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学生のマルチな力を育むために リテラシー教育とバイリンガル教育を横断する意義とは

教育開発推進機構 加納なおみ 准教授 前編

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教育開発推進機構 准教授 加納 なおみ

2021年4月3日更新

 

 日本語にしても英語にしても、たくさんの授業を受けてきたはずなのに、現実の場面で用いようとすると、うまく対話ができず、生産的なものにならない……。それはなぜなのだろう? どうしたら、言語をベースにした力は、実践的なものになるのだろうか。
 その問いは、こんな問いとも結びつく。力を育む教室の環境自体が、複雑かつ多様な社会のようなものになっていなければ、なかなか力は鍛えられないのではないか――。加納なおみ・ 教育開発推進機構 准教授は、リテラシー教育とバイリンガル教育というふたつの分野を横断しながら、学生たちと実践を繰り返している。

 教室という人工的な空間のなかで行われていることと、その外の社会で起きていることとの間に、できるだけ断絶をつくりたくない。教室と社会、その接点は、どのようにつくっていくことができるのだろうか――。こうしたことを常に考えながら、専門とするリテラシー教育とバイリンガル教育の研究と実践にあたっています。
 キーワードを予めお伝えすると、リテラシー教育にしてもバイリンガル教育にしても、社会の状況にふさわしい“マルチ”な力を鍛えるにはどうしたらよいのか、ということを考えているんですね。このふたつの教育分野は、私の関心のなかでは密接に結びついているものなのですが、まずはそれぞれの概要をお伝えできればと思います。


    リテラシー教育については、本学の共通教育科目だった「基礎日本語」が、令和3(2021)年度から「アカデミック・リテラシーズ」と授業名が変わることを例にとると、わかりやすいかもしれません。
 複雑な現代社会で要求されているリテラシー能力の基礎、その総和ということを考えると、もちろんライティングを始めとした「言語力」への伝統的なアプローチも重要ですし、それだけでなく批判的思考や論理構築を行うことができる「思考力」、異なるバックグラウンドや価値観を持つ人ともコラボレーションすることができる「協働力」、さらには「デジタル・リテラシー」も必要になっていきます。
 つまり、“マルチ”なリテラシーが求められる、ということです。「基礎日本語」は平成31(2019)年4月に私が本学に着任する以前からあるもので、着任以降の私は科目マネージャーとして本授業の改革に取り組んできたのですが、令和3(2021)年度から開講される「アカデミック・リテラシーズ」は、上記のような「4つのリテラシー」の育成を目指す授業になっています。

 一方のバイリンガル教育においても、“マルチ”な力の活用が重要になってきます。
 これを読んでくださっている皆さんの中にも、英語のレッスン中は英語しか使ってはいけない、といった環境のなかで学んできた方がいらっしゃるのではないでしょうか。たとえば、英語の時間に日本語を用いると、罪悪感がある、といったような状況です。
 ただ、これは多言語話者の人にとっては、非常に不利な状況です。自分が持っている力を全部使えれば、より複雑なことも考えることができるのに、制限されてしまうわけですから。

 実は、多くの日本人についても同様のことがいえます。自分は日本語のモノリンガル(単一言語使用者)だと先入観を抱いている人であっても、実はマルチリンガル(複数言語使用者)です。方言だってありますし、会社や学校など複数の集団や組織に属せば属すほど、用いる言語の“変種”、つまりヴァリエーションは増えていきます。
 学習のプロセスにおいてはこうした“マルチ”な力を制限されることなく、学習者自身がすべてのリソースを注ぎ込み、自由にコントロールしながら学んでいっていいのではないか、と私は考えています。

  

    もちろん、言語の授業は規範を教える場所でもありますから、そのすべてが言語混淆的な、ちゃんぽんといわれるような状況であるべきだとは思いません。場面に応じて、どこまで規範を逸脱していいのか、あるいはいけないのかを、判断する主体としての言語能力を培っていくことも重要になってきます。
 ただ、回答=プロダクトを産み出すまでの過程、つまりは「プロセス」において、”マルチ“なリソースをわざわざ眠らせることはない、ということです。持てる力はすべて活用できたほうが、プロダクトのクオリティも上がってくるはずですから。

 このように、リテラシー教育もバイリンガル教育も、私の関心においては強く結びついていますし、そのうえで、大学で“マルチ”な力を育むという研究と実践を重ねています。規範を教える場所で、その規範の領域を越えていく現象がたくさん起きている現実をとらえようとしている、といってもいいかもしれません。
 インタビュー後編でお伝えしたいのは、こういった考えに私自身が至った背景と、これからの学生に必要とされる“問う”力、いわば「発問力」についてです。過去に日本語教師として教鞭をとった多文化社会シンガポールや、研究に励んだニューヨーク、こうした場所で生活を営んだことを振り返りながら、現代社会において“問い”を発することができる力、その育成ということを、考えてみたいと思います。

 

 

 

加納 なおみ

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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