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宗教学とカセットテープ。
その意外な共通点とは。
(みんなのアナログ)

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神道文化学部 教授 遠藤 潤

2019年11月15日更新

 「渋谷」はだれかの「好きなもの」で溢れています。その、「好きなもの」へのこだわりが、「渋谷」という文化を形作っていると言っても過言ではありません。

 そして「好きなもの」の中に、いわゆる「アナログ」が多いことに気づかされたのが、 昨年(平成31(2019)年3月)に、國學院大學が渋谷ヒカリエにて開催した「シブヤインテリジェンスライブ:アナログの逆襲」というイベントにおいて、でした。「アナログとは心地よいもの」、「誰しも愛用しているアナログがある」という声に、「アナログ」と「渋谷」という、懐かしさと新しさが相反するイメージが、「渋谷」に息づいていると、強く感じたのです。そして創立137年の國學院大學が、「渋谷」でまもなく100年を迎えることができたのも、そういうイメージのおかげかもしれません。

 そこで「渋谷」で「アナログ」にこだわるみなさんに、お話を伺うことにしました。題して「みんなのアナログ」です。

 今回のテーマは「カセットテープ」。神道文化学部で宗教学を専門にしている遠藤潤先生にお話を伺いました。遠藤先生は、いまでもカセットテープの音楽を聴くことがあるとか。なぜ、いまでもカセットテープを愛用しているのか。伺っていくと、意外にも宗教学とも共通点があるようで……?

 
 
カセットにはその実体と「記憶」がある
 
――先生はいまでもカセットテープの音楽をお聴きとか……。
遠藤教授(以下・遠藤) ええ、いつも聴いているわけじゃないですが、カセットテープでしか聴けないものがあるので。どうしても聴きたくなったとき、再生用のウォークマンを持ち出します。
 
 
 
――ウォークマンも現役なんですね。
 
遠藤 SONYのWALKMAN PROFESSONAL WM-D6Cといって、録音も再生もできるタイプのハイエンドモデルなんですよ。単三電池4本で動き、コンセントからのノイズを拾わないので音質が良いと言われています。
 

伝説の高機能ウォークマン(写真手前)。昭和59年発売当時で定価64000円! 
 
 
 
――カセットに入っているのはどんな音楽ですか?
 
遠藤 これはドイツのパンク歌手、ニナ・ハーゲンです。大学院のときの先輩がくれたものです。側面のタイトルや、曲名も先輩が書いた字ですね。きちょうめんな性格そのままの……。
 

カセットテープに紛れ、MDも!
――そういえば、昔はカセットの背や側面にお気に入りのレタリング文字を使ってタイトルを付けたりしましたよね?
 
遠藤 やりましたね!フォントに凝ったり雑誌のページを切ってコラージュしたりして、結構楽しんでやりました。
 
――カセットをあげたりもらったりのやり取りも日常的でした。
 
遠藤 そうそう。カセットは手頃な価格だったので、気に入った音楽を人に渡しやすかったですね。ニナ・ハーゲンをくれた先輩も、「これ、良いから聴いてみなよ」みたいな感じでくれたんです。自分も、気に入ったレコードを買ったあとにカセットで録音して人にあげたことは多いですね。まあ、それは防衛のためもありまして……。高校生のとき、1回大切なレコードを部活の先輩に貸したら、知らないうちに同じ部の先輩全員に回り、返ってきたときにはボロボロ、傷だらけ……。それ以来、レコードを貸してくれと言われると「録音してあげる!」といってカセットで渡したわけです(笑)。
 
 
「カセットテープ分解して、逆再生できるよう組み立て直して遊んでました」という、やんちゃエピソードも。
 
――カセットのやりとりは「聴いてみて!」という“布教活動”ですよね。
 
遠藤 そうなんですよ。人からもらって好きになった音楽は結構多いです。バブルガム・ブラザーズなんかはそうですね。デモテープをもらわなければ「いいな」と思うこともなかったかも。人からもらったもの以外だと、個人的な思い出があるカセットが残っています。知名定男(*1)は1995年に沖縄本島で開催された学会に出たときにマルフクレコード(*2)で買ったもの。タイの国民的歌手プムプアン・ドゥアンヂャンは、前川健一『まとわりつくタイの音楽』(めこん、1994年)というタイ音楽について熱く語られている本に紹介されていて興味を持って、「WAVE」(*3)で探したんです。
 山下洋輔は、FM局でのスタジオライブをエアチェック(*4)したもの。CDにもデジタル配信にもなっていないと思うので、カセットでしか聴けないのです。
 
