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日本最古の書物『古事記』。世界のはじまりから神様の出現、皇位の継承まで、日本の成り立ちがドラマチックに描かれています。それぞれの印象的なエピソードには今日でも解明されていない「不思議」がたくさん潜んでいます。その1つ1つを探ることで、日本の信仰や文化のはじまりについて考えていきます。
食物は神様の死体から生まれたもの?
私たちが日頃何気なく口にしている食物。その起源が、『古事記』に神話として描かれています。ある時、天上界の神々がオオゲツヒメという女神に食物を所望した時(スサノオが所望した、という解釈もあります)、その女神は自分の鼻と口と尻から、様々な美味なものを取り出し、それを調理し盛りつけて神々に差し上げました。その様子を見ていたスサノオは、汚い方法で料理を出す女神だと思ってその女神を殺してしまいます。その殺された女神の頭から蚕が、目から稲が、耳から粟が、鼻から小豆が、陰部から麦が、尻から大豆が生じました。その時、女神の身体に生じた種を、天上界の神であるカミムスヒが、スサノオに取らせた、という話です。これが地上界に穀物がもたらされた起源であると考えられます。
スサノオの成功話として位置づけされる
この話はスサノオが乱暴行為を働いたことで高天原から追放された後、出雲に降ってヤマタノオロチを退治する話の直前の場面に挟み込まれるようにして記されています。スサノオの乱暴な姿を示しつつも、穀物起源神話はその暴力性がプラスに作用する話として位置付けられ、次のヤマタノオロチ退治神話に繋がって行くのかも知れません。
日月分離の始まりとも重なる穀物の起源
『日本書紀』でも同様の神話がありますが、こちらではツクヨミ(月の神)がウケモチという女神を殺します。穀物を生み出す部位、生じるものも、『古事記』と少し違って描かれています。ツクヨミはアマテラス(日の神)に命じられてウケモチのところに派遣されていたのですが、この女神殺しに激怒したアマテラスはツクヨミとはもう同じ天空には居たくないといいます。これが太陽と月が交互に出現することの起源であると説いています。穀物起源の神話に日月分離の起源も重ねられているのです。
広く世界に見られる穀物起源神話
このような、殺された女神の身体から食物が生じるという話は、インドネシア、メラネシア、ポリネシアからアメリカ大陸にかけての広い地域に分布しています。ドイツの民族学者イェンゼンはそれらの神話を、インドネシアのセラム島の神話の主人公の名にちなんで、「ハイヌウェレ型」と名付けました。これらの神話は元来芋栽培文化の起源神話として成立したとされますが、『古事記』の場合は稲の他に複数の穀類、蚕も含まれており、より複合的な神話となっているようです。
~國學院大學は平成28年度文部科学省私立大学研究ブランディング事業に「『古事記学』の推進拠点形成」として選定されています。~
谷口 雅博
研究分野
日本上代文学(古事記・日本書紀・万葉集・風土記)
論文
崇神紀祭祀記事の意味するもの-疫病の克服と国家の成立-(2022/04/30)
研究ノート:大碓命は小碓命に殺害されたのか(2022/03/10)