「美大に行こうとしていたぐらいなので絵を描くのは大好きです。いずれ 自分の本の絵も描いてみたいです」
司馬遼太郎作『燃えよ剣』のコミカライズ脚本を手掛けている作家・小松エメルさん。今回は作家になった経緯をはじめ、作家になるために選んだという國學院大學文学部史学科日本史学コースでの学びについて伺いました。
新選組のほかに妖怪シリーズでも人気を博す小松さんが、文章を紡ぐときに一番大切にしていることは?
書きたいものが新選組。だから史学科へ
――小松さんは「新選組の小説を書きたい」という理由で、高校3年半ばになってから急に進路を変えたそうですね。
小松:そうなんですよ。高3の夏休みまでは美大に進学しようとしていたんです。それが突然「小説家になって新選組の小説を書く」と言って進路を変えました。美大を諦めたのは、夏休みに美術予備校の体験講座に行って『美大に受かるには受験用の絵を描かなければならないんだ』と、美大を目指す人ならアタリマエのことに気がついて、そういう絵を自分は描けないし、入学後もしばらくは自由に描くことができなさそうで、それがとても窮屈に感じてしまって……。将来絵を描いて食べていくことはとてもできないことのように思えたんです。
――なるほど。しかし「絵で食べていくのが難しい」と考えたその次の進路が「小説家」、こちらもなかなかにハードルが高そうな職業に思えますが。周囲は驚いたのでは?
小松:ははは、確かにいまだったら無謀だって思います。その当時は、美大へ行くという道が絶たれて、さてどうしようか……というときに頭に浮かんだのが「小説家」だったんです。「こんなに本を読んでいるのなら、書けるんじゃないか?」と。そして書きたいものは何かというと、新選組だったわけです。
周囲は「何、言ってんの!」という感じでしたが、歴史の先生だけはそんなことも言わずにいろいろ教えてくださいました。その先生が國學院大学の出身で「歴史を学ぶなら國學院しかないよ」とすすめてくださったんです。
「國學院をすすめてくださった先生には感謝しています」
――歴史を学ぶために史学科を選択したんですよね。しかし、小説を書くなら文学を学ぶことを選ぶ気もしますが……。
小松:なぜか、小説を書くことは「これだけ本を読んでいるんだからなんとかなる」と思っていましたね。いまだったら「いやいや、違うよ」と自分に突っ込みたいところですが。
でも、書きたいことが新選組だったので、歴史や史料の見方などについて専門家に教えてもらう必要を感じていました。前もお話した通り、当時は新選組のことは民間の方が独自の考えも入れながら書いた本が主流だったので、ときおり「これは本当のことなのかな?」と疑問を感じることがあったんです。
――それで史学科へ進学したわけですね。大学での授業は作家活動に役立ちましたか?
小松:間違いなく役立っています。とくに吉岡孝先生(文学部史学科教授)には大変お世話になりました。先生は江戸中後期から幕末期を専門に研究されていて、新選組についても著書がお有りです。ご自身が研究されていること以外のことも幅広く網羅されていて、たくさんの資料を見せていただきました。前回お話した、少しだけ新選組の記述がある宿場の史料もその1つですね。
先生には「新選組の小説を書く」とは言ってなくて、「卒論のテーマを新選組にしたい」とはお話していました。先生に指導していただいたことで、新選組のイメージはガラッと変わりました。大学に行かなければ、得られない知識だったと思います。
「吉岡先生にはさまざまな史料を見せていただくなど、ほんとうにお世話になりました」
初めて書いた小説が大賞、そしてデビュー
――やはり目的が「新選組を書く」ことだったので、國學院での学びは大正解だったのですね。では、その知識を活かしてさっそく執筆を始めたのですか?