*1:沖縄民謡の代表的歌手。
*2:沖縄音楽専門のレーベルで、那覇にショップもある。沖縄の普久原朝喜が沖縄を離れた島出身者のためにと昭和2年に設立。カセットも販売。
*3:かつて渋谷、六本木、池袋にあった西武百貨店系列のレコード店。ワールドミュージックの品揃えも充実していた。
*4: ラジオ番組を録音すること。
 
遠藤先生が今も手放せず、時折聴くカセットの一部。左:タイの国民的歌手、プムプアン・ドゥアンヂャン。右上:院生時代の先輩がくれたニナ・ハーゲン。
右下:山下洋輔がNHK-FMで行ったスタジオライブをエアチェックしたもの。
 
 
――エアチェック! やりましたね、FM誌を見て「おっ、このバンドの特集がある」と蛍光ペンでチェックして、録音……。
 
遠藤 そうそう。曲をフェイドアウトさせたり、DJの声をかぶせたりしないでまるまるかける番組がいくつかありましたよね。そこで目当ての歌手やバンドが出る日はエアチェック、ですよ。NHK-FMに「ひるの歌謡曲」という番組があって、結構お気に入りでしたね。45分しっかり、1バンド、1人の曲をかけるから。ここでザ・キングトーンズ(*5)なんかを知って好きになったりしました。
 
*5:「グッド・ナイト・ベイビー」があまりにも有名な日本のドゥワップコーラスグループ。
 

なんと、取材のために先生が図書館から借りてきてくださったカセットテープに関する書籍(記事末尾参照)。
なかでも、1981年刊の細川周平『ウォークマンの修辞学』(左上)は、ウォークマンの登場によって人々の音楽体験が根本的に変わっていくことを都市論・記号論などと関わらせて論じた重要書。
 
 
――今ならデータで探せそうな音楽もありますね。
遠藤 そうなんですけど、カセットの現物を見ただけでも先輩とのやり取りや、聴いていた当時の情景や気持ちがよみがえるもので、どうしても捨てられないですね……。
 
――2本、ちょっと毛色の違うカセットがありますが……。
遠藤 これはクリーニングテープとヘッド消磁器です! 再生マシンを長く使っているとヘッドが磁気を帯びてしまうので、消磁器を使って、磁気を消していました。これを取ってあるっていうのも珍しいかも(笑)。
 
 
上はカセット式のオーディオクリーニングテープ。ヘッドの汚れをきれいにする。
下はヘッドの磁気を消して雑音をなくす消磁器。
 
 
思想の「本」もカセットもメディアである
 
――少々、飛躍的な質問ですが、宗教は太古から続き紡がれてきたもので、どこかアナログとの共通点を感じます。先生から見て、カセットとご専門である宗教学、2つに共通点はありますか?
遠藤 飛躍には飛躍でお答えしましょう(笑)。宗教思想が広まっていく様子は、カセットによって音楽がやり取りされて“布教”されて広まっていくのと似ているかもしれません。
 僕は平田篤胤(ひらた・あつたね)という江戸後期の学者を研究していますが、彼の思想がどうやって日本中に広まっていったのか、その過程に興味を持っています。それは口伝だけではなく、「本」によるものでした。どういう本を誰がいつ作り、どこに配本され、誰が読んだのか。それをたどると、最終的にどのように人に思想を伝えようとしたのか、思想家の「思想の広がり方」が分かるんですね。
 
