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【先輩に聴く】もっとガツガツ、経験積んで将来の糧に

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茨城放送 代表取締役社長 阿部重典氏(昭61卒・94期経)

2020年9月17日更新

 「コロナ禍」という異常事態に直面しながらも「リボーン(生まれ変わり)」を掲げて新たな一歩を踏み出した茨城放送社長の阿部重典さん(昭61卒・94期経)。國學院大學の院友に様々な経験や人生の指針を伺う「先輩に聴く」インタビューの2回目として、4年間在席したアナウンス研究会での思い出などを通じて感じ取ったことは、「大学4年間の経験が人生の糧になる」ということだそうです。

――アナウンサーを目指したきっかけは

阿部 「どうしても一度は東京に出たい」という思いから選んだのが國學院大學でした。小さい頃から憧れたテレビやラジオの世界へ近づこうと、入学と同時に入ったのがアナウンス研究会です。当初は本当にアナウンサーになれると思いませんでしたが、先輩が地方の放送局に内定すると「ひょっとしたら自分も」と、憧れが現実に近づいたことを覚えています。

 福島出身の私は1年生のころ、「阿部がなまっている」とよくいじられました。「無アクセント地域」の福島、茨城、栃木などの出身者にはアクセントの概念がないため、自分ではなまりに気づきません。直すにはその都度、指摘してもらう必要があるので、標準語を話す東京生まれの同級生を練習台にして必死になって覚えました。同級生もまさか練習台にされていたとは思いもしなかったと思いますよ。

 私はアナウンサーという明確な目標を持っていたので、そこに向かって強い思いを抱いていました。アナウンサーになれた一番の要因は、大学での4年間が非常に充実したもので、それが社会人になってからの自分につながりました。大学の4年間は生きたいように生きることができ、学びたいことが学べます。さまざまな経験が自身の血となり肉となり、そして今後の糧を得ることができるのです。

――読者、後輩へメッセージを

阿部 今の学生はもっとガツガツしてもいいのではないでしょうか。人事担当として採用面接で自己表現がうまくできない人がいたりすると、人との関わりが薄いのでは―と思うこともあります。20歳前後の多感な時期には、深く関わり合い、苦楽をともにするような経験積むべきだと思います。もっと人と人とのコミュニケーション、交流というものを増やしてもらいたいですね。

 大学の4年間、いろんな人とコミュニケーションを取って価値観を共有したり、刺激を受けたり、ものの見方を学んだりしていくことが、後の生き方に生きてくるんじゃないかな? 傷つくことも、けんかになることも、人と関わることで増えますが、4年間いろんなことを感じて社会に出るのと、4年間ただ大学に通って卒業証書1枚もらって社会に出るのとでは全然違うはずです。

 就職活動での安定志向が非常に強いことも気になります。ちょっと待て、君たちは本当にそれがやりたいことなのか? 例えば役所に入ってやりたい仕事があるなら別ですが、「安定した職場」といった認識だけでは長続きしません。最近は「3年3割」というキーワードがあるようですが、それこそ仕事になじめず職場を転々とすることになってしまうのではないでしょうか。

 就活で休暇とか給与の条件面を重視するよりも、どんな仕事をするかを確かめる方が大事じゃないでしょうか。給料は高いに越したことはありませんが、人生の3分の1ほどを過ごす勤務先がつまらないのでは人生も面白くないですし、自分がやりたいことを極めた方が幸せだと思うのです。友人、趣味、サークルといったいろんなことを経験する中で知らず知らずのうちに学び、たくさんの経験をすることが社会に出てから大きく役に立ちますし、社会を生きるうえでの大きな力になると信じています。


あべ・しげのり 國學院大學経済学部経済学科を卒業後、昭和61年株式会社茨城放送にアナウンサーとして入社。編成局放送センター部長、放送センター長、総務局長、取締役編成局長兼総務局長を経て令和2年6月から現職。在学中の4年間はアナウンス研究会に所属した。

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