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「実事求是」を実践した法制史家 瀧川政次郎

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法学部教授 長又 高夫

2021年12月20日更新

 瀧川政次郎(たきかわ・まさじろう)博士は、九州帝国大学法文学部教授、中央大学法学部教授、満州国司法部法学校教授、満州建国大学教授などを歴任し、昭和24年から國學院大學政経学部教授に(30年には、近畿大学兼任教授にも就任)、38年からは同法学部教授(法学部新設にともなう)に就任している。また、博士は実務経験も豊富で、戦後、満州から帰国すると、極東国際軍事裁判所特別弁護人をつとめ、23年には東京・神田で共同の法律事務所を開設している。

瀧川政次郎

 博覧強記の学者として知られる瀧川博士は、94年の生涯(1897〜1992)でおよそ50 冊の著書と30冊の編纂書を刊行している。これを論文数でいえば、900点を優に超えたものとなる。瀧川博士は、法制史という学問を、啓蒙的に世に知らしめ、法制史がいかに有用な学問であるのか訴え続けた学者であった。博士は、法制史が法律制度の変遷を辿る無味乾燥な学問になることを恐れ、国民の法律生活の実態を明らかにすることこそが、法制史家の使命であると考えたのである。博士の研究が、政治史、社会経済史、神道史、芸能史、生活文化史、人物史等にまで及んでいるのは、そのためである。日本の法律制度を論ずる際にも、古今東西の法律制度と比較した上で、その特徴を示し、歴史的評価を下すことが必要であると強調され、それを実践した。
 博士が研究を行う際には、『淵鑑類函(えんかんるいかん)』(康熙49年成立、勅撰)、『天中記』(明の陳耀文〔ようぶん〕の撰)、『古事類苑』などの類書を利用して徹底的に史料を集め、少しでも不明な点があれば、徹底的に追求し(「実事に是を求めた」)、専門家に直接問いただすことの労を厭(いと)わなかった。玉石混淆の史料の中から、本当に価値のあるものを見つけ出す眼識を博士は備えていたのである。また、調査を行う際には、学派、学閥にこだわらず、全国的組織を作り、衆知の結集を図ったが、これなどは実務経験上、より効率的な調査をなしうることがわかっていたからに違いない。

高塩博氏提供

 博士は生前、教え子たちに養老考課令善条の一文「恪勤匪懈者、為一善(恪〔つつし〕み勤〔いそ〕しむこと懈〔おこた〕らざれば、一善と為よ)」を色紙に書いて与えていた。これは律令官人の評価基準を定めたものであったが、学者にも通ずるものであると考えたからである。博士はその経験から、「怠けることなく、地道に続けること」こそが学問の道であることを悟り、後学を戒めたのであろう。学報連載コラム「学問の道」(第39回)

長又 高夫

研究分野

日本法制史(法典編纂史・法思想史)

論文

「建武式目」の評価をめぐって(2021/11/15)

「御成敗式目」第42条の法解釈をめぐって(2021/03/10)

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