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コロナによって加速する
観光型と都市型がリンクする“日本版MaaS”

MaaSは“移動革命”であると同時に“ライフスタイル革命” 「新しい生活様式」とリンクする東急が目指す新時代の過ごし方 Part.2

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東急株式会社 交通インフラ事業部 都市交通戦略企画グループ MaaS担当 森田創さん

2020年11月11日更新

 MaaS(マース)――。Mobility as a Serviceの頭文字から成るこの言葉は、モビリティ革命とも呼ばれ、既存の交通の概念を一新すると言われている。

 これまで我々の移動は、マイカーを筆頭に、鉄道、バス、タクシーなど公共交通機関を、個々が、そのときどきに利用することが当たり前だった。しかし、これからの時代は、数ある交通手段を一つのスマートフォンのアプリを通じて、ルート検索や混雑状況、予約・決済機能まで一括で管理し、その都度、我々利用者に対して、最適かつリーズナブルなモビリティサービスの組み合わせを提示する――、そんなことが日常化するというのだ。

 「最初は私も何がなんだか分かりませんでした。MaaS……それってお菓子の名前ですか? というような状況でした」

 そう笑うのは、東急株式会社・森田創さん。ヒカリエの「シアターオーブ」にブロードウェイを持ち込んだイノベーターであり、現在は事業開発室プロジェクト推進部で新規事業であるMaaSの指揮を執る、“日本版MaaS”のキーマンだ。現在、東急は静岡県・伊豆エリアでMaaSの実証実験を行うなど、新時代に向けて動き出している。

 東急は、一体どのようなMaaSを手掛けていくつもりなのか。モビリティ革命の先にある新しい街づくり、そして生活の在り方を聞いた――。

 東急が、観光型MaaSを展開する理由、そして静岡県・伊豆エリアで臨んだ実証実験(【フェーズ1】)にいたる背景を説明したPart1 。徒手空拳から始めた東急のMaaS戦略は、トライ&エラーを繰り返し、【フェーズ2】(令和元(2019)年12月1日~令和2(2020)年3月10日)を迎える。

 陣頭指揮を執る森田さんは、前回の蹉跌を踏まえ、伊豆エリアをシームレスに移動できる専用アプリ『Izuko(いずこ)』の見直しを決意。「スマホを介したサービス」の障壁の高さを痛感したことからアプリを断念し、ウェブブラウザからのみ使用可能とする大胆なプラットフォームの変更を決断した。

 「【フェーズ1】の際、修正がアプリに反映されるまで非常に時間がかかることが分かりました。伊豆は天気が変わりやすく、午前中に稼働していた遊覧船やリフトが、午後は運転休止になることが珍しくありません。アプリでは「稼働中」と表示されているにもかかわらず、実際に足を運ぶと「運転見合わせ」というケースもありました。一方、ウェブブラウザはすぐに修正を反映させることができ、スムーズな観光案内を実現することができました」

 また、懸念されていたサービスの障壁の高さも払拭することに。

 「シニア層の方は、アプリのダウンロードに抵抗感があることに加え、そもそも“Wi-fi が分からない”という方もいらっしゃった。しかし、スマホからQRコードを読み込み、ウェブブラウザにアクセスできるようにしたことで、お客様のご理解はもちろん、チケットの購入もスムーズになりました」

     【フェーズ2】では、前回の約5倍にあたる、5121枚のデジタルチケットを販売(【フェース1】は1045枚)。この数字は、観光型MaaSでは国内最多の利用数となる。また、利用者の問い合わせ件数も前回と比べ1/7に減少したことからも、【フェーズ2】では使いやすさや理解度が向上したことを物語る。

 

日本初、伊豆半島で展開した「観光型MaaS”Izuko”」実証実験の報告(2020年3月17日)」(株式会社東急ホームぺージより)

 

活気こそ新しい試みで必要なカンフル剤

 効果の薄かった【フェーズ1】とは異なる結果をもたらしたことで、「地元の方々にも変化が表れた」と森田さんは語る。

 「当初、協力していただくためにデジタル化のメリットなどを説明しても、『紙があるんだから紙でいいじゃないか』と理解を得ることが難しかった(苦笑)」

 紙のフリーパス乗車券の場合、伊豆高原駅で降りたのか、下田駅で降りたのか把握することはできない。しかし、デジタルフリーパスであれば、GPS の位置情報でどこで降車し、どこに人の流れが向かうかが分かる。データを集積すれば、導線の作り方や商品の改善点も構築しやすい――、が、地方で暮らす人々に、以上のような説明をしたところで、簡単に納得してもらうことは難しいだろう。都市には都市の、地方には地方の、暮らしが根付いている。どうすれば理解を得ることができるか。「百聞は一見に如かず」である。

 「お客さまが増えることが、一番のカンフル剤なんですね。【フェーズ2】では、伊豆圏外から多くの方が観光で訪れ、『Izuko』を利用するお客さまも多く、活気が生まれていた。最初は何がなんだか分からなかった地元の方々も、スマホ片手にお店や施設に来るお客さまが一定数いることを目撃し、その盛り上がりを実際に体験していただけた」

