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サステナビリティなき東京オリンピックに世界が警鐘

日本は深刻な「ガラパゴス化」から脱することができるのか

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経済学部教授 古沢 広祐

2019年1月8日更新

英国ウェイマスにあるオリンピックシンボルの石像。

英国ウェイマスにあるオリンピックシンボルの石像。

 2015年に国連主導で定められたSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)。骨子となる17の大目標を達成するには、世界各国が足並みをそろえることが必須といえる。そしてそのために、実はオリンピックの存在が極めて重要となっている。

前回の記事:「SDGsで読み解くと、こんなに深い『ワラ』文化

「サステナビリティ(持続可能性)が重視される近年、オリンピックは各国が足並みをそろえ、合意形成をする場として有効になっています。一方、その視点で日本の現状を見ると、多くの問題をはらんでいると言わざるを得ません」

 このように語るのは、環境学や持続可能な社会を研究する國學院大學経済学部の古沢広祐(ふるさわ・こうゆう)教授。東京2020オリンピック・パラリンピックが迫る中、SDGsとの関係性とはどのようなものなのか。そして「問題をはらんでいる」という日本の実情とは。古沢氏に聞いた。

JB古沢先生③

 

近年のオリンピックでは「サステナビリティ」がカギに

――今回は、SDGsとオリンピックの関係性についてお話を伺いたいと思います。持続可能性という視点でこのイベントを捉えた時、近年その重要性は増しているのでしょうか。

古沢広祐氏(以下、敬称略) はい。SDGsは、環境や経済、社会といったあらゆる領域の目標が掲げられ、全世界が“誰も取り残さず”同じ目標を目指すことが趣旨となっています。つまり、あらゆる分野・業界の人々、そしてあらゆる国の人々がトータルに連携し、シナジーを生まなければなりません。

 そう考えたとき、実はオリンピックというイベントは全世界が足並みをそろえるための良い契機となります。実際、サステナビリティに対する議論が過熱する近年、世界が同じ目標や課題意識を共有する場として、オリンピックが有効に活用され始めています。

 一例を挙げると、開催都市や開催国が、持続可能な社会を見据えた場作りをしているのです。

――具体的に、どのようなことが行われてきたのでしょうか。

古沢 顕著だったのは、2010年のバンクーバー大会と2012年のロンドン大会です。

 まず、バンクーバーは「サステナビリティ」を基本方針のひとつに掲げた画期的な大会と言えます。その表れとなったのが、オリンピック村やパラリンピックセンターに使用された木材でした。

 現在、木材や海産物といった自然資源には、それぞれ世界的に普及が進む「エコラベル」が存在します。エコラベルとは、それらの資源を管理する者が適切な方法で責任ある管理をしているかなど、いわば持続可能性の視点で認証するものです。

 森林においては、森林管理協議会(FSC:Forest Stewardship Council)が1993年に創設され、環境管理から労働従事者の条件などまで含めた「責任ある森林管理」を証明するものとして、「FSC認証」というエコラベルの認証を促進してきました。

 バンクーバー大会では、オリンピック村とパラリンピックセンターにおいて、FSC認証を受けた木材が使用されました。そしてロンドン大会では、オリンピック公園がFSCプロジェクトとして認証を受けるなど、会場そのものに対するサステナビリティへの配慮がきわめて色濃く反映されたのです。

 さらにロンドン大会の場合、選手村で提供される食材についてもこの意向が反映されていました。「海のエコラベル」として世界的に普及する「MSC認証」を受けた海産物のみを使用したのです。

 建物から食材まで、サステナビリティへの配慮が明確に打ち出されており、大会全体のキーワードとして意識されていたのでした。

 

森林に海。世界とは別の基準を設ける日本

――なるほど。オリンピックでのサステナビリティ志向が顕著になっていますね。

古沢 確かに近年のオリンピックは、大会発祥の思想から乖離している現実があります。広告宣伝(スポンサー)など商業的な要素は年々強くなり、放映権の問題から開催時期を動かせないなど、経済イベントとしての色が濃くなっているのは事実でしょう。

