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「生物多様性」が“文化の多様性”を守る理由

さまざまな文化の共存する日本が、SDGsで果たす役割

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経済学部教授 古沢 広祐

2019年3月7日更新

生物多様性を守ることは、我々の文化の多様性を守ることでもある。

生物多様性を守ることは、我々の文化の多様性を守ることでもある。

 昔から、自然保護の文脈でよく語られる「生物多様性」。国連が定めたSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)においても重要なテーマとなっているが、実は生物多様性を守る「本質」は、生き物の多様さを保持するだけにとどまらないという。

前回の記事:「世界が注目する「森林保全」 という日本文化

「生物多様性を守ることは、文化の多様性、人間社会の多様性を守ることにもつながります。このつながりはSDGsの根本思想であり、その点で日本は、SDGsを達成するための重要な役割を担っていると言えます」

 このように話すのは、環境学や持続可能な社会を研究する國學院大學経済学部の古沢広祐(ふるさわ・こうゆう)教授。生物多様性と文化多様性のつながり、そして「日本の役割」とは何か。詳しい話を古沢氏に聞いた。

 

JB古沢先生⑤

 

「七草」から分かる、自然と文化のつながり

――前回、生物多様性を守ることは、文化の多様性を守ることにつながると伺いました。これについて詳しく教えてください。

古沢広祐氏(以下、敬称略) 端的に言えば、地域の文化は、その地域の動植物や自然環境に起因している点が多いということです。最たる例が「食文化」でしょう。たとえば和食は、今や世界的に注目される日本文化のシンボルですが、それは、もともと日本の自然が持っていた豊かさや恵みを活用する知恵から発生しています。

 一例として、日本には「七草」という文化があり、身近な春の七草は食用、秋の七草は観賞用などが知られていますよね。四季折々の自然の恵みを愛でる、これこそ生物多様性から生まれた日本文化です。しかし、秋の七草については、キキョウとフジバカマが絶滅危惧種に指定され、他も消滅が心配されており、もし絶滅してしまえば、その文化さえも途絶えるのです。

 今でこそ世界中で食材が流通していますが、もともとはその地域の農産物、自然の恵みとしての生物や植物によって地域の多様な食文化が形成されてきました。こう考えれば、生物多様性を守ることは、単に生物・植物そのものの保護だけでなく、文化の多様性を守ることにつながると分かるのではないでしょうか。その意味合いは風土という言葉でも感じとれますね。

――確かに、地域の自然や動植物が文化を形成していることは明白です。

古沢 その逆も同様で、文化の多様性を守らなければ、自然環境の多様性を失う可能性にもつながります。実は何年も前から、警鐘が鳴らされてきました。代表例が、20世紀を席巻したファストフードと、それに対立する意味でのスローフードの議論です。

 20世紀に入って、簡便で味も安定したファストフードが世界中で普及しました。その結果、水面下ではファストフードの低価格を支えるモノカルチャー型大規模農業が拡大し、遺伝子組換えが導入されるなどして、画一的な生産体制が進みました。また、中南米の熱帯林が破壊されて、放牧地や食糧基地が広がりました。

 しかし、このような開発は自然環境や農業の一律化を進め、結果的に地域に根付いてきた生物多様性、さらにはそこから生まれる食物や文化の多様性を失うリスクをもたらしています。こういった危惧から、ファストフードに対抗するスローフード運動が世界的に広がりました。

 食文化の多様性が失われれば、その背後で生物多様性も失われていくという構造的な問題が隠れているのです。

 

地理的に見ても、日本は多様な文化の宝庫

――SDGsには、経済・社会・環境にわたる17の目標がありますが、この連載では再三にわたり「それらを個別に見ず、相互に高めるべき」とおっしゃっていました。そのお話にもつながりそうですね。

 

SDGsで掲げられた17の大目標。

SDGsで掲げられた17の大目標。

古沢 はい。生物多様性を考える際、生物と人間を区切るのではなく、生物の多様性が人間の文化・社会における多様性につながることを認識すべきです。そしてその意味で、日本には生物や文化の多様性を保つ重要な手がかりがあるかもしれません。前回お話しした「鎮守の森」や「里山・里海」の文化はまさにそれです。

 さらに、日本各地の地域、街並みや文化を俯瞰すると、実は多様性が随所に見られるのではないでしょうか。お祭りや道祖神を筆頭に、古代から続く文化が残りながら、一方で近代的なビルもあります。東京も近代的なエリアだけでなく、浅草のような場所、あるいは神社や仏閣が各所に残っています。見方によっては人類文化の多面性が凝縮していますよね。

 ただし、問題はそれを日本自身が現代的文脈で自覚していないために、文化の多様性の根幹が揺らいでいることです。地方の過疎化と衰退が進み、一方で世界都市間の競争が激化する中で進行していることは、生物多様性、文化の多様性の危機的な状況です。

 日本には、多様な都市と農山漁村が共存し合う多文化共生的な下地があります。そのことを見直し、ここまで維持してきた複層的構造に着目すべきです。この国にはそういう土壌があるのです。

――日本には、多様な文化と共存してきた蓄積があるということでしょうか。

古沢 そうですね。これには、日本の地理的な背景も影響しているでしょう。日本はユーラシア大陸から見て「極東」に当たりますよね。人類の文化を見たとき、中心的文明から周辺に波状に広がる傾向があります。日本はもっとも端に位置しているため、実はさまざまな地域から広がってきた文化が折り重なるように伝わってきているのです。古い文化の上に新しい文化が重層的に蓄積されていると言ってもよいでしょう。

