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キャンプが大人にもたらすもの
サードプレイスとしてのアウトドア(連載第4回)

ランタントーク vol.2 「成長」<後編>

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  • 教育
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國學院大學北海道短期大学部(幼児・児童教育学科) 田中一徳 教授

2020年11月13日更新

 

自然の中に身を置くキャンプなどのアウトドアは、普段しない体験や、日常生活では遭遇しない「課題」を解決する必要が出てくる。それらは、子どもの成長という観点でも重要な機会であり、実際に野外での教育的な活動は古くから研究されてきた。

そして、自然によって得るものがあるのは子どもだけではないかもしれない。「大人にも、サードプレイスとして自然に身を置き、自分を見つめ直したり、癒しを求める人が増えている」と話すのは、國學院大學北海道短期大学部の田中一徳教授(幼児・児童教育学科)。ライフバランスを整える意味で野外に出かける大人も多く、コロナ禍において今後その傾向は強まると予想する。

アカデミックにキャンプを考察していく本連載。今回は「大人が自然に身を置く意味」を考える。

人々はストレスレベルを下げるため、都市生活を離れ自然へと向かう

昨今のアウトドアブームにより、休日などに野外へ出かけていく大人は多い。ではなぜ、大人は自然やアウトドアに惹きつけられるのだろうか。田中氏は、その理由をこう考える。

大人にとっての自然の魅力を語る田中氏

「自然の中での活動が人間のストレスレベルを下げることは多くの研究で報告されています。加えて、人は100kmほど移動すると生活圏が変わり、転地療養的なリフレッシュ効果を感じやすいもの。近すぎると生活圏を脱しないため気分転換しにくく、遠すぎるとかえって疲労や負担になりかねません。大人は日常生活から少し離れ、リフレッシュしたいのかと思います。また、近年の健康志向や食べ物の自然派志向、本物志向もアウトドアブームの背景にあるかと思います。日常では出来ない登山にチャレンジしたり、地場産品を求め美味しいものを食べに行ったりすることもアウトドアの魅力です。そういったことからも、癒しや生活のバランスを整える時間としてもアウトドアに人気が出ているのではないでしょうか。」

加えて「今はコロナ禍のストレスもあり、都市生活に疲れた人も多い。精神的に疲弊すると自然の近くに身を置きたくなるのは人間の根源的な欲求と言えます」と話す。

田中氏は以前、キャンプ場やキャンプ・プログラムの企画・運営を行う民間企業に勤めていた。それだけにアウトドア市場の動向も細かく見ている。その中で「これからは、アウトドアや自然に身を置くことが人々の“サードプレイス”として発展するのではないか。」と指摘する。

自然に身を置くことは、さまざまな意味を持つ

サードプレイスとは、家でも職場でもない「第3の場所」。具体的には、多様な人が集まって働くコワーキングスペースや、カフェ、バーなどだ。ビジネスにおいては、このサードプレイスでの交流からイノベーションが生まれやすいという見方がある。特にアメリカ・シリコンバレーでは、違う企業に属する人々がサードプレイスで交流することにより、さまざまなサービスやアイデアの誕生が加速したとも言われる。

「自然の中に出ることは、癒しや自分を見つめ直す“マインドフルネス”としての価値もあると感じています。自然環境に身を置き、日常のストレスから解放されることで、野外で何かをする時に、無心になりながらも自分自身を振り返る『余裕』も生まれるからです。静かに森を歩き、草花や空を眺めてのんびり過ごすだけでもいい。もちろん揺らめく焚き火を眺めるだけでもいい。自然の中でふと自分を見つめ直したり、再確認したりする経験は、きっと多くの方にあるのではないでしょうか。まさにアウトドアがサードプレイスとしての役割を持っているのだと言えます。」

こう話す田中氏も、自身が親しんできたアウトドア活動は幅広い。かつては遠くに行き登山やスキーに熱中していたが、この頃は近くの里山の山菜採りやキノコ採り、渓流釣りなど生活圏に隣接するエリアでの活動も多いという。

上:田中氏の趣味の一つ、大自然を感じての渓流釣り。下:釣り上げたエゾイワナ

そんな田中氏は今、國學院大學北海道短期大学部のキャンパス内に豊かな自然環境を活かした野外教育フィールドを作っている。最近は敷地の「草刈りばかりしている」と笑うが、実はそれも自分を見つめ直す時間になっているようだ。

「草刈りは単純作業ですが、アクティブメディテーション(動的瞑想)の作用が働き、夢中に作業しながらもいろいろと自分の振り返りができたりしています。ソロキャンプなどが流行っているのも『ありのままの自分になれる場所が欲しい』という思いがあるのでしょう。ストレスから解放され、リラックスして自分を見つめるサードプレイスとして、アウトドアの価値は今後ますます高まっていくと思います。」

