
Instagramなどもフル活用した、学生たちに対する学びの支援。一方では近年e-sportsなどで注目を浴びるゲーマーたちや、Vtuberをはじめとしたゲーム実況者などのメンタルケアまで、実践と模索を続ける内村慶士・教育開発推進機構助教の歩みは、留まることを知らない。
臨床心理学の道に入るまでを語ったインタビュー前編を踏まえ、この後編で展開しるのはまさに“実践編”。支援の体制は整えても当事者が相談に訪れない、そんなギャップをどのようにして埋めてきているのか。臨床心理学の専門家は今日も、人々の生活の只中へと踏み出す。
臨床心理学の専門家として実践に取り組むにあたって、人々が心理的な不調を抱えてしまう前に、まずは“予防”に務めたい。そうした姿勢について、インタビュー前編で触れました。
“予防”を重視する必要性は、企業などの組織のなかで働く方々の仕事と生活の「切り替え」について、博士論文の研究を進めるなかで実感していきました。近年ワークライフバランスが注目されるなか、退勤後も仕事について考えてしまって苦痛を感じるような状態から抜け出す方法を探った研究だったのですが、日々働いている人はすこし心の不調を感じたからといって専門家にすぐ相談にいくことは少ないことを、改めて痛感したんです。
もちろん、産業医にかかることができたり、外部で契約している心理相談を利用できたりといった制度は企業の側でも用意している。しかし、そこで相談したということが人事評価に悪影響を与えないかとか、職場が対応してくれるにしても自分の仕事の負担が減ることによって他人に負担がかからないかといった懸念、あるいは1対1で自分の悩み事を話すこと自体へのストレス感などが先だって、専門用語でいうところの「援助要請」をしない人がどうしても多いのですね。
メンタルヘルスの問題を抱え、相談を必要とする人が、専門的かつ適切なサービスを利用できない状態のことを「サービス・ギャップ」といいますが、まさに臨床心理学の実践の場においては、こうした「サービス・ギャップ」が至るところに発生しています。世界中で試行錯誤が重ねられていますが、まだ根本的な解決には至っていない状況です。
支援が必要な人に、その支援をどう届けるのか。こうした問いがその後、現在に至る私の実践につながっています。

私が本学に就任したのは令和5(2023)年4月で、以来力を入れているのが「教育開発推進機構学修支援センター」を通じての実践です。令和7(2025)年4月からは、副センター長を務めています。
たとえば、勉強に役立つ資料をつくるなどして支援の体制を整えていても、学生たちとのタッチポイントがなければ、なかなか相談に訪れてくれません。QRコードを印刷したポスターをたくさん掲示してみても、アクセスが増えるとは限らない。
先ほどお伝えした観点でいえば、勉強で困って立ち止まってしまうその手前で、できれば“予防”的な支援をしていきたい。しかし、「サービス・ギャップ」が発生しうる状況が存在する。この壁を乗り越えていくには、やはり取り組みを積極的にアピールしていくことが重要だと考えました。そのときに必要なのは、カジュアルさです。カジュアルに相談ができる、ということをまず広めていく。
学修支援センターには、有志の学生による「学生サポーター」という制度があるのですが、そのサポーターのひとりだった学生の提案を受けてはじめたのが、Instagramのアカウントの開設と、ストーリーズという機能でのアンケート募集と回答という取り組みです。
Instagramのストーリーズは、ご存知の方も多いと思うのですが、24時間で投稿が消えてしまうかわりに日常的かつ親密感の溢れた動画や画像のシェアがしやすいというもので、若い世代を中心に人気の機能です。そこでアンケートをとることもできるので、たとえば「課題・タスク管理どうしてる…?」といった質問をすると、学生たちが気軽に答えることができますし、仮に回答しなくても投稿を普段から見てもらえれば、学修支援センターへのタッチポイントになります。アンケートの回答に対する学修支援センターのレスポンスをまたストーリーズで投稿することもできるので、日常的にコミュニケーションをとっていくことにつながると思うんですね。

学修支援センターとして開催する講座も、たとえばパワーポイントの作り方や、話の聞き方、授業の資料の管理の仕方といった多様な講座を開くようにしました。こうしたさまざまな取り組みを進めた結果、相談件数がかつての約6倍まで増えてきました。
今回このインタビューを受けている私の服装、かなりラフだと思われるかもしれません。私自身がワイシャツだと動きづらい……ということもなくはないのですが(笑)、実はこれも、学生さんたちに対して堅苦しい印象を与えないようにという気遣いのつもりでそうしています。高校までの先生との距離感に比して、大学の先生というのはただでさえ硬い印象をもたれがちなので、そこをできるだけフランクにして、相談に来やすい空気をつくっていきたい。ガイダンスなどの場でも、なるべくネクタイなどはつけないようにしています。
学外でもたとえば、ゲーマーの人たちが集うイベントに、心理相談のブースを設けるという活動に参加しています。国内外でe-sportsの産業化も進んでいるなか、海外のプロゲーマーの場合は技術的なコーチに加え、メンタルケアのコーチが帯同している例がかなりあります。ゲームにのめり込むと仕事と生活の両立が難しくなったり、あるいはゲーム配信やSNSでの発信などを通じての誹謗中傷に悩んだりして、ストレスを抱えたり孤立感を覚えたりしてしまうケースが珍しくないからなんですね。
この状況は日本でも同様ですから、私たちの取り組みは、心理相談を気軽に体験してもらえるようにしたい、という意図に基づくものなんです。私もゲームが好きな人間なので、その点でもお役に立てたら、と思っています。
インターネット上では、他にもVtuberの方が、Vtuberとしての人気と自分の実像との間の乖離に悩むケースもあるようで、こうした事例にも徐々に対応していければと考えているところです。
必要な人に、相談の機会を届ける。今後もこの思いを胸に、活動していければと思っています。

提供:内村慶士助教
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内村 慶士
研究分野
リメディアル教育、ワーク・ライフ・バランス
論文
働く人の「切り替え」におけるセルフモニタリングの限界 : シフト制勤務の女性社員を対象にした調査から(2023/03/30)
アバター通信を用いた心理支援における非言語コミュニケーションの豊富さと対面性の低さの役割の検討(2022/02/28)