小松:いえ、じつは在学中は一編も書いていません。こういうことを書きたいという構想や思いついたおもしろいことは、その都度ネタ帳に書いてはいましたけど。卒業して、いざ小説を書こう! と思ったときに「さて、応募原稿ってどこに出したらいいんだろう?」と思い『公募ガイド』を手に取ったんです。
――えっ、『公募ガイド』ですか! いろんな公募を掲載している雑誌ですよね。
小松:そうです、そうです。『公募ガイド』に、「審査員は作家のあさのあつこ、最終選考に残れば読んでもらえる」という賞を見つけたんです。あさのあつこさんが大好きだったので「これだ!」と思い、応募したのが「ジャイブ小説大賞」(注)でした。
秘蔵資料公開! 「ジャイブ小説大賞」の応募に向けて、小松さんが練った『一鬼夜行』の構想を詳細に記したノート。キャラクターや物語を時系列で整理した表、10万字以内に収めるための字数配分までもが書き込まれている。
――「ジャイブ小説大賞」創設初の大賞受賞になった『一鬼夜行』がそれですか? すると、初めて書いた小説がいきなり大賞受賞、さらにデビュー作にもなったわけですね? すごい快挙ですね。しかし、不思議なのは新選組を書きたくて小説家を目指したというお話でしたが『一鬼夜行』は妖怪の物語ですよね。
小松:あはは、そうですよね。いま私も話していて「あれ?」って思いました(笑)。でも、妖怪やファンタジーもまた、昔から大好きだったんです。京極夏彦さんや小野不由美さんの本を夢中になって読んでいました。それに「ジャイブ小説大賞」は子ども向けだけど大人も楽しめる「ヤングアダルト」、やや少年少女向けの青春小説のようなものを求められていたので、新選組で青春小説はちょっと違うなと思ったんですね。
それで1か月ぐらい構想を考えて、登場人物を考えたりいろいろ内容を練ったりして、書き始めたら2週間ぐらいで意外にすんなり書けました。
小松エメル『一鬼夜行』(ポプラ文庫ピュアフル)
百鬼夜行の行列から人間界に落ちてきた小春と、妖怪にも恐れられる閻魔顔の古道具屋主人・喜蔵の交流を中心に、人と妖怪が混ざり合う不思議の世界が描かれ『この時代小説がすごい! 文庫書き下ろし版2012』2位となった作品。
――なんと、それで大賞受賞でデビューとは、天才ですね。
小松:全然天才じゃないですよ。実際にデビューするまでには、その後1年半ぐらいかかっているんですから……。確かに受賞したときまでは「うまくいった」と思ったんですが、担当の編集者がついて本にするために改稿し始めてからはもう、家族や友人が「大丈夫だろうか、本は本当に出るのだろうか?」と心配するぐらい時間がかかりました。
いまなら担当編集者が「こういう風に直してほしい」といった意味が分かるんですが、当時はうまく理解することができなくて……指摘された部分を書き直すという作業を繰り返しているうちに、いつの間にか1年以上経ってしまいました。でも自分自身はそれほど焦っていなくて(いつかは出るだろう)と思っていました。根気強く付き合ってくれた担当さんには本当に感謝しています。
大賞を受賞した『一鬼夜行』に対する、あさのあつこさんの作品評は「8割厳しかったです。でも残りの2割はほんとうにうれしいことが書いてあって、この賞に出してよかった……と思いました」
文を書く上で守りたい「人を傷つけない」という視点
――そうした紆余曲折を経て無事に刊行され、デビュー。『一鬼夜行』シリーズは、現在12作出ています。ほかにも『銀座ともしび探偵社』『うわん』シリーズ、『梟の月』など妖怪ものを生み出していらっしゃいますね。一方で『夢の燈影 新選組無名録』『歳三の剣』『総司の夢』など新選組の物語も書かれており、今後も新作の予定が続いているとか。
小松エメル『銀座ともしび探偵社』(新潮文庫nex)
探偵たちが持つランプには銀座の街の「不思議」がともしびとなっておさまる。集まった不思議の行方は? ミステリーでありファンタジーである物語。
小松:はい。1つは新選組関連で、連載が完結して本にするための改稿途中のものがあります。晩年の永倉新八 を主人公にしたものです。
――妖怪ものの『梟の月』は最後に謎が解けるミステリーのような要素も持ち、全体のトーンも夜のような落ち着いたトーンですね。こういう世界もまた手掛ける予定ですか?