キャンパス内の野外教育フィールドの草刈をする田中氏

都市と自然の中間。新たなアウトドアの可能性

大人たちにとって、サードプレイスとしてのアウトドアが重要になっている。その中で田中氏は“新たな場所”が人気を集めると予想する。

「今後は日常から完全に切り離した“非日常”のアウトドアに加えて、日常のライフスタイルに融合したアウトドアや場所が注目されるのではないでしょうか。たとえば、自然の中での生活と都市生活という、相反する2つの生活圏が円状にあるとして、ちょうど両方の円が重なり合う場所、自然と都市生活の中間地点のイメージです。」

中間地点の例となるのが、都市部にある緑豊かな公園や、山間地域の里山だ。2つの円が重なる領域の中で、都市寄りか自然寄りかライフスタイルにあったアウトドアの在り方を選ぶことができる。そういった意味では、最近増えつつある「ベランピング」や「チェアリング」といったスタイルも中間地点の例かもしれない。ベランピングとは、キャンプ道具などを活用してベランダでアウトドア気分を楽しむもの。チェアリングは、軽量の椅子を野外に持ち出し、ゆったりと過ごすこと。いずれも最近、特に都市部で人気が出始めている。

自然とのふれあいを日常に取り込むライフスタイルが注目されている

「完全な非日常ではなく“日常寄りの非日常”と言うべきでしょうか。自然の中に身を置きたくても、時間や場所の関係で行けないことも出てくる。そこで、自然やアウトドアのエッセンスを日常に取り込んだ“中間的なアウトドア”が流行の兆しを見せているのかもしれません。これが次のアウトドアのスタイルとして成熟すれば、大きなマーケットになる可能性もあると考えています。」

先ほど触れたキャンパス内の野外教育フィールドは、まさに中間地点の位置付け。コンビニエンスストアも近く、道路や建物に囲まれた街の一画だが、一歩入れば白樺の木がそびえ、キタキツネも訪れる場所だ。

キャンパスの中にある野外教育フィールドでの風景

元来、「家でも職場でもない場所」という意味のサードプレイスは、「都会でも自然でもない、“3つ目の場所”という意味でも定着するかもしれません」と田中氏。そしてそこで過ごす時間が、「自分の立ち位置や自分らしさを再認識する時間になり、豊かなライフスタイルにつながる。」と話す。

さらに、こういった価値観を共有できる仲間が集まったサードプレイスは、仕事のアイデアや人のつながりが加速度的に生まれることも期待できる。「多様な人が集まるサードプレイスでは、共有している価値観があると、より発展が起きやすくなります。たとえばキャンプフィールドに集う仲間であれば、自然やアウトドアが好きなど共有している感覚は多い。そういったコミュニティでは、たとえ初対面同士でも話が合いやすく、クリエイティブな話が盛り上がり新たなアイデアにつながることがあります。職場とも家庭とも違う、新たな人間関係も発生しやすいでしょう。ストレスから離れ自分らしく、仲間とともに過ごす。その結果、人生に潤いを与える。サードプレイスとしてのアウトドアは、その意味でも可能性があるのではないでしょうか。」

日常から離れ、自然の中に身を置くアウトドア。これまでは癒しなどのイメージが強かったが、今後は新しい人間関係やアイデアが生まれるサードプレイスとして重要になっていくかもしれない。アウトドアは、大人の人生を豊かにする場所でもある。

キャンプフィールドに持っていきたい“私の一冊”

白土三平著『白土三平 野外手帳』(小学館)

バックカントリースキーから渓流釣り、山菜・キノコ採りまで、四季を通じてアウトドアライフを過ごす田中氏。その彼がバイブルとして愛読するのが、白土三平著「白戸三平 野外手帳」(小学館)である。『カムイ伝』や『サスケ』などの人気漫画を生んだ著者が、日本全国の自然をベースに、そこに住む人々が伝えてきた自然食材の食べ方や採り方といった知恵や手業など、伝統的な地域文化をまとめている。民俗学的にも貴重な資料となっている。

「旅に出かけると、この本を見ながらその地域で採れる山菜や魚を確かめたり、地元の方に聞いたりしています。1993年出版ですが、今後、ここに記された地域の文化が途絶え、自然環境の変化によって、本にある食材の食べ方や採り方を再現できなくなることも考えられます。昔の文化を記録・継承していく意味でも大切な一冊だと考えています。」

田中氏は「本に書いてあることを実際に体験できる面白さがある」と語る

同書では、ボラの火あぶりの仕方や地域に伝わる手ぬぐいの被り方など、日常に根付いた地域文化の記録が綴られている。それらを各地で確かめながら、自分も同じことができるか、再現していくのが楽しいという。

「特に私が好きなのは、行者ニンニクに関する記述です。この本と出合った当時は東京に住んでいて、行者ニンニクは『幻の山菜』でした。しかし、北海道に住んでからは、大自然が身近なため採れるように。今では春の楽しみになっています(笑)」

写真も豊富に掲載されており、子どもから大人まで気軽に読めるという。加えて、日本の伝統文化・風習の貴重な記録にもなっている。田中氏は「世界中の人に読んでもらいたい一冊ですね。」と紹介する。

※現在は絶版となっており、中古本が流通しています。

 


 

 

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