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地方の「負のスパイラル」、宇都宮のLRTで救えるか(連載第4回)

行政と民間が取り組む大きな交通再編、その中身とは

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フリーライター 有井 太郎

2020年3月2日更新

フランスのストラスブールのLRT

地方の公共交通について、2007年から市町村がイニシアティブを取り再整備できるようになった。それまでは民間事業者が独自に整備していたため、非効率な路線となったり、統廃合が進まなかったりしたが、市町村が「ひとつの視点」で指揮を取れるようになった。

「現在、市町村による大規模な再整備として注目を集めているのが、栃木県宇都宮市です。同市は、LRTという最新の交通車両を導入し、高齢化が進む街の交通を再編しようとしています。重要なのは、その再編が市民の移動を支えるだけでなく、地域経済の活性化、街の価値の向上まで見据えていることです」

 こう話すのは、行政法の視点から地域交通を考える國學院大學法学部の高橋信行教授。LRTを使った宇都宮市の取り組みとはどんなものなのか。同氏の話をもとに紹介する。

➢前回の記事「地方交通を「復活」を期待させる2つの潮流」

國學院大學法学部教授の高橋信行氏。東京大学法学政治学研究科博士課程修了(公法)・行政法専攻。今まで、警察庁の第二種免許制度に関する有識者会議や高齢者講習に関する研究委員会などに参加し、現代の道路行政に関する問題へ研究者としての知見を提供してきた経験を有する行政法の専門家。

ストラスブールで脚光を浴びた、交通による“まちづくり”

――今回は、宇都宮市の交通再編について聞きたいと思います。そもそもLRTとはどんなものでしょうか。

高橋信行氏(以下、敬称略) 近年増えている最新型の「路面電車」です。車が走る道路に専用レールを敷き、時刻表にもとづいて運行するのは従来の路面電車と同じですが、低床車(ていしょうしゃ)と呼ばれる車両を使っていて、車両のフロアの高さが非常に低く、乗る際の段差がほとんどないのが特徴です。また、騒音や振動も少なくなっています。

LRTとは「ライト・レール・トランジット」の略で、路線バスよりは大きく、宇都宮市の車両は定員160人を予定しています。通常の鉄道とは異なり、道路と別個に線路をつくる必要がなく、既存の道路にレールを敷けるので、初期工事が低く抑えられるといったコスト面からも注目されています。

――路面電車というと一昔前のイメージでしたが、ここにきて再び注目されているんですね。

高橋 発端となったのが、フランスのストラスブールです。人口50万人ほどの規模の町で、LRTを軸とした再開発を行い、1994年から「トラム」と呼ばれるLRTが運行されています。再開発のポイントは、バスなどの既存路線をいったん統廃合し、中央駅や観光地の多い旧市街、大学、大規模商業施設、郊外の住宅地をトラムでつないだこと。そのトラムの路線を大動脈として、街の周辺部分を路線バスで補いました。

 また、トラム開通にともない、中心街に車の立ち入りをほぼ禁止するエリアを作ったのも特徴です。車で来た人はLRTの停留所に併設された駐車場に止めて、そこからトラムで移動します。エリア内は、車が走らない歩行者天国のような空間になりました。

――場合によっては不便になりそうな気もするのですが、実際は成功したということでしょうか。

高橋 おっしゃる通り、計画時は強い反対があったようです。しかしトラムが開通すると人の流動性が向上したと考えられています。トラム自体の運営では大きな利益が出ているわけではありません。しかし、トータルで大きなメリットが出ていると言えます。

街の主要箇所をつないだ効率の良い路線ができ、さらに市街地は車が来ないことで歩きやすく、散策しやすくなりました。その結果、街を訪れる人が増え、さらにその人たちの歩く時間が増えたことで、商店に入り消費する機会が増えました。

 実際、中心街の店舗の売り上げが大きく上がったという報告があり、交通を軸にしたまちづくりの成功例として注目を集めました。以降、フランスをはじめヨーロッパでLRTを導入する地域が増えています。

――交通それ自体がもたらす利益というより、交通の整備によって街としての売り上げや活性化が生まれたということですね。

高橋 はい。もうひとつ面白いのは、このトラムが隣国のドイツまでつながっている点です。ストラスブールはドイツと隣接しており、トラムで国境をまたぐことが可能です。そして、この手段を使いドイツと行き来する利用者が非常に多い。なぜなら、フランスとドイツでは流通のルールや法律が異なるため、例えば「ドイツに行けば買える医薬品や食料品」などがあります。こういった需要も当初から見込んで、ドイツまで路線を引いたと言われています。

交通不便が人材流出につながる。地方の「負のスパイラル」とは

――宇都宮市も、LRTを使った再編ということですよね。

高橋 はい。JR宇都宮駅から東方面にある大規模な工業団地まで、約14.6kmをLRTでつなぐ予定です。駅からメインストリートとなる「鬼怒通り」を進むルートで、途中は新興の市街地となっており、「ベルモール」という大きなショッピングモールもあります。

 路線はそのまま南北に流れる鬼怒川を渡り、大規模な「清原工業団地」を通ります。そして隣町の芳賀町に入り、本田技研などのある工業団地で終点となります。始点から終点までの所要時間は約44分、運賃は始点から終点まで乗って400円です。

※宇都宮市ウェブサイトに掲載のパンフレットより抜粋(https://www.city.utsunomiya.tochigi.jp/kurashi/kotsu/lrt/1006081.html

