構想で、その大きな柱が脱・石油です」と細井氏。弱冠35歳(2021年7月時点)でサウジアラビアの経済開発を司る経済開発評議会議長を務めるムハンマド・ビン・サルマン皇太子が旗振り役となっている。

サウジビジョン2030公式WEBサイトより

ビジョンを見ると、2030年までの目標として「石油を除いたGDPにおける非石油製品の輸出の割合を16%から50%に上げる」「世界第19位から第15位の経済規模の国家になる」などがある。

「サウジビジョン2030は、アメリカのコンサル大手・マッキンゼーの作り上げた計画がベースだといわれます。そのため、目標設定が非常に高かったり、国の実情と合っていなかったりというものも多い。ただ、さまざまな分野での改革をうたっており、日本政府も支援しているようです。このビジョンに関する日本語の資料も用意されています」

サウジビジョン2030を達成するために、何が行われているのか。石油依存からの脱却として、まずサウジアラビアが取り組んだのは、国営石油会社・サウジアラムコの株式上場だという。

「サウジアラムコは、原油生産量や輸出量が世界最大の企業です。その株式はこれまで非公開でしたが、一部の株式を上場し、そこで得た株の売却益を政府系の投資ファンドで運用。投資事業で資産の拡大を目指しています」

2019年11月、サウジアラムコは国内の証券取引所に新規上場した。ただし、公開した株式は、同社の株式全体のわずか1.5%しかない。だがそれでも、当時の時価総額は、Googleを擁するアルファベットやAMAZONを抑え、世界最大となる約1兆8770億ドル(当時のレートで約200兆円)をつけた。オイルマネーの大きさがわかる事象といえる。

石油会社の株を売却し、そこで得た資金で投資事業を行う。石油以外の収益を模索していることがわかる事例だろう。

5000億円のスマートシティ開発。その先にある水素大国のプラン

そしてもうひとつ、サウジアラビアでは重要な経済施策が進んでいる。それは、石油に代わる再生可能エネルギーの産出先進国になることだ。

「2017年、ムハンマド皇太子は最先端技術を集めたスマートシティ『NEOM(ネオム)』の開発を発表しました。全長170kmほどのエリアを対象にした、総工費5000億ドルの計画。100万人の都市を作る予定です。そしてこのNEOMを、世界的な水素製造の拠点にしようと考えています」

NEOM公式WEBサイトより

再生可能エネルギーとして注目を集める水素。その製造技術をNEOMに集約し、世界有数の水素輸出国になるもくろみだ。多くの国や企業に誘致活動を行っており、ドイツを中心に協力を表明した国もあるという。また、このプロジェクトサイトは一部のページが日本語にも対応している。日本企業への熱心な誘致の現れだ。

「サウジアラビアは石油で潤ってきた国であり、テクノロジーや産業の集積が乏しいといえます。そこで、各国の企業をNEOMに呼び、技術面を補えればと考えているのです。もし本当にNEOMが水素製造の拠点となれば、石油に続き、サウジアラビアは産業の最上流にあるエネルギー源を抑えることができるかもしれません。社会の技術や流行は変わっても、上流のエネルギー需要は確固たるもの。その上流を抑えられれば未来は明るくなるでしょう。あくまで、この計画を実現できれば、という話ですが」

確かに、石油に変わり水素の製造でリードできれば、サウジが危機的状況から脱出する未来も見えてくる。だが、細井氏は「実現するには課題が非常に多い」という。

NEOM以外にも、サウジアラビアは石油に依存しない経済成長を促そうとしている。そのひとつが「自国の中小企業への支援」だが、ここにも大きな課題があるという。いったいどんなものなのか。そこには、オイルマネーで裕福に暮らすことに慣れてしまった国民の「レンティアメンタリティ」も関係しているようだ。次回の記事で詳しい話を聞いていく。

 

2015年連載:「産油国経済のしくみと実情(全6回)」

【第1回】実は持ちつ持たれつ、サウジとアメリカの微妙な関係

【第2回】アラブの大富豪はいつまでその生活を続けられるのか

【第3回】オイルマネーで潤うレンティア国家、サウジアラビアの苦悩

【第4回】派手に見えて中身は堅実、ドバイの知られざる顔

【第5回】ついに自国民を抱えきれなくなってきたサウジ

【第6回】強気があだに?カタールの2022年W杯は大丈夫か

 

 

 

細井 長

研究分野

国際経済学、中東地域経済

論文

湾岸諸国における産業政策としての政府系企業育成(2020/03/25)

オープンスカイ協定を巡る米国と中東の対立(2018/09/25)

このページに対するお問い合せ先: 総合企画部広報課

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