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子どもの客観的な思考力を生む、「組織キャンプ」でのさまざまな仕掛け(連載第10回)

ランタントーク  Vol.5「育脳」<後編>

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人間開発学部・子ども支援学科 准教授 青木康太朗

2021年12月17日更新

キャンプやアウトドアは、脳科学の視点から見ると子どもたちの「非認知能力」を高めるために効果的だという。非認知能力とは、コミュニケーション能力や客観的な思考力、自己肯定感など、数字では測れないさまざまな力だ。

そこで、こういった力をキャンプによって意図的に伸ばそうと行われてきたのが「組織キャンプ」だ。今回、アウトドアと脳発達の関係に関する著書を持つ脳科学者の瀧靖之教授(東北大学 加齢医学研究所)と、野外教育の専門である國學院大學の青木康太朗准教授(人間開発学部 子ども支援学科)が対談した。

本記事では、2人の対話から組織キャンプが客観的な思考力や自己肯定感の醸成にどうつながるかを詳しく考える。

目的達成のために活用される、さまざまな組織キャンプのプログラム

青木 組織キャンプの特徴は、この機会に子どもたちにどうなってほしいか、その「目的」が設定されていることです。そうして指導者は、目的を達成するためのプログラムを用意します。

 たとえば協調性や社会性を身につけるのが目的の場合、わかりやすい例を挙げるなら、キャンプ初日はメンバーと打ち解けるアイスブレーキングの時間を設けて、その後、テントをみんなで張る、野外炊飯を行うといった活動をします。翌日からは、少しずつ外に出てプログラムを行い、最後にメインプログラムを実施。たとえば、全員で協力して山に登るなど。全体を通して徐々に関係性を深める流れを作ります。

組織キャンプの効果について語り合う青木氏(左)と瀧氏(右)

 組織キャンプの世界では、こういったプログラムが豊富に用意されているのでしょうか。

青木 そうですね。もうひとつ協調性のプログラムを例にとると、よく行われるのがイニシアチブゲームです。これは、一人では解決できないような課題を設定し、全員で協力して解決していく活動です。たとえば、木と木の間にクモの巣のような網を張り、この網に触れないように一人ずつ網をくぐり抜けていく。ゴールはチーム全員がクモの巣をくぐり抜けること。穴の大きさや高さがバラバラなので、みんなで協力しないと課題が達成できない。どうしたら課題をクリアできるのか、その方法をチームで考えていきます。

 すると、その日初めて会った子どもたちがコミュニケーションをとりながら、いろいろな方法を試し始めます。簡単には成功できない課題設定になっているので、トライアンドエラーを繰り返しながらみんなで協力していきますね。話し合う姿を見ても、リーダーシップをとる子もいれば、フォロワーのように支える役目を選ぶ子もいて、それぞれの役割ができてくるんですね。

 こんな風にひとつひとつのプログラムに仕掛けがあるのが組織キャンプであり、それを考えるのが指導者です。その意味で、指導者はインストラクターだけでなく、ファシリテーターやカウンセラーでもあるんですよね。目的を達成するために、場面々々で効果的に子どもの成長をサポートするのです。

子どもが自分の役割を考えることで「メタ認知」が伸びていく

 いまのお話で印象的だったのは、子どもたちが自然と「自分にどんな役割があるのか」を考えていることです。人間の能力で特に重要なもののひとつが「メタ認知」です。メタ認知とは、平たくいうと自分を一段上から俯瞰して、いまこの中で何をすればよいか考えたり、感情をコントロールしたり、客観的に思考する力といえます。まさにそのメタ認知につながるかもしれません。

 組織キャンプでは、まだ関係性が薄いメンバー同士の中で、自分がどんな役割になるべきかをおのずと考えていくのでしょう。他の参加者とコミュニケーションをし、少しずつチューニングしながら組織と馴染んでいくような。客観的に自分を見る力が養われていくと思います。

自分の役割を考える中で、物事を俯瞰する「メタ認知」の力が伸びるという

青木 まさにそうだと思います。もちろん家や学校でもそういう場面はありますが、とはいえ日常の生活範囲は多くがルーティーン化されていて、改めて自分の役割や立場を考える機会は少ない。組織キャンプは、まさに前回お話しした「日常のキャラクター」から脱して自分の役割や立場をもう一度考えることになります。