 地域外から人を呼び込むアウター政策の落とし穴は、地域のためとなる地域資産形成型の政策、すなわちインナー政策をおろそかにすることだ。地元がメリットを享受できなければ、どれだけ外部から人を集めても、そこで暮らす人々が手を差し伸べることはない。しかし、メリットを感じることができれば、協力者が増え、観光型MaaSの効果は指数関数的に伸びていく。森田さんは、「【フェーズ2】はその手応えがあった」と声を弾ませる。

 「現在は観光客オリエンティッドですが、東急が手掛ける観光型MaaSは、近い将来、地元で暮らす方々のライフラインにもなるように設計しています。少ないドライバーや乗り物をうまく平準化させるために、二毛作ができないだろうかと考え、下田市内ではAIオンデマンド乗合交通を実施しました」

 【フェーズ2】では、地元の方にも乗ってもらえるように、下田駅から半径3 km ほどに有料(1日乗り放題400円 )のオンデマンド乗合交通用の停留所を27箇所設置(6割が観光地、4割が市役所や病院など)。前回と比較して、利用客数や1人あたりの乗車回数は1.3倍前後に増加した一方で、利用客の80~90%は観光客だったという。「地元民は自家用車を使用するため利用率が伸びづらい。ですが、【フェーズ2】の感触を受け、できることは増えていくと思います。その土地ならではの交通網を活かしたシームレスな移動を実現するために、試行錯誤あるのみです」と決意を新たにする。

 

MaaSの旗手として、どうプレゼンスを示すのか

 “国内最多の利用数”という言葉が示すように、大きく前進した【フェーズ2】。しかし、競合他社がひしめく伊豆エリア。いずれは熾烈な競争が展開されることは想像に難しくない。東急は、いかにしてプレゼンスを示していくのか?

 「東急グループは、236社ほどから成り立ちますが、その中で鉄道の売り上げは、(東急グループ)全体の1割にも満たないです。東急の売上のほとんどは、ホテルや不動産、百貨店・スーパーなど商業施設によるものです。電車やバスといった交通機関は重要ではあるのですが、外縁部のサービスこそ東急の強みです。目的がなければ、交通を利用しませんよね? 改札を出てからが我々の勝負と考えたとき、東急はすでにMaaSを作り上げるための武器を持っている状態なんですね。(前回説明した)MaaSに関わる事業者をネットワーク化する「MaaSインテグレーター」としての側面を備えている」

 Part1で説明したように、MaaSとは移動革命であると同時に、新しい生活スタイルを作り出すライフライン革命だ。観光型はもちろん、東急はすでに都市型・郊外型MaaSを構築するための素地がある。

 事実、東急は令和元(2019)年1月、たまプラーザから渋谷間で通勤する人を募り、観光用のハイグレードなバスで通勤してもらう、という1か月の実証実験を行っている。座席が広く、Wi-Fiやコンセントも完備する車内で、自由に時間を使いながら通勤してもらうこの試みは、大きな話題を呼んだ。沿線に施設を拡充することで、モノやヒトを集客してきた東急のような鉄道事業を母体とする一大グループは、都市型・郊外型MaaSとの相性がよく、さまざまな実証実験を行いやすいに違いない。

 一例を紹介する。もし日本で、タクシーが宅配便も配送するとなった場合、「道路運送法」に加え、貨物の観点から「貨物自動車運送事業法」の認可も必要となる。MaaSを展開するにあたって、ある日突然、“タクシーがモノも運びます”というわけにはいかないのである。各公共交通機関のルールが、法律上細かく規定されているため、さまざまな業態を持つ巨大グループの方が迅速性と親和性に優れているというわけだ。

 反面、東急は沿線エリアが限られている――ため、諸刃の剣となりかねない。東急線の総延長は100 km ほどだ。そこに住んでいる人々にとっては、東急が提供するMaaSの恩恵に預かることができるかもしれないが、東急線沿線以外に根を下ろす人にとっては、となりの芝生になってしまう。沿線の距離に限りがあること、そして沿線に暮らす人々の分母が増えない以上、サービスが広がっていかない可能性も高くなるのではないか?

 「伊豆でも同じことが言えますが、狭いターゲットに刺さらないものが、より大きなターゲットに刺さることはありません。東急線沿線に暮らす住民に刺さらないものが、近隣の小田急線沿線や相鉄線沿線、京急線沿線の人に刺さるはずがない。しかし、「すごく便利だよ」といった声が増えれば、成城学園に住む方が興味を示し、東急バスに乗って二子玉川へ買い物に来ることもあるでしょう。まずは東急線沿線から何ができるかを考えないといけない」

 分母を増やす点についても、「都市型・郊外型MaaSと観光型MaaSは兄弟」、そう口角に笑みを含ませて話すように、森田さんの頭の中には大きな構想ができあがっているという。鍵は、新型コロナウイルスによってもたらされた“新しい生活様式”だ。

 

