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日本最古の書物『古事記』。世界のはじまりから神様の出現、皇位の継承まで、日本の成り立ちがドラマチックに描かれています。それぞれの印象的なエピソードには今日でも解明されていない「不思議」がたくさん潜んでいます。その1つ1つを探ることで、日本の信仰や文化のはじまりについて考えていきます。

古くから龍宮の伝説が語られている綿津見神社
海サチ山サチの「サチ」に込められた意味とは
天孫ホノニニギとコノハナノサクヤビメとの間に三人の男子が生まれます。長男がホデリノミコト、次男がホスセリノミコト、三男がホヲリノミコトです。長男は「海サチビコ」として海の獲物を捕り、三男は「山サチビコ」として山の獲物を捕ることになります。
「海サチビコ」「山サチビコ」とは固有の名前ではなく、役割を示すものです。『古事記』では「サチ」は「佐知」と書かれます。「幸」と書くと意味が限定されてしまうからでしょう。
「サチ」というのは霊力の籠もったものを指します。海の霊力を持つ「海サチ」が、霊力の籠もった「サチ」(=道具)を使い、海の「サチ」(=獲物)を獲るのです。山も同じです。従って、本来は交換不可能なもののはずです。
兄と弟とどちらが正しかったのか
ところが山サチは、兄の海サチにお互いの「サチ」(=道具と役割)の交換を願い出ます。初めは断られますが、何度もしつこく要求したため、ようやく兄は交換に応じます。
結果、獲物は全く獲られず、しかも弟は兄の「サチ」(=釣針)を無くしてしまいます。弟は代わりの釣針を千も作って購おうとしますが、兄は許してくれません。霊力の籠もった「サチ」は唯一のものですから、本物でなければ許されないのは当然のことです。
「サチ」の交換をしつこくねだってきたのは山サチの方なのですから、非は完全に山サチの方にあります。それにも関わらず、後々兄は弟に攻められて許しを請うという展開になるのですが、それは何故なのでしょうか。
海サチが悪者にされた理由は何か
山サチは、山神の娘であるコノハナノサクヤビメの血筋を強く受けているため、山の霊力を持っていました。その山サチが兄の釣針を探す過程で海の霊力をも手に入れることを描くのがこの神話の意義です。
山サチは海神の娘を妻とし、海神から授かった玉を使って兄を攻め、屈服させます。ところで、コノハナノサクヤビメの別名はカムアタツヒメです。アタは南九州の隼人族の住む土地の地名です。海サチは隼人の祖とされていますが、それはカムアタツヒメの系統を受け継いでいるからでしょう。
海サチの山サチへの服従は、隼人族の朝廷への服属を意味していることになります。こうした理由で、海サチは悪者のように描かれることになってしまったのです。
~國學院大學は平成28年度文部科学省私立大学研究ブランディング事業に「『古事記学』の推進拠点形成」として選定されています。~

2018年12月25日付け、The Japan News掲載広告から
谷口 雅博
研究分野
日本上代文学(古事記・日本書紀・風土記)
論文
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