ARTICLE

キャンプと子ども
アウトドアで知恵を絞る「冒険教育」の重要性(連載第3回)

ランタントーク vol.2「成長」 <前編>

  • 全ての方向け
  • 政治経済
  • 渋谷キャンパス
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

國學院大學北海道短期大学部(幼児・児童教育学科) 田中一徳教授

2020年10月28日更新

ここ最近、ブームとなっているキャンプ。ファミリーレジャーとしても、あるいは大人の趣味としても人気が増している。

そんなキャンプの醍醐味といえば、自然の中に身を置き、時間を過ごしたり、遊んだりすること。では、教育の面から考えた時に、子どもが自然と向き合うことで、特別な何かを学び、一歩成長できる面はあるのだろうか。

アカデミックな視点からキャンプを考察する本連載。今回は「自然の中での成長」を考えていく。果たして「自然×教育」は子どもに何をもたらすのか。キーワードとなるのが、1970年代から体験学習理論などを背景に発展してきた「冒険教育」という手法だ。

知識から知恵を重視する教育トレンドは、自然と好相性

以前から家族連れでキャンプに出かける姿はよく見られたが、ここ最近のブームの中で、さらにファミリーレジャーとして人気が出ている印象だ。

「以前より道具も進化し手に入れやすくなりましたし、何よりインターネットを見ればキャンプの情報やノウハウが載っています。エントリーレベルが下がったことで、より家族に身近なレジャーとなったのではないでしょうか。」

そう話すのは、國學院大學北海道短期大学部の田中一徳教授(幼児・児童教育学科)。かつてキャンプ場やキャンプ・プログラムの企画・運営を行う企業に在籍していたこともあり、この分野の動向に詳しい。その彼は、情報の充実や知識を手軽に得られる今の環境がファミリー層の増加を生んでいると考えている。

情報化社会において自然環境での体験の重要性を語る田中氏

「とはいえ、いざ自然環境の中でやってみると知識や情報だけではうまくいかないものです。焚き火のやり方にしても、テントの設営にしても、情報を見ただけで出来るとは限らない。プラスアルファの知恵やコツが必要です。そしてそれらは、本来なら直接体験しながら得るもの。実は、これこそが『知っているつもり』や『バーチャルな体験』が多い子ども達への教育において今こそ重視されていることで、直接体験しながら知恵やコツを得る力をどう養うかがポイントになっています。」

さまざまな情報がネットにある今、何かの課題に直面すると、ネットで情報を検索しながら、それらを組み合わせて解決するケースが多い。特に子どもたちは、この環境で生まれ育った分、その手法が「当たり前になっている。」という。

「とはいえ、情報の組み合わせだけでは突破できない課題が人生にはたくさん出てきます。そこでは、自分の体験から知恵を絞る力が必要です。そういった場面に必然的に多数遭遇するのが自然環境。“知識”から“知恵”へと教育のトレンドが移る中、自然環境における教育は重要性を増しています。」

フェザースティックやバトニングなど先人の知恵を学ぶこともキャンプの魅力

実は、アメリカの西海岸では「教育目的で子どもをサバイバルキャンプに参加させる親が多い。」と田中氏は言う。なかでも、世界的なIT企業が集積するシリコンバレーの家庭ではその文化が強いようだ。

「特にスタートアップのIT企業では、何もないゼロからサービスを作った人ばかり。一方、今の子どもは生まれた時からネットで情報や知識を得られる環境があり、すでにいろいろなものが揃っています。逆に言えば、ゼロから何かを作る体験がしにくい環境にあると言えます。親たちは、何もないところから知恵を振り絞る重要性を知っているからこそ、子どもにサバイバルキャンプを体験させ、早いうちからその力を養わせるのです。」

サバイバルキャンプでは、インターネットのつながらない奥地に行くことが多いそうだ。今の子どもには生まれて初めての環境であり、キャンプをするにも情報や知識ではなく知恵を振り絞るしかない。「仲間と相談し、与えられたわずかな道具で試行錯誤しながら創造的に前進していく経験をするのです。」と説明する。

周囲を観察し、知恵を活かして自然を利用する。

冒険教育で得られる「判断しなければならない」という体験

実は、自然の中での体験をもとにした教育は古くから研究されてきた。そのひとつが「冒険教育」であり、体験学習理論や経験主義教育思想などを背景に1970年代頃から「アメリカで盛んに議論され始めた。」と田中氏。