 もともと、オリンピック発祥地ギリシャでのコンセプトは「競技者はギリシャ人の男性であれば出身や地位(身分)にこだわらない」というものでした。だからこそ、当時の大会は競技者が裸の姿で出場したのです。裸の理由は諸説ありますが、あらゆる背景やしがらみをなくし、1人の人間そのものとして戦い競い合うことに美を見いだしたのでしょう。

 そのような思想がほぼ無くなっているのが現在の状況なのですが、一方で、あらゆる国の人々が共に集い合う場としての価値は十分にあるはずです。そして、その場は、SDGsや持続可能性という「世界が共通で目指す目標」を確認するには貴重な機会となるのです。

 逆に言えば、開催国にとってオリンピックは世界に自国のサステナビリティ水準を示す機会ですし、海外の目が多数入ることで、自国の状況をきちんと認識するきっかけにもなります。

 場合によっては、世界に対して自国が後れを取っていることを痛切に感じるイベントになるかもしれません。

――となると、当然ながら2020年に向けて日本の姿勢が問われますよね。

古沢 そうなります。そして、この視点で日本の現状を見ると、憂慮すべき点が多々あると言わざるを得ません。代表的な例として、オリンピック施設の建設に使用されたコンクリート型枠合板に違法伐採木材が含まれているのではないか、との批判があります(環境NGO・熱帯林行動ネットワーク、本部サンフランシスコ)。使用する材への配慮を欠いていたということです。

 その点では、先述したエコラベルに関して、日本がガラパゴス化している面があります。つまり、世界が指標とするグローバルな基準から逸れて、日本はローカルな基準を重視してしまっているのです。

――どのようなことでしょうか。

古沢 まずは、先ほど触れた森林管理について説明しましょう。バンクーバーやロンドンで重視されたFSC認証について、これまで認証を受けた森林面積は、世界85カ国で約2億ヘクタールを超えています(2018年7月時点)。地球の総森林面積の5%ほどにまで拡大しているのです。

 しかし、日本でFSC認証を受けた森林面積は、まだ約40万ヘクタールほど(同)。国内森林総面積に対して、わずか1.6%という現状です。

 ポイントは、FSCとは対照的に、国内向け独自のエコラベルが普及している事実です。日本では「緑の循環認証会議(SGEC)」という団体が2003年に発足し、その認証を受けた森林面積はすでに172万ヘクタールほどに上っています(2018年11月時点)。国際化としては、SGECに合うPEFC(森林管理認証規格)に加盟して相互承認に取り組んでいるのですが、FSCほど厳格ではありません。

――つまり世界の流れとは別に、日本独自の基準が重視されていると。

古沢 はい。そして森林以外でも、同じガラパゴス化が起きています。先ほど話した「海のエコラベル(MSC認証)」は、海産物の乱獲や絶滅危機を鑑みて、持続可能な資源利用の具体的な基準として世界で広まっているものです。もちろん、東京2020大会でもこの認証を重視するよう推奨されています。

 ですが、日本ではMSC認証とは別に「マリン・エコラベル・ジャパン(MEL)」という認証プログラムがあり、こちらが普及しています。MSC認証は、関連業界から離れて、データにもとづく管理や評価を行うとしていますが、しかし、MELはその原則から外れて世界基準と別のものを設けているので、日本の姿勢には、海外から疑問や批判の声が多く出ています。まさに森林管理と同じ動きがあるのです。

 

2020年をきっかけに、どこまで日本の水準を上げられるか

古沢 さらに、動物福祉(アニマルウェルフェア)においても日本は世界から後れを取っている現状があります。東京オリンピック・パラリンピックで調達される畜産の食材についても、すでに世界から警鐘が鳴らされている状況です。

