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高齢ドライバー問題、日本の法律はこう変わってきた(連載第1回)

新たなルールは「排除」のためにあるのではない

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フリーライター 有井 太郎

2020年1月14日更新

 近年、移動や交通、モビリティ関連の動きが活発だ。自動運転をはじめとしたテクノロジーの進化や、カーシェアリングといった新形態の事業が出ている。

 それとともに、免許のあり方や交通ルールの議論も盛んになっている。たとえば最近は、高齢ドライバーの事故が話題となった。しかし、この類の課題は今に始まったことではないという。

「高齢ドライバーの議論は1980年代からスタートし、ここ10年でも高齢者講習の改正が行われています」。そう話すのは、行政法を研究する國學院大學法学部の高橋信行教授。上述の法改正について、警察庁の研究会メンバーでもあった同氏は、「高齢ドライバーと法律」の変遷をどう捉えるのか。道路行政を軸に近年のモビリティを見る本連載、初回は「高齢ドライバーと道路交通法」を取り上げる。

國學院大學法学部教授の高橋信行氏。東京大学法学政治学研究科博士課程修了(公法)・行政法専攻。今まで、警察庁の第二種免許制度に関する有識者会議や高齢者講習に関する研究委員会などに参加し、現代の道路行政に関する問題へ研究者としての知見を提供してきた経験を有する行政法の専門家。

高齢者の事故率はどれくらい多いのか

――高橋先生は、道路交通法(道交法)を含む行政法の研究をされています。その視点から、最近議論されている高齢ドライバーの免許についてどう見ていますか。

高橋信行氏(以下、敬称略) 高齢者の運転に関しては、以前から重要なテーマとして議論されてきました。確かに高齢者の事故は多く、警察庁の統計データを見ると、75歳以上のドライバーの事故数が高くなっていることがわかります。

 年齢層別の死亡事故数(免許保有者10万人当たりの数値)を詳しく見てみましょう。警察庁による「平成30年中の交通事故の発生状況」によると、全世代の中で85歳以上が抜けて多いことがわかります。次に16〜19歳が入りますが、以降は、80〜84歳、75〜79歳と続きます。

「平成30年中の交通死亡事故の発生状況及び道路交通法違反取締り状況について(警察庁交通局)」より作成

 この傾向は近年始まったものではありません。そのため、何年も前から高齢ドライバーを対象にした道交法の改正が行われてきました。

ーー具体的に、どのような法改正があったのでしょうか。

高橋 まず行われたのが「高齢者講習」です。1980年代以降、任意参加で行われていた高齢者講習ですが、1997年から75歳以上を対象に義務化。さらに2001年からは、対象年齢が70歳以上に引き下げられました。

 大きかったのが、2009年から75歳以上に義務付けられた「認知機能検査」です。2017年には、さらにこの認知機能検査に基づく規制が強化されました。

 具体的には、検査により判断力や記憶力を測定し、第1分類〜第3分類の3段階で評価します。第1分類は、検査の結果が一番厳しい分類で、その後に医師の診断を受けなければなりません。もし運転に支障があると診断された場合、公安委員会の判断により免許取消や更新停止となることが決まりました。

 これまでの認知機能検査には、免許取消になるほどの効力はありませんでした。ですから、この改正は非常に大きな決定と言えます。私も改正時の研究会に参加しましたが、詳細を決めるまでにはかなりの議論を重ねました。

事故を起こしやすい高齢者のタイプとは

――どんな議論が行われたのでしょうか。

高橋 まず大前提として、事故件数は近年減少傾向にあります。車の安全機能などが進化したのも理由の一つでしょう。一方、高齢者の事故はなかなか減らない現実がありました。加えて、事故の内容がセンセーショナルと言いますか、世の中の問題意識を高める性質の事故が多かったのです。例えばアクセルを踏んだままぶつかってしまうなどといった事故です。こういった事例は、以前から変わらずありました。

 そこで警察庁として対策を練り、高齢者の事故を防ぐ制度の整備を考えます。しかし、そのためにはどのような高齢者が事故を起こすのか、パターンや傾向を探り、解消する手立てを考えなければなりません。

