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焚き火がこれほど魅力的な理由
「囲む火」から「向き合う火」への変化とは(連載第6回)

ランタントークvol.3 「焚火」<後編> 研究開発推進機構准教授 深澤 太郎×火とアウトドアの専門iLbf(イルビフ)代表 堀之内 健一朗

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國學院大學研究開発推進機構 准教授 深澤 太郎

2020年12月18日更新

キャンプやアウトドアがブームになる中、「焚き火」にも注目が集まっている。複数で火を囲むのはもちろん、最近はソロキャンプとともに、一人で火と向き合う時間を楽しむ人も多い。

大人数で、あるいは一人で、人はなぜ火と共に時間を過ごすのだろうか。その疑問について対談したのが、火をテーマにした「火とアウトドア専門iLbf(イルビフ)」を営む堀之内健一朗氏と、考古学・宗教考古学を専門とする國學院大學 研究開発推進機構の深澤太郎准教授。焚き火を追求し続ける堀之内氏と、古代の人々の生活を研究する深澤氏は、人間と火が向き合ってきた意義を、それぞれの視点で考察していく。

「焚き火」の本質に迫る本対談。今回は、火と人間の対話について考える。

前回の記事:なぜ焚き火に癒されるのか 人類の進化と火の意外な関係とは

考古学の視点で見る、いつも人間の「中心」にあった火の歴史

堀之内 最近のアウトドアブームとともに、焚き火を楽しむ方も急激に増えています。これほど多くの方が焚き火を好むのは、現代の生活があまりに火から遠ざかってしまったからではないでしょうか。電気が火の代わりをし、IHなどで一切火を扱わない生活もある。外での焚き火も簡単にはできません。ですから、子どもの前で焚き火をすると、火の着いたストーブや火にかけたやかんなどを平気で触ろうとする子がいるんですね。火を見る機会が少ないので、その怖さを知らないんです。

堀之内氏は、便利になった社会で「人と火の距離」が変化したと語る。

深澤 なるほど。火と付き合い続けてきた人類だからこそ、火が遠ざかった現代の生活ではその存在を強く求めるのかもしれません。

堀之内 深澤先生は「火が人間を人間へと進化させた」とおっしゃいましたよね。私は、人間のコミュニケーションの発達にも火が重要な役割を担っていたと思うんです。実際、そういった言説もあって。昔から「焚き火を囲むと会話が弾む」と言いますが、古代の人間は毎日焚き火を囲み、その中で人間のコミュニケーションが発達したのかもと。

深澤 確かに、火は人間のコミュニケーションツールとしても重要だったはずです。私が着目するのは、火はいつも人々の「中心」にあること。大人数で焚き火をするとき、火を真ん中にして囲みますよね。旧石器時代の人々がバーベキューをした集石遺構も、恐らくそうだったでしょう。それは古代も同様で、縄文時代や弥生時代の竪穴建物の中に作られた炉は、建物の中心にあるんですね。もちろん、建物の天井から煙を逃がさなければいけない事情もあったのでしょうが、火を中心にして人が集まっていたことがわかります。

深澤准教授は、古代の生活の痕跡からも火の重要性がわかると語る。

堀之内 確かに、火はいつも中心ですよね。今日も私たちの真ん中に焚き火があります。

深澤 ただし5世紀、古墳時代中期になると、建物の中の火は“端”に移っていきます。その理由が「かまど」の登場です。かまどはその構造上、建物の壁際に作られたので、火の据えられる場所が時代とともに変化していったのです。しかし面白いのは、かまどが現れても、並行して家の真ん中の「いろり」は中世・近世を経て現代まで残り続けるんですね。人間はやはり「火は中心にあってほしい」と思ったのでしょう。

現代だからこそ、火が人と人の中心にある意味が見直されている。

堀之内 焚き火をしていても、不思議と火を中心に人が集まるんですよね。たとえ他人同士でも、距離を縮めて火を囲む。今日の対談も、焚き火を囲んで話したからこそ、いつになくリラックスできた気がします(笑)。

深澤 前回、「火は自然や異世界との媒介」であると話しましたが、同時に「人と人との媒介」でもある。そういう意味では、現在の焚き火ブームは先祖返りと言えるかもしれません。火と人間の関係を考古学で考えると、そんな思いも浮かんできます。

無機質ながら命を感じる。「火と向き合う」人が多い背景

堀之内 一方で、最近は「一人で火と向き合いたい」という人も増えています。ソロキャンプが流行していますが、その愛好者の多くが一人で焚き火をしてじっくりと過ごしている。昔は人とつながるための「火」だったものが、今はSNSなどが発達しすぎて、むしろ人とのつながりが強すぎるのでしょう。あえて孤立して火を見ることが貴重になっている。独りになるためのツールとしての火の役割が、この時代の中で生まれてきているのではと。

堀之内氏は、SNSの発達で火に新たな意味・役割が生まれてきたと語る。

深澤 「囲む火」から「向き合う火」になったのかもしれません。それは密教や修験道における「護摩(ごま)」の儀式にも近い。護摩は、一切のしがらみを断った修行の中で、火と自分の対峙に没入し、煩悩を焼き尽くす。そうして、己を省みるんですね。

近年、「向き合うための火」としての在り方が注目されている。

堀之内 よく「焚き火は自分をリセットしてくれる」と言います。ストレスやモヤモヤをリセットする作用がありますよね。私が焚き火の魅力を感じたのも同じで、もともとシステムエンジニアをやっていましたが、激務でひどく疲弊していました。そしてある日、妻に「笑わなくなった」と言われて。しばらく仕事を休んだんです。ちょうどその頃、たまたま焚き火と出会う機会があり、言いようのない懐かしさを感じたんですね。同時に、気持ちが安らぎました。

