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キャンプブームの中で探る
自然との調和を大切にする「日本的アウトドア」とは(連載第1回)

ランタントーク vol.1 自然<前編>

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人間開発学部准教授 青木康太朗 

2020年9月23日更新

近年、キャンプ人気が高まっている。ここ数年は「第3次キャンプブーム」と呼ばれることも多い。コロナ禍においても屋外という安心感から追い風となり、キャンプ系ユーチューバーが脚光を浴びるなど、新しい潮流も生まれている。

そんなキャンプをアカデミックな視点から考察してみると、何気ない野遊びの向こうに、人間本来の営みや文化、歴史が見えるかもしれない。自然の中に身を置く行為は、まさに「原体験」。だからこそ、人の本質に迫れるのではないだろうか。そこで本連載では、各分野の教員を招き、学問を軸にキャンプを追求。1回目は、日本と西洋の自然観の違いを起点に「日本的アウトドアの可能性」を考えていく。

キャンプブームを振り返ると「家族像」の変化も見えてくる

アウトドアは、「第3次」と言われるブームに突入している。その中身を見ると、たとえばキャンプの様子をSNSで発信するなど、デジタルを含めて盛り上がっているのが特徴だ。

「1980〜1990年代の第1次アウトドアブームは、自家用車の普及とともにオートキャンプやスキーなどが盛り上がりました。また、90年代には『日本百名山』といったTV番組などをきっかけに中高年の登山がブームとなりました。2000年代の第2次ブームでは、若年層は“山ガール”などのファッション要素をフックに、シニア層は健康ニーズの高まりからアウトドアブームが過熱。そして今回は、SNSがキャンプを含めたアウトドア人気を牽引しています。同じアウトドアでも、時代ごとにブームを引き起こすツールが変化していると感じます。」

こう話すのは、野外教育や青少年教育を研究する國學院大學の青木康太朗准教授(人間開発学部 子ども支援学科)。かつて「青少年自然の家」で知られる独立行政法人国立青少年教育振興機構に在籍し、子どもたちとの活動を通じて野外教育を研究してきた。

そんな青木氏は、SNSと合わさった今のブームについて「その場のアウトドアのみで完結せず、その後SNSで発信し共感を得るところまでがアウトドアの楽しみに含まれている。」と話す。

様々な道具もキャンプの魅力(上:VICTORINOX社のナイフ(最上段)は青木氏が20年近く愛用。下:ファイヤースターターを使い、火を起こす。)

一方で、長年にわたり子どもたちとアウトドアに触れてきたからこそ、今回のブームから「家族レジャーの変化」も見えるという。

「第1次ブームの頃に比べると、家族像も変わったと思います。以前は、父親が休日に家族をどこかに連れていくことを『家族サービス』と表現する人もいましたし、“半ドン”と言って、土曜出勤のある方も多かった。家族で数日間キャンプをすることには特別感があったはずです。今は家族サービスという言葉をほとんど聞きませんし、共働きの家庭が増え、仕事と家庭を両立する父親も多くなったと思います。ファミリーキャンプを見ても、昔のような特別な家族のイベントというよりは、家族で楽しむ日常的なレジャーに変わってきたように感じます。」

家族で焚き火を囲み談笑する風景もキャンプ場では多く目にするようになった。

御来光や修験道。自然への感謝が付随する日本のアウトドア

キャンプの楽しみ方が多様化したのも、第3次ブームの特徴だ。1人で行く“ソロキャンプ”や、テント設営のいらない“グランピング”、はたまた自然素材を極力利用して過ごす“ブッシュクラフト”など、楽しみ方はさまざま。もちろん、情報化社会の中でデジタルから離れる“デジタルデトックス”としてのキャンプもある。

「贅沢な時間」の過ごし方としてもキャンプは注目されている。

このような多様化の中で、青木氏は今後「日本的アウトドア」が盛り上がる可能性を予測する。とはいえ“日本的”とはどういう意味なのか。カギになるのが、日本と西洋における「自然観の違い」だ。

「西洋の自然観は、人間が自然の上に立ち、コントロールする考え方。『環境保護』という言葉を見ても、人間が自然をコントロールする意識だからこそ“保護”という表現になるのだと思います。一方、日本は昔から自然と調和・共生する意識が強く、『自然の一部に人間がある』という思考が見られます。その象徴が、里山・里海の文化です。自然の上に立つのではなく、畏敬の念を持って共生する。そこに日本的な自然観を感じます。」

古くから「八百万の神(やおよろずのかみ)」という言葉があるように、日本では自然や場所そのものにも神が宿ると考えられ、信仰の対象になってきた。「御神木(ごしんぼく)」や山岳信仰はその代表と言える。一方、西洋を見ると、キリスト教などでは自然も「神が創ったもの」という考えが強い。「日本では人間が自然の一部、西洋では人間が自然を支配しているという、根底の意識が違うのではないでしょうか。」と、青木氏は指摘する。

そして、こういった自然観の違いは、アウトドアの楽しみ方にも差を生む可能性があるという。

「たとえば登山の歴史を見ても、西洋では未踏峰の山を次々に登頂し『制覇』することに価値が見出されていましたが、日本では、古来より『修験道』として信仰登山が行われており、山に身を置くことで心身を鍛える、神や仏を拝むために山を登る『登拝』といった発想で登山が行われていました。キャンプは西洋由来のものですが、こういった日本的な自然観が今後のキャンプ・アウトドアのあり方を新しくするかもしれません。」

これまでも、自然観の違いに基づいた日本的アウトドアはあったという。一例として青木氏が挙げるのは「御来光」だ。海外でも山頂から日の出を見る習慣はあるだろうが、「そこに感謝やありがたみが付随するのは、まさに日本的アウトドアでは。」と話す。

「自然の中には、日常生活では味わえない刺激や感動が無数にあります。それらを五感で感じ、自分の“感性”が磨かれていく中で心震えるような感動体験をすることこそ、現代社会におけるアウトドアの醍醐味(だいごみ)ではないでしょうか。そう考えると、自然と対等に接し、自分も自然の一部として過ごす日本的アウトドアは、成熟社会に生きる現代人のニーズに適しているはず。野山に出かけて自然を肌で感じ、その環境に感謝しながらゆったりとした時間を過ごす。そんなキャンプやアウトドアが今後ますます増えていくかもしれません。」

ブームの中で、楽しみ方や嗜好も多様化するキャンプ。これからは、自然との調和・共生を反映した過ごし方も増えるのだろうか。西洋由来のキャンプが、日本的な発展を見せる可能性はありそうだ。

次回の記事➢ランタントークVOL.1「自然(後編)」『 自然の中で育まれる「感性」が、人生にもたらすもの』

ランタントークVOL.2「成長(前編)」『キャンプと子ども アウトドアで知恵を絞る「冒険教育」の重要性』


青木 康太朗

研究分野

野外教育、青少年教育、リスクマネジメント、レクリエーション

論文

家庭の状況と子の長時間のインターネット使用との関連:『インターネット社会の親子関係に関する意識調査』を用いた分析(2019/08/)

青少年教育施設で発生した冬期の傷病に関する調査報告(2019/02/)

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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