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13歳から新選組の熱烈ファン
小松エメル流『燃えよ剣』に見る言葉のチカラ

つながるコトバ VOL.2  小松エメルさん 前編

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小説家 小松エメルさん

2021年12月14日更新

 

 いま、司馬遼太郎の『燃えよ剣』が注目されています。令和3(2021)年10月には岡田准一さん主演の映画が公開され、21日には「月刊コミックバンチ」でコミカライズ版『燃えよ剣』の連載が始まりました。このコミカライズの脚本を手掛けているのが作家の小松エメルさん。中学1年のときからの新選組ファンだったという小松さんは、新選組の小説を書くために小説家になったそうです。

 國學院大學文学部史学科の卒業生でもある小松さんの筆は、史料をもとに歴史を検証する実証史学と、フィクションである小説の世界のあいだをどのように行き来しているのでしょうか。

 

国民的作品をどうアレンジするか?

――日本人が持つ新選組や土方歳三のイメージを決定づけた司馬遼太郎作品『燃えよ剣』。この名作のコミカライズの脚本を担当されています。最初にお話が来たときはどんな気持ちでしたか?

小松さん(以下小松):お話が来たときはプレッシャーより「えっ、『燃えよ剣』をコミカライズ!? そんなことができるんだ。ぜひやりたい!」といううれしさのほうが大きかったです。

私は年季の入った新選組好きです。中学1年のときに新選組を知ってから、関係書籍を片っ端から読みました。夏休みには図書館で新選組の本をタイトルの50音順で読んでいったんです(これは何を読んだか分からなくならないためにしたことでしたが)。

 20年以上前には、研究者の本はほとんどなく、在野で新選組を調べている方の本が多かったですね。独自の解釈などが多くて、一人ひとりみんな違う新選組があるんです。

 50音順で読んだので司馬遼太郎さんの『新選組血風録』や『燃えよ剣』に行き着いたのは結構あとでしたが、読んでみていかに多くの方が司馬さんの新選組に影響されているかが分かりました。土方歳三の「バラガキ」(イバラのように触れると怪我をするような乱暴者、向こう見ずで荒っぽい人)や「鬼の副長」といった言葉は司馬さんが創られたものですが、みんな当たり前のようにその形容を使っていますしね。そういう意味で本当に国民的作品だと思います。

 それほどに広く知られた作品を脚色するわけですから、新選組好きとしてはうれしかったんです。実際始めてみたらいろいろ大変なことはありましたが……。

「