小松:はい。いままで妖怪ものというと『一鬼夜行』のようなカラッと明るいトーンを求められることが多かったのですが、『梟の月』は妖怪さえ出れば内容はおまかせという依頼だったのと、編集者の方が「小松さん、梟好きですよね? 梟書いてもいいんですよ?」と耳打ちしてくれたので(笑)、大好きな梟を入れつつ、いつもと違うトーンの作品を書けました。この系統のものはこれからも書いていきたいんですが、ちょっと一般受けしないかな? というところが悩みどころです。
結構、編集者の方ってTwitterとか見てくださっていて、そこで「梟が好き」とか書くとこういう依頼につながったりするんですよ。
『梟の月』小松 エメル KADOKAWA/角川文庫
妖怪の世界で暮らす「私」には過去の記憶がない。その横にはいつもアオバズクの「朋」が寄り添っていた。繰り返す夢のような不思議と愛の物語。
――そうなんですね。小松さんに依頼したい編集者は、SNSを要チェックですね(笑)。
では最後に「言葉の力」に関する質問をしたいと思います。小松さんが小説を書く上で一番大切にしていることはなんですか?
小松:そうですね……。誰かを意図的に傷つけないことでしょうか。
言葉って、誰かを傷つけたり苦しませてしまうことがあります。ずっとその言葉が胸に残っていやな気持ちが続くこともあると思います。私の小説を読んで、嫌な気持ちを持つ人がいるかもしれないけれど、逆もあるはず。なるべくなら私の小説を読んで、楽しくなったり、ほんのちょっと、ほんとうに少しだけでいいから読んだ瞬間、幸せな気持ちになってもらいたい。これはいつも思っています。
だけど、それをどう言葉に落とし込んでいるか、自分ではわからないんです。何によらず、私は無意識に動いているつもりなんですが、編集者の方には「いや、小松さんはすごく意識して動いているよ」と言われますし、言葉選びにもそれが出ていると言われますね。ただ、決して言葉で飾ろうとか美しく見せようというふうには考えていないと思います。
「言葉の力を、人を傷つけることには使いたくない」
――この表現ならストレートに伝わるけれど、誰かを傷つけてしまうかもしれないと思ったら、別の表現を選ぶようにするということでしょうか?
小松:ああ、それはあると思います。人が言われて嫌なことってはかりしれないけど、それでも人が傷つかない表現を考えていきたい。
ただ、新選組を描く上ではなかなか難しい部分もあって。読む人だけではなく、作品に登場する人物に対しても同じ気持ちがありますから。実在していた方たちなので、ご子孫のことが気になりますし、どんなに壮絶な場面があったとしても、その人たちは実際に生きて、泣いたり怒ったり、ご飯を食べたり、お風呂に入ったり、友人と笑い合ったりしていた「人間」なんですよね。そこは忘れちゃいけないと思っています。
――これからもさまざまな世界を描かれていくと思いますが、これまでと違うものを手掛けるご予定もありますか?
小松:はい。いま、自分のルーツをたどる話を書いています。私の祖父はカザン系トルコ人 ですが、日本で生まれ育ち、タタールにもトルコにも行ったことがなかったそうです。自分の名前の「エメル」もトルコ語ですし、そのルーツを見つめ直すものになりますね。これはいままで書いてきたこととはまったく異なるものなので、新たな気持ちで取り組んでいます。
それは興味深いです。『燃えよ剣』のコミックとあわせて、そちらも楽しみにお待ちしています。
小松エメル(こまつ・えめる)
作家。1984年生まれ。國學院大學文学部史学科日本史学コース卒業。新選組の小説を書くために作家となる。母方の祖父がトルコ人で、エメルはトルコ語で「強い、優しい、美しい」などを表す。初めて書いた小説「一鬼夜行」がジャイブ小説大賞を受賞(2008年)。『一鬼夜行』はシリーズ化され、最新作は12作目、シリーズの累計は30万部を超える。『夢の燈影』『総司の夢』『歳三の剣』など新選組を題材にした小説のほか、『一鬼夜行』シリーズをはじめ、『うわん』シリーズや『銀座ともしび探偵社 』、『梟の月』などの妖怪ものも多数手掛ける。2021年10月より、コミカライズ脚本を手掛ける『燃えよ剣』が「月刊コミックバンチ」(新潮社)にてスタート。趣味はフィギュアスケート観戦。
注:「ジャイブ小説大賞」は2003〜2009年にジャイブ社によって創設された文学賞。現在は「ピュアフル小説賞」(ポプラ社)を経て現在の「ポプラ小説新人賞」に継承された。
取材・文:有川美紀子 撮影:庄司直人 編集:篠宮奈々子(DECO) 企画制作:國學院大學