焚き火は現代人に安らぎをもたらしてくれるという。

深澤 そこで感じたのは「懐かしさ」だったんですね。

堀之内 はい。実は小さい頃、実家が薪風呂だったんです。ですので、毎日薪を用意したり、それでお風呂を沸かしたりしていました。当時は無意識にやっていましたが、大人になり焚き火をしたら不意にその頃を思い出して。そうして自分の気持ちも落ち着いたんです。

深澤 懐かしさだけでなく、火と向き合うことで、自分を整理できたのかもしれません。仮に「自分と向き合いたい」と一人きりになっても、意外と考えが頭の中をぐるぐる巡って、心を整理できないこともあります。かといって、人と一緒にいたい気分ではない。そんなとき、火は無機質な存在ですが、揺らめきや熱があり、さも命を持っているような動きをする。無機質だけど、火と対話しているような。そのバランスが、自分と向き合うのにちょうどいいのかもしれません。

焚き火のゆらめきが持つ魅力に人は魅せられる。

堀之内 本当に一人で暗闇の中にぽつんといるのはつらいですからね。最近は、家の中でも小さな火を焚けるツールが流行っています。オイルランプのようなものや、一酸化炭素の出ないエタノールを燃料にするものなど。ろうそくを見ていると表情が和らぐとも言われますが、そういった火に対する現代人のニーズが表れているのかもしれません。

深澤 さらに焚き火をしていると、火の様子を眺めるだけでなく、燃えているときの小さな薪の爆ぜる音や香りもいいですよね。

堀之内 そうですね。火は暖かさだけでなく、色や音も楽しめます。香りも、薪の種類によって全然違うんですね。焚き火をすると、静かにじっと火に没頭している人もいますが、まさに色や音、香りを楽しんでいるのでしょう。さまざまな“火の価値”が再発見されて、今や贅沢品になっているとも感じます。

火が種火から炎へ育ち終わりへ向かう。その様も人を魅了する。

深澤 今の人は、そういった火の価値を求めているのかもしれません。昔は集落と奥山の間に里山があり、そこから木を伐採して薪にしたり建材にしたりしていました。火と同様に、木も生活に密着していた。今は薪を日常生活で使う機会は少ないですし、家を建てるにも木材の使用は減っています。結果、昔より山には木が生い茂っている。

それは、決して山にとって良いことではないんですよね。本来の山は、適度に木を間伐して、新陳代謝を促した方がいい。人が程よく木を利用することで、実は人と自然の共存が出来る。人間と自然の付き合い方を考える意味でも、焚き火は貴重な文化なのです。

焚き火は自然と人の古来からの関わり方でもある。

堀之内 自然ということでは、東日本大震災や熊本地震などの地震や水害などで電気が止まったときに、暖を取るために焚き火をする光景が見られました。災害が頻発する中で、外で生活することや、火に対する意識が高まったのではないかと感じています。やはり、人は火とともに歩んできた存在であり、だからこそ火に安らぎ、火を求める。そういった関係に思いを巡らせながら、普段から焚き火を楽しむ文化が多くの方に広まっていけばいいなと思います。

キャンプフィールドに持っていきたい“私の一冊”(深澤准教授)

『火の昔』柳田國男 KADOKAWA/角川ソフィア文庫

民俗学者として有名な柳田國男が「火」をテーマに編んだ本。かつての人々がどんな風に火を扱い、どう生活に取り入れてきたのか。時代ごとに使われた照明や煮炊きの道具、暖房の道具などを細かく例示しながら、民俗学的な視点で克明に伝えている。

「重要なのは、この本の初版が出版された時代です。戦時中の昭和19年に刊行された本書は、その前年、戦争の灯火管制が厳しい中で執筆されました。灯火管制とは、空襲を避けるために夜分の照明使用が厳しく制限されることです。明かりを満足に使えない時代に、先人たちが火をどう扱ってきたのか綴っていったんですね」

今の時代は、照明や電気を使うのにも不自由はない。しかし一方で「自然災害や原発事故も起きており、実は火や電気との付き合い方を考え直していくべき時代でもある」と深澤氏は指摘する。そんな時代だからこそ、改めて日本列島に生きた人々が「どう火と向き合ってきたかを見て欲しい」と続ける。

「ここには、執筆していた昭和18年当時でさえ忘れ去られそうな火の文化や道具が、柳田の平易な文体で綴られています。戦時中の柳田がそうだったように、コロナ禍に襲われている私たちも先行きが見えない状況。生活スタイルが一変しつつあるいまだからこそ、人間の生活の中心だった火がどんな風に扱われてきたのか、改めて問い直すのも意義あることなのではないでしょうか」

さらに注目したいのは、柳田が「絶えず吹く強い風、大きく寄せてくる激浪の力」など、環境負荷の低い新たなエネルギーの創出方法を考えるべきと指摘している点。深澤氏はその先見性が「新鮮な驚き」であり、「未来を考える上でも、若い方にぜひ読んで欲しい」とメッセージを添える。

火とアウトドアの専門 iLbf(イルビフ)

対談者の堀之内氏が運営する、業界初の火をテーマにした専門店。2016年にUR都市機構みさと団地商店街にオープン。人が集まり、語り始める不思議な空間、不思議な感覚、そのような焚き火空間を提供する手伝いをとの想いで運営されている。徹底的に湿度管理したこだわりの薪や魅力的なガレージブランドの製品など大型店とは一味違ったこだわりのセレクトが話題となり、オープン以来多くの人気を集めている。

 

 

深澤 太郎

研究分野

考古学・宗教考古学

論文

「伊豆峯」のみち―考古学からみた辺路修行の成立(2020/06/18)

常陸鏡塚古墳の発掘調査(2019/12/25)

このページに対するお問い合せ先: 総合企画部広報課

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