――本があるからたどることができる?
遠藤 はい。篤胤の弟子たちは思想を広めるために本を作りましたが、最終的に世に出すまでに何回も書き換え、編集しているんです。そして、その過程も資料=モノとして残っているんですよ。たどっていくと、かなり戦略的に、何を書いてどう伝えようとしていたかを知ることができる。ある意味それはメディアですよね。
 思想や学問は実体がない「観念」で捉えられがちですが、モノが残っているから実体として捉えることができる。誰がどう広めたのかも分かるのです。
 
――平田篤胤といえば、昨年Twitterから火がついて大ヒットした本がありますね。
遠藤 『仙境異聞(せんきょう・いぶん)』ですね。天狗にさらわれて仙境(仙人が住むところ)で修行したという15歳の少年・寅吉に、平田篤胤がインタビューをして、仙境の生活や技術、習慣などを細かく記録した本です。
 この本も、篤胤が聞き取りをしたそのものの言葉ではなく、世に出るまでに何度も編集・加筆されて、一般の人が本として読むのは書かれてから何十年か経ってからなんです。僕は仙境の世界があるかないかという問題の前提として、篤胤がどんな思想を人に伝えようとして編集していったかの過程に興味があるわけです。『仙境異聞』の編纂については、今年の7月に『國學院雑誌』に論文を発表しました(*6)。
 
*6:平田篤胤『仙境異聞』の編成過程—〈かたり〉と書物のあいだ(『國學院雑誌』120巻7号(令和元(2019)年7月刊行)
 
――東日本大震災のあと、東北でも霊的体験の証言が相次ぎ、話題になりましたね。夜、タクシーにお客さんを乗せて、目的地に着いたら消えてしまったとか、亡くなった方が電話をかけてくるとか。
遠藤 もともと東北は平田篤胤との共通点も多い民俗学者・柳田国男の『遠野物語』にも見られるように、ふしぎな話は多くあったと考えられます。
 時代が流れ、もうそうしたものは薄れて消えてしまった……と思いきや、震災後にあれだけの証言が出るということは、地域の中に「霊的なものはあって当たり前だ」という感覚がいまも残っていたのだと思います。僕の学問的興味の根っこにはそういう、「ふしぎな話」はどうして存在しつづけているのかというところ。というのは、母の実家が佐渡で、「ふしぎな話」は当たり前にあったんです。誰もいないのに声がするとか、予知夢を見たりとか。だけどそのふしぎはうちの一族だけなのか、周囲もそうなのか、また他の地域ではどうなのかということが気になりだしたんです。
 人によってはそんなことまったく無縁の人もいるわけで、同じ社会の中に霊的なものが当たり前だという人とそうじゃない人が一緒にいることのおもしろさをもっと調べたいと思ったことが、宗教学へ進んだ一因でしょうね。
 
 
とっぴな質問にも笑みを絶やさず、真摯にお応えくださった遠藤先生。
 
 
 
 
 
 
 
カセット・FM番組関係書籍の一例
細川周平『ウォークマンの修辞学』(朝日出版社、1981年7月)
恩蔵茂『FM雑誌と僕らの80年代 : 『FMステーション』青春記』(河出書房新社、2009年9月)
松崎順一『70年代アナログ家電カタログ : メイド・イン・ジャパンのデザイン!』(青幻舎、2013年6月)
松崎順一『ラジカセのデザイン! 』増補改訂版(立東舎、2016年4月)
『日本カセットテープ大全』(辰巳出版、2015年7月)
『カセットテープ時代』(音楽出版社、2016年7月)
『カセットテープ時代 Part2』(音楽出版社、2017年5月)
『カセットテープコンプリートブック』(ネコ・パブリッシング、2017年12月)
 
取材・文:有川美紀子 撮影:柳大輔 編集:篠宮奈々子(DECO)
 
「みんなのアナログ」インスタグラム公式アカウント (minnano.analog)
 

 

 

 

遠藤 潤

研究分野

宗教学、日本宗教史

論文

日本社会における神と先祖 : 19世紀の国学を焦点として(2003/03/25)

平田篤胤『仙境異聞』の編成過程 : 〈語り〉と書物のあいだ(2019/07/)

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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