 つまり、日本には多様な文化の蓄積の宝庫になっているわけで、見方によっては未来の地球に生かすべき知恵がたくさん隠れているのです。たとえば多様な農耕文化の中で、稲作文化が古くから伝搬し継承されています。明治期に米国からF・H・キングという土壌学者が日本、韓国、中国東部を視察し、『東アジア四千年の永続農業』を書きました。西欧や米国での農業発展が土壌荒廃を起こしているのに対し、2000年から4000年のスケールで水田農耕が持続している点に着目し、驚きをもって著したのです。

 すでにワラの文化でも指摘しましたが、耕す意味でのカルチャーが文化としてのカルチャーへと成熟し進化している姿は、外部からの観察者の目で見ると分かるんですね。今は衰退の危機に瀕していますが、日本や中国の稲作文化は世界的に見て持続可能性に長けています。

――稲作文化や水田文化を見ても、持続可能性の知恵が詰まっているということですね。

古沢 はい。世界の歴史を見渡すと、多くの文明や文化が、森林や土壌を荒廃させて滅んできました。
 対して稲作文化や水田文化は、自然循環の一部に組み込まれているため、1000年を超えて継続的に続けられてきたのです。一見古いとされる農業にも、持続可能な知恵が隠れていると言えるでしょう。実際、小規模で遅れた営農と見なされがちな日本をはじめとしたアジアの稲作文化、各地の伝統的な農業文化は今、世界から注目を集めています。

 昨年(2018年)末、国連で「小農民の権利宣言」が可決されましたが、私は農業でも「スモール・イズ・ビューティフル」の動きが見直されてきたと考えています。

 

SDGsにおいて、日本から文化的イノベーションを!

――これらを踏まえると、SDGsにおける日本の役割は大きいと言えるのでしょうか。

古沢 その通りです。ただし、繰り返しますが、日本自体がこれまでに築いてきた文化や知恵に対する認識が薄れて、表層的に流されています。森林保全や生物多様性においても状況は深刻ですし、それが文化多様性の宝庫でもある日本の土台を揺らすことにもつながります。

 大切なのは、日本に蓄積された重層的な文化を見直し、理論的、戦略的にその多様さを開花させる叡智を提示できるかどうかでしょう。SDGsを契機として、日本にある多様な文化の蓄積を評価し直し、道筋を見出す出発点にしなければなりません。

 すでに第2回で話した3つの視点、「複眼知」と「批判(洞察)知」の上で、他と自分がつながり合う関係性を生み出す「共感(総合)知」をどう実践するかです。

 それを促すキーワードとして、「外からの目線」が挙げられます。中にいる私たちは、得てして豊かさや大切なものを見逃しがちですが、海外の目線なら見出せるかもしれません。であれば、インバウンドが急拡大する中、日本をさらに外に開くことで、異質さを取り込みながら内なるものの豊かさを検証する方法が考えられます。

 世界各地の文化が折り重なり、共存してきたのが日本です。ややもすると同質性や内向きに傾きがちな体質もあるのですが、その日本をなるべく開き、一種の社会実験のようにして、文化が共存されている本質をもう一度ひも解いて浮かび上がらせていくべきです。

――内と外とのコラボレーション、それが日本の課題であり、これからやらなければいけないことと言えるのでしょうか。

古沢 はい。世界は本当に憂慮すべき状況にあります。確かに、ある時期から「共生」という言葉が重視され、最近もダイバーシティ・多様性の概念が浸透してきました。しかし、一方でテロは頻発し、排外主義や政治的な不安定性が増すなど、人間社会が向かうべき方向から離れている実態があります。差別や軋轢も依然として多く、これまでの人類が積み上げてきた文化的蓄積は、むしろ揺らぎ始めています。

 であれば、この際に「共生」という理念的な考えから一歩引いて、「共存」という形で未来を見据えていくべきではないでしょうか。ぶつかり合うのではなく、違いは違いとして認め合い、お互いの可能性を見出していく大人の叡智です。そのような視点、立脚点が今求められています。

 小さな島国として多様な文化が共存してきた日本、あるいは多様な生物と共存してきた日本だからこそ、今薄れつつあるその文化的叡智を再度見直さなければなりません。その意味でも、SDGsは内と外をつなぐ重要な契機ですし道標です。

――この連載では、5回にわたりSDGsに着目してきましたが、今おっしゃったような意識を持って、17の目標を見ていくべきということですね。

古沢 そうですね。繰り返しになりますが、たとえば生物多様性を守ることは、文化多様性を守ることにつながります。それは当然、人間の多様性にもつながるでしょう。17の目標はさまざまな領域のものがありますが、それらは無理に括られたものではなく、すべて相互に関連しながら連動しているのです。

 だからこそ、そのつながりを意識しながら、すべての目標を連携させて相乗効果を生んでいくべきです。多様な文化が折り重なった日本だからこそ、自己の再生と世界の共存という挑戦的な連携プレー、文化的イノベーションの展開を、今こそチャレンジすべきときなのではないでしょうか。

 

古沢 広祐

研究分野

環境社会経済学、地球環境・エコロジー問題、農業経済学、NGO・NPO・協同組合論

論文

エコロジーと農業がむすぶ新潮流 日本の農業・農村とアグロエコロジー(2019/03/01)

人口減少社会をどう迎えるか : みんな幸せな社会を実現するために(2018/11/20)

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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