 よく言われるのが、不登校の子どもはなかなか普段の教室に行けなくても、宿泊研修や組織キャンプには参加しやすいことです。学校の環境はどうしても自分の役割が“いままで”のもので固定化されているので、抵抗がある。一方、非日常のイベントだとゼロからまた役割や居場所を考えられるので、心理的負担が少なくなるのでしょう。

全国各地に、組織キャンプや野外学習を行える施設が存在している

 私たちは、普段から自分が集団の中で占める役割を意識しています。「生物学的地位」のようなもので、小さい頃にその役割を考える機会が増えるほど、大人になっても、自分を俯瞰し、役割を柔軟に考えられる気がしますね。

 なにより、自分の役割を見つけることは「自己肯定感」にもつながります。人との関係性の中で自分の存在意義を実感できるからです。そういった面でも組織キャンプは意味があるかもしれません。

青木 キャンプは普段やらないことばかりなので、学校では見えないその子の一面が見えることがあります。よく学校の先生が組織キャンプを見にきて、普段と違う生徒の姿に驚くこともあるんですよね。

 自己肯定感の高め方は重要なテーマなのですが、実はアウトドアにより子どもの自己肯定感が高まったという報告もあります。ひとつポイントになるのは、いわゆるナンバーワンを目指すよりオンリーワンを目指す方が高まりやすいということです。ナンバーワンを目指すと、日々競争にさらされ、自分より上の存在を追いかけることが多くなる。むしろ自分の弱点などに目を向けなければなりません。

 オンリーワンなら、仮に1つのことでトップに立てなくても、たとえば自分の特技をいくつか重ねたときに「これを全部できるのは自分しかいないのでは?」と考えることもできる。アウトドアは、非常に多様な場面や体験があるので、自分の強みや個性を感じやすいのでしょうね。

忙しい現代の子どもが、キャンプや自然に興味を持てるように

 今日の対談で感じたのは、子どもたちがこういった組織キャンプに参加する機会をどう作れば良いんだろうと。今の子どもは、学校があり塾があり、隙間時間にはスマホを見て……。大人以上に忙しい気さえします。もはや子どもたちの可処分時間は非常に少ない。おそらく、組織キャンプに参加させようと考える保護者の方も減っているのではないでしょうか。とはいえ、繰り返しですが、幼少期に非認知能力を身につけるのはとても重要ですよね。

自然から受ける教育効果は、これからより注目されていくのかもしれない

青木 自然体験をしようといっても、なかなかそうした時間が作れない家庭も多いと思います。大切なのは、小さい頃から近所にある身近な自然と触れ合う機会をたくさん作り、子どもが自然そのものに興味を持てるような環境を作っていくことだと思っています。国立青少年教育振興機構の調査によると、保護者が子どもを自然体験活動などの事業に参加させなかった理由として一番多かったのは「子どもが興味を持たないから」でした。

 その点で考えると、いまはアウトドアブームにより小さい頃にキャンプに行く子どもも増えています。ですので、小学校低学年頃までは家族でキャンプに行き、まずは子どもが純粋に自然の中で遊ぶ体験をしてもらう。その後、ある一定の年齢になったら、夏休みや冬休みに子どもを組織キャンプに送り出すという形が出てくると理想的だと思っています。

日本では長い間、子どもたちの教育的なキャンプが行われてきた(提供:公益社団法人日本キャンプ協会【静岡県立朝霧野外活動センター】)

 そうですね。まったく経験がないところからいきなり組織キャンプに行くのは難しいので、まずは自然に対する楽しさや親しみ、ファミリアリティのようなものを作って、その後、外部の組織キャンプに送り出すというのが、非認知能力を伸ばす意味でよいのかもしれません。

青木 これまで教育学や心理学から組織キャンプやアウトドアのメリットは考えられてきましたが、先生のように脳科学の面から実証されていくのはとても新鮮ですし、より具体的な効果を追求できると感じました。

 非認知能力は社会に出てから本当に必要になるものです。レジャーだけでなく、教育面でも有効なプログラムとして、もっとキャンプやアウトドアが活用されていくと良いのではないでしょうか。

 

 

 

青木 康太朗

研究分野

青少年教育、野外教育、リスクマネジメント、レクリエーション

論文

青少年教育施設における危険度の高い活動・生活行動の現況と安全対策に関する一考察(2021/01/15)

家庭の状況と子の長時間のインターネット使用との関連:『インターネット社会の親子関係に関する意識調査』を用いた分析(2019/08/15)

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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