 たとえば私たちに親しみのある「鶏卵」について、日本ではケージ飼いが問題なく行われていますが、海外ではすでにそれに配慮した基準が作られています。スイスでは1980年代にケージ飼いの禁止政策がとられ、ヨーロッパでも鶏が身動きできないほど狭いケージを禁止しています。

 加えて、ヨーロッパでは「採卵保護の最低基準」が設けられており、購入者には飼育方法が分かるようになっています。こういったアニマルウェルフェアの考えが浸透しているのです。これもサステナビリティを考慮した動きです。

 繰り返しますが、日本ではここまでの動きは起きていません。そのため、すでに東京オリンピックで畜産に関するアニマルウェルフェアを達成できるのか、疑問の声が海外から上がっているのです。

 象徴的な出来事として、こんなことがありました。オリンピックメダリスト9名が、東京2020大会組織委員会にアニマルウェルフェアのレベルが低下することへの懸念と、その改善(100%ケージフリーの鶏卵使用など)を求めた声明を出したのです。

――ここもやはり世界とは離れた日本の現状があるわけですね。

古沢 はい。日本の卵や豚といった畜産は、海外に輸出するケースがほぼありません。その結果、国内基準のみで来てしまった背景があります。それがガラパゴス化を生んだ要因の1つでしょう。

 ただし、こうした海外の声を契機に、日本でもようやくアニマルウェルフェアへの関心や動きが起きているという事実もあります。森林や海の資源についても、同じような流れが起きてほしいと思います。

――まさにオリンピックを契機として、SDGsやサステナビリティの水準を高める必要があると。

古沢 はい。近代のオリンピックは、サステナビリティが外すことのできないテーマとなりつつあります。開催国にとっては、持続可能性に関する世界の基準や文化が入ってくる機会。あるいは、世界からその状況を審査される機会ともいえます。

 これまでの話からも分かる通り、SDGsにおける日本の水準は決して高くありません。国連が発表したSDGsの達成度合いについても、日本は2017年時点で世界の11位、2018年は15位と順位を下げています。

 その中で、日本がオリンピックをどう活用するか。オリンピックがサステナビリティというテーマをはらんでいることを真摯に受け止め、未来の道筋を照らす場として開催しなければなりません。海外の意見を聞き、改善すべき点は足並みをそろえる努力をすべきでしょう。

 また、消費者側もサステナビリティに関心を持つ必要があります。たとえば日本の海産物も、世界のエコラベル基準に則っているものはあります。そこに消費者が価値を感じ、積極的に買う文化を醸成しなければいけません。そうしないと、エコラベルを守らない人々がいつまでも利益を得る構造となります。

 さらに手厳しい批判のひとつに、国際貿易で禁止されている象牙が(絶滅危惧種を保護するワシントン条約)、国内では取引が認められていることがあります。印鑑やアクセサリー・骨董品などで珍重され高値で取引されており、密輸品の取引先(闇市場)として疑惑が高まっているからです。そして近年、中国では国内取引が禁止されたこともあって、東京オリンピック時には観光客が大量に日本で購入していく事態が危惧されています。日本の取り組みの甘さを、世界の自然保護団体が批判しているのです。

 さまざまな点で、2020年の東京オリンピックは、日本の人々が世界的な視野をもつ価値観を育むためにも重要な機会だと考えています。

――今回のお話で、SDGsとオリンピックの関係性がよく分かりました。とともに、説明を聞く中で、森林や海、動物保護など、改めてSDGsは多領域に渡ることを痛感しました。

古沢 そうですね。しかも、それぞれの領域では非常に深刻な問題が起きており、いずれも真剣に考えなければなりません。特に今回もお話しした森林については、サステナビリティにおいてとても大切であり、しかも日本の状況は芳しくないといえます。

 ということで、次回はSDGsの視点で「森林」がどう大事なのか、深掘りしていきましょう。

(つづく)

 

 

 

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