――どういった狙いでこの計画が立ち上がったのでしょうか。

高橋 まずは高齢化による移動手段の不足です。多くの地方都市と同様、宇都宮市も自動車での移動が主流ですが、高齢化が進み、運転できない人たちが増加。他の移動手段の確保が求められていました。

 前回話したように、宇都宮市も「交通」と「町の活性化」の関係を重視しています。外出する人が減れば消費が滞り、経済は悪化する。結果、地元企業の業績が悪化し、この地域から撤退していきます。すると、市民は就職先を探して外へ出て行く。人口減少は加速し、行政サービスは縮小して、住みにくい町になる。こういった負のスパイラルに歯止めをかける意味で、LRT計画が持ち上がっています。

――しかし、なぜバスではなくLRTなのでしょうか。

高橋 これまでも、公共交通としてバス路線が整備されていました。しかし、地方のバス会社は運転手の人材不足に悩まされています。特に駅から鬼怒通り方面のバス利用者は多く、多数の車両と運転手を割かなければならない。すると、他地域の路線に送る運転手が少なくなります。

一方、LRTはバスの3倍ほどの大きさとなり、少ない車両・人員で効率的に運行できます。結果、メインの路線は輸送力の高いLRTに一本化し、バスは郊外部に割り振るなど、適材適所の配置ができます。すると、今まで公共交通のなかった「空白域」の補完にもつながる。こういった再編を市の主導で行っているのが大きな点です。

――ちなみに、既存のバス会社にとって、人材不足が解消されるとはいえ、売上を考えると主要路線をLRTに取られるのはデメリットも大きいのではないでしょうか。

高橋 確かにバス会社は、LRTによって主要路線を失うことになります。そこでこの計画では、ある工夫がなされています。というのも、宇都宮市はLRTの運営会社として宇都宮ライトレール株式会社を立ち上げました。行政と民間が共に出資者となっており、主要株主には、当地の路線バスを担う関東自動車も名を連ねています。

つまり、単純に自分たちの路線バス事業をLRTに渡すのではなく、関東自動車も事業を担う構造です。もちろん、人材の行き来も行われます。

――なるほど。そのように民間事業者と市が手を組めるのも、前回お話しした法律改正の効果と言えそうですね。

高橋 そうですね。ですので、LRTとバスやデマンド交通の連携も実現できます。LRTの停留所を起点として、バスやデマンド交通が再編され、これら全てに共通で使える交通ICカードも導入される予定です。市が主導することで、統一的な計画ができるというメリットの現れではないでしょうか。

宇都宮の「価値」を上げるためにも、交通を見直す

高橋 もうひとつ、この計画で重要なのが工業団地と駅をつなぐ交通です。宇都宮市の工業団地は全国的にも大きな規模で、花王や本田技研などの大企業の工場や研究所もあります。地域経済を支えるエリアであり、宇都宮駅から工業団地へのシャトルバスも多数出ています。

 しかし、駅から工業団地へ行くには、鬼怒川を渡らなければなりません。川幅が400~500mあり、市内では鬼怒川を超える橋が少ないため、朝晩の慢性的な渋滞が深刻になっています。

――渋滞の解決策としてLRTが適切だと考えたのでしょうか。

高橋 そう言えます。LRTは定員が多いだけでなく、専用の軌道(レール)を通りるので、、車やバスとは違って渋滞の影響を受けません。また、ピーク時は6分間隔で運行するとのことで、工業団地の人々にとっては利便性が大きく上がります。

 繰り返しますが、宇都宮市にとって工業団地は大きな街の価値になっています。しかし、すでに古くなった工場も少なくないので、設備の更新時期が来ると別の地域、特に海外へ工場を移設する企業も出てくるかもしれません。その中で工業団地の価値を高める狙いもあるでしょう。

――計画に対して、市民の反応はどうなのでしょうか。

高橋 計画は10年ほど前に立ち上がり、2023年の完成を目指しています。もちろん、当初は反対の声も強くありました。現在も、市ではウェブイト上に計画の趣旨や詳細を細かく出しています。また、街中の施設にも説明コーナーを設けています。

 LRTはもともとの道路にレールを引くので、ゼロから開発するほどの費用はかからないと考えられます。とはいえ大規模な工事ですので、やはり市民からはさまざまな声が出るでしょう。一方、先ほど話した「負のスパイラル」は深刻で、市は手遅れになる前に対策を打つ考えも強かったのだと思います。

――こういった議論は、交通の再整備をする上で避けては通れなさそうですね。

高橋 そうですね。計画が必要かどうか、議論は確実に起こるでしょう。着工すれば規模は大きくなるため、反対の声が出るのも無理はありません。その中で本当に必要な計画を見極める視点、そして、必要な計画であればきちんと住民の理解を得て進める力が求められます。その力に長けている地域と長けていない地域、真剣に取り組む地域とそうでない地域では、今後10年ほどで大きな差が出るのではないでしょうか。それは、地域交通の未来を考える上できわめて重要です。

ーーなるほど、ぜひその点についても伺いたいと思います。

高橋 わかりました。次回、この連載の締めくくりとして、地域交通の発展におけるポイントを考えていきましょう。

(つづく)

研究分野

公法(行政法)

論文

「1962年憲法改正とルネ・カピタン」宇賀=交告編『現代行政法の構造と展開 : 小早川光郎先生古稀記念』 (2016/09/01)

原子力行政と透明性 : フランス原子力情報公開と地域情報委員会(CLI) (2015/08/01)

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