コロナが加速させる “日本版MaaS” と新生活

 くしくも、コロナによって二拠点生活やリモート、フルフレックスという考え方は超加速度的に推進した。都心からオフィスが撤退しているというニュースを耳にした人は多いだろう。今後は、賃貸料が安く、自然も間近にある郊外にオフィスを構える人は増えるだろうし、小田原、熱海が際(きわ)だと思われていた通勤圏は、さらに拡張する可能性が高まる。アクセス性やコンテンツの充実度から鑑みたとき、伊豆は、その本命だ。

 「私自身、月の半分は伊豆で暮らし、リモートワークで仕事をしています(笑)。1年ほど前から、すでに伊豆ではワーケーション(観光地などで休暇を取りながらリモートワークをする働き方)の需要がとても増えていたほど」

 都心から企業や人が減少する中で、とりわけIT系やベンチャー系がいち早く撤退をしている。作業効率化のためにデジタルツールを導入するDX(デジタルトランスフォーメーション)化に長けている彼らが、賃貸が高く、密になりやすい都心のオフィスから離れるのは、なんら不思議ではないだろう。では、どこに向かうか?

 「例えば、都心のオフィスを借りていたベンチャー企業が、オフィスを解約して、海が見えるような伊豆の施設でワーケーションをするという動きが実際に始まっています。別荘なども余っていますから、イノベーションを施し、ワークプレイスにしてしまえば面白いでしょう。10人ほどが集まって、きちんと仕事や会議もできるような施設も整えた宿泊施設にすることも可能です。國學院大學の学生が、伊豆で羽を伸ばしながら学ぶといったこともありえるでしょう。交通機関以外にも、多様な業態を持つ東急グループだからこそ、ウィズコロナ時代の働き方や暮らし方を提案できる。これを構築させるためには、都市型・郊外型MaaSと観光型MaaS、双方を切り離して考えることはできないんですね」

 東急が運行する豪華特急列車「THE ROYAL EXPRESS」は、横浜駅―伊豆急下田駅間を結ぶ、1泊2日以上のクルーズプランとして人気を博している。“新しい生活様式”の中で、働き方や休み方がより多様化すれば、もしかしたらワーケーション族を伊豆に運ぶ、オンとオフの境界空間という側面も帯びてくるかもしれない。

 

渋谷一極集中だけではない、新たな選択肢

「他社に日光や箱根があるように、東急には伊豆がある――、そういう場所であることを、明確に打ち出していきたい。木曜までは東急沿線の生活圏で暮らしていただいて、金曜からは伊豆で働き、土日は家族が合流するような新しい生活を届けられればと思っています。MaaSは、新しい生活を提供する上でも、東急に欠かせない取り組みなのです」

 フィンランドに端を発した本場欧州では、月額数千円~数万円のサブスクリプションサービス(金額によって利用できる公共機関が変わる)として、MaaSがすでに市民権を得ている。所変われば品変わる。ここ日本でも、東急が掲げるような“日本版MaaS”が、近い将来、働き方や暮らし方の新しい選択肢として定着していることは、容易に想像できる。令和2(2020)年3月時点で、経済産業省や国土交通省が採択事業として支援する「スマートモビリティチャレンジ」の実施エリアは、伊豆を含めて約30か所に広がっているほどだ。ワークとバケーションをシームレスに往来させるためのMaaS、なんだかワクワクしないだろうか。

 最後に、コロナによって渋谷はどうなるか――と、森田さんに尋ねた。東急は、渋谷の開発とともに、その歴史があるからだ。

 「コロナを機に様々な価値観が生まれてます。これまでのように渋谷一極集中 とはいかないでしょう。渋谷まで鉄道を敷いて、渋谷周辺に映画館、百貨店、商業施設を作ることで消費してもらう、オフィスを作ることで昼間人口を増やし経済を回す……それだけではないお客さまの行動が生まれていると思っています。どこに需要が、どこに新しい価値観が生まれていくか。それを見極め、いかに対応できるサービスを構築していくか。これまでの街づくりからは変わっていく必要があると思います」

 今秋(令和2(2020)年11月16日)には、【フェーズ3】を予定している。ウィズコロナの時代、MaaSを梃に、東急がどのような新しい生活様式を作り上げていくか、楽しみで仕方がない。

 

 

森田 創(もりた・そう)

神奈川県出身。平成11(1999)年 東京急行電鉄株式会社(現東急株式会社)入社。渋谷ヒカリエ内の劇場「東急シアターオーブ」の立ち上げを担当。広報課長を経て、現在、交通インフラ事業部MaaS担当課長。平成27(2015)年、初の著書『洲崎球場のポール際:プロ野球の「聖地」に輝いた一瞬の光』(講談社、2014年)により、第25回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。令和2(2020)年には、担当する事業について著した『MaaS戦記:伊豆に未来の街を創る』を上梓。その他の著書に『紀元2600年のテレビドラマ:ブラウン管が映した時代の交差点』(講談社、2016年)がある。

株式会社東急: https://www.tokyu.co.jp/index.html ※交通インフラ事業については https://www.tokyu.co.jp/company/inbound/

 

 

取材・文:我妻弘崇 撮影:久保田光一 編集:小坂朗(原生林) 企画制作:國學院大學

 

 

 

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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