――どんなパターンや傾向が見つかったのでしょうか。

高橋 難しかったのは、その部分がはっきり見えてこなかった点です。たとえば、統計データに基づき、死亡事故を起こした高齢者の運転履歴を分析しても、過去に事故や違反のなかった方が多い。無事故・無違反の方が突然のように死亡事故を起こしてしまうパターンもあったため、際立った前兆が見られませんでした。

 もちろん、日々の運転には何かしらの予兆があったのかもしれませんが、表出している数値やデータで読み取れるものは見当たりませんでした。その中でどういった制度を設けるか。各方面の有識者と議論する中で決まったのが認知機能検査の強化でした。

 その詳細としては、認知機能検査の結果に応じて、高齢者講習の内容を変えることにしました。具体的には、第1分類の中で免許取消や更新停止に至らなかった人と第2分類の人は、より長時間で高度な講習を受けることが求められます。例えば、運転状況をドライブレコーダーで記録して、あとで映像を見ながら運転指導を受けることなど。そのほかにも、いくつかの制度が付け加えられています。

――ちなみに、認知機能検査とはどのようなことをするのでしょうか。

高橋 たとえば、ある言葉や文字列が短い時間表示されるので、それらを記憶して、後で「何が書いてあったか」を回答する。あるいは、アナログ時計の絵を表示して「何時何分か」を回答する。そういった検査を行い、認知機能の状態を見ていきます。

これまでの実績によると、検査によって第1分類と判定された人は、全体の2~3%ほどです。第1分類と判定された人の多くは免許の更新を諦めたり、自主的に返納したりしています。

今は検査の結果と、1人1人のドライバーがその後、どのような運転経歴になっているか、データを蓄積している段階です。そのデータを分析し、高齢ドライバーに関する制度をより進化させていくべきではないでしょうか。

制度改正は、世の中の意識を変える意味もある

――全体の2〜3%ほどという数字に対しては、どう捉えていますか。

高橋 その判断は難しいところですが、やみくもに高齢者から免許を奪う構造にはできません。たとえば地方に行くと、バスや電車といった交通インフラが弱い、あるいは衰退し始めている地域が多数あります。そこでは、車がなければ、免許がなければ生活が成り立たない面もあります。その人たちが運転できなくなるケースを考えると、慎重な議論が必要です。

 その意味でいうと、高齢者講習は決して高齢ドライバーを「排除」するものではないのです。むしろ認知機能検査や、その後のドライブレコーダーによる個人指導などをもとに、高齢ドライバーの安全運転を後押しする。実際、自身の運転の癖や弱点を説明することで、考え方が改められたり、発見が生まれたりというフィードバックがあります。

――確かにこの部分は慎重に考えるべきかもしれません。

高橋 大切なのは、こういった制度改正により、世の中の意識が変わることです。免許の取消・停止になる人の数は、決して多いものではありません。ただ、制度を改正し、検査を取り入れたことで高齢ドライバーが改めて自分の運転を考えることが重要です。法律改正による制度の変化だけでなく、社会の機運の変化も大切です。

ーー海外でも高齢化の進む国は多いと思います。法律の面からその対策を取っている国はあるのでしょうか。

高橋 私の知る限りですが、海外で参考となる先行事例はあまり見当たりません。そもそも、日本のように免許の更新制度を持つ国自体が珍しいんですね。一度取得すると一生使えるケースもある。その意味では、日本は細かい制度を設けていると言えます。

ーーいずれにせよ、この問題は今後も考えていくべきテーマですね。                      

高橋 はい。先ほども話したように、高齢者だからこそ生活の足となる車が必要な面もあります。実はその意味で、高齢者が使う交通サービス、タクシーやバスにおいても法改正が行われています。

 次回は、それらの法改正をもとに、交通課題を考えてみましょう。

(つづく)

 

 

 

研究分野

公法(行政法)

論文

地域公共交通の再生と地方自治体の役割(2023/06/01)

高齢者の自動車運転 : 近年の道路交通法の改正について (特集 高齢社会と司法精神医学)(2022/01/01)

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