「自然の中でチャレンジすることも、そのエッセンスを学校教育の場に取り入れ生かすことも冒険教育の一つの形です。学校現場ではチャレンジできる環境をつくり、子どもが『一歩踏み出す体験』をすることが目的。たとえば授業で一度も手を挙げたことのない子が手を挙げることも冒険と言えます。冒険教育は社会心理学の理論にもとづいており、人の内面を成長させるものとして国内外で社員研修に取り入れている企業もあります。」田中氏は子どもたちへのブッシュクラフト教室なども行っている。

野外での冒険教育には、いろいろなパターンがある。歩き慣れない森や川の中に入ったり、あるいはジップラインのような人工物にチャレンジするのも良い。「緊張感を持ちながら一歩進む体験は、大きな意味を持ちます。」と田中氏。チャレンジすることで子ども自身の自己効力感や自己肯定感が高まり、苦手なことも積極的に挑むような姿勢を築いていくのだと言う。

その彼も、キャンプの中で子どもたちに冒険教育を実践してきた。たとえば1週間の長期キャンプに出かけ数日経つと、子どもはベースキャンプの場所に慣れ、そこが“日常”になってくる。この段階に来たら、ベースキャンプから遠征する2泊3日程度のプログラムを子どもたちに考えさせるキャンプ・イン・キャンプを行うのだという。先のアメリカ西海岸の例では、地図などの限られた情報を与え、子どもたちに「第2のキャンプ場」を探させるという。目的地を決め、自分たちで進路を決めて歩き、実際にテントを張って泊まる。この一連の作業を限られた情報だけで行うのだ。

普段使わない道具を活用することも重要な体験

「その体験の中で、子どもたちは知恵を絞るだけでなく、自分の意見を伝え、仲間の意見を聞きながら一つの判断を下す経験も得られます。仲間の中で意見が異なっていても、どこかで決めなければ前に進めません。子どもなりに、グループの意見のベクトルによっては自分の考えを捨てるといった判断も体験します。一方、未知の自然の中にいるからこそ、間違った判断をする怖さも肌で感じる。すると、仲間のあやふやな情報や意見はしっかり否定しなければなりません。実はこれも日常では体験しにくいもので、キャンプなどのアウトドアではそのチャレンジもできるのです。結果として、自立心や他者受容、自己決定力や感性などが育まれ、内面の成長につながります。」

正しい判断を下すためには、その場の全員が本音を言える空気を作るのもポイント。そういった意味でも、新しい体験の機会になるようだ。

田中氏が整備している野外教育フィールド。キャンパスの中とは思えない自然が子どもたちの体験の場に。

実は今、冒険教育ができる野外教育フィールドを田中氏は作っている。それも國學院大學北海道短期大学部のキャンパス内に。「キャンパスの端に白樺がそびえる一角があり、そこで学生や子どもと自然体験ができれば。」とのこと。今は「敷地の草刈りに励む毎日です。」と笑う。

すでにこの場所で子どもたちとブッシュクラフト体験を行った。ブッシュクラフトとは、自然素材を極力利用してシンプルに生活する手段のこと。手付かずの自然が残るこの場所で、子どもが知恵を絞り、新しい体験をする場にしたいと考えている。

子どもたちの感性を大事にしてほしいと語る田中氏。

教育面だけでなく、コロナ禍の感染リスクを考えると、子どもが野外で安全に遊ぶ機会は重要になるだろう。田中氏は、そんな子どもを見守る大人へのメッセージとしてこう語った。

「自然の中で大切なのは、大人が余計に手を出さないことです。子どもが動けるなら、材料だけ置いて、あとは子どもの感性に任せる。次第に子どもは工夫したり、遊んだりし始めます。もしなかなか動かない子どもなら、小さなヒントだけ与えて心に火をつけてあげる。大切なのは、手を出しすぎないこと。子どもがのびのびと自分で考える環境にすることです。」

自然の中で行う冒険教育。情報化社会の中、知識から知恵へと教育の重点が移る今こそ、その可能性は大きいのかもしれない。


 

 

このページに対するお問い合せ先: 総合企画部広報課

MENU