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江戸時代、『論語』は必要な教養だった

ゼロから学んでおきたい「日本人と『論語』」②

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文学部 教授 石本 道明  准教授 青木 洋司

2021年6月19日更新

 近代日本経済の父と言われる渋沢栄一が著した『論語と算盤』が注目を集めている。NHK大河ドラマ「青天を衝け」が火付け役になった。難解なイメージがある『論語』だが、実は日本では古くから人々が「心のよりどころ」にしてきた。『論語』が日本でどう広がり、渋沢栄一はなぜ『論語』に関連した本を書いたのか。文学部中国文学科の石本道明教授と、青木洋司准教授が3回に分けてひもとく。

視点①「日本人と『論語』の歴史とは? 」

視点②「渋沢栄一が若者に伝えた『論語』の道徳観とは」

視点➂「渋沢栄一はなぜ『論語』を掲げたのか」

「湯島聖堂大成殿」江戸幕府の5代将軍、徳川綱吉によって建てられた孔子廟で、後に幕府直轄の学問所「昌平坂学問所」となった(斯文會提供)

視点②「学問の基礎だった江戸時代の『論語』」

 『論語』が日本国内で大きな広がりを見せたのが江戸時代だ。青木准教授は「爆発的に読む人が増え、出版が盛んになった。江戸時代で売れた本でトップ5に入るだろう」と語る。石本教授と青木准教授は現在、神道文化学部の西岡和彦教授と江戸時代に武士や庶民がどのようにして『論語』を学んだかといった研究を進めている。

 徳川幕府は朱子学を推奨し、代表的な書物である「四書五経(※1)」が注目される。『論語』はその中でも重要な書物、学問への入り口として普及していく。

 例えば戦国時代、武士階級では『論語』を知る武将は少数だった。加藤清正が前田利家から『論語』を勧められ、驚いたというエピソードがあるほどだ(『明良洪範』)。しかし江戸時代、武士は文武の教養を積むことを求められ、藩の教育機関である「藩校」 (※2)で『論語』を学んだ。一方、庶民階級では「寺子屋」が普及し、日常生活に必要な教養を身に着けていった。

 また、藩校や寺子屋以外にも江戸時代は「塾」ができる。人気の塾は門人が3000人以上いたところもあるという。幕藩体制であったため、こうした教育機関は全国に作られた。

 『論語』の広がりとともに、内容を分かりやすく解説した数多くの「訓蒙書」が登場する。石本教授は「当時の広告を見ると、訓蒙書のターゲットがよくわかる。昼間忙しい商人や農民向けの訓蒙書から藩校の先生用の“虎の巻”まで。コラムや図版が入っているものもあり、今の学習参考書の基となった」と説明する。本には総ルビがふられ、漢字や仮名で書かれているため、漢文と比べて親しみやすいことも人気の理由だった。

わかりやすく説明にまでルビがふられた江戸時代の訓蒙書(渓百年『論語余師』)

 訓蒙書の中には、200年以上ベストセラーになった『名著』もあるという。「商売が成立するために一番大事なことは『信』だ」と説く本も。現代ならビジネス啓発本といったところか。江戸時代に出版された『論語』の訓蒙書は100種類を超える。訓蒙書が多く流通していた証左となるのが、現代での古書店での値付けだ。「神保町の古書店では安価で売られている本もあり、非常に広く流通していたことがわかる」(青木准教授)

 次第に『論語』は「人間をつくるための本」として知られるようになっていく。「日本人は教育や習い事の目的の中に『人格形成のため』などの目的を掲げることが多い。礼儀作法や態度、言葉遣いといった人格を形成するための教えが書かれている『論語』はぴったりだった」(石本教授)。

 青木准教授は「中国古典をそのまま受け取るのではなく、一度自分たちの内部に取り込み、咀嚼して新たな解釈を加えた点が面白い」と語る。江戸時代の儒学者、伊藤仁斎は『論語』を「最上至極宇宙第一の書」と言い切った。荻生徂徠は「朱子学は人情の自然を抑圧する」と批判的な見方をした。思考を止めることなく、それぞれが新しい解釈を加えていった。(続く)


※1 四書五経 四書とは『大学』『論語』『孟子』『中庸』、五経は『易経』『書経』『詩経』『礼記』『春秋左氏伝』を指す。

※2 藩校 江戸幕府は儒学の振興を図り幕府直轄学校の「昌平坂学問所」を開設した。この流れは全国に広がり、江戸後期から幕末にかけて、藩士とその子弟の教育機関が各藩に設置された。主に漢学(四書五経を中
心とする儒学)を学ぶ学問所と、武芸の稽古を行う武道館が併設され、文武両道が奨励された。会津松平家の日新館、長州毛利家の明倫館などが有名である。

 

 

 

青木 洋司

論文

中村惕斎『論語集注鈔説』小考(2024/02/10)

中村惕齋『筆記書集傳』管見(2022/12/23)

石本 道明

研究分野

中国古典学

論文

『詩經』「木瓜」義解管見 : 「喩」の機能について(2022/10/17)

柳宗元「天對」と楊萬里「天問天對解」と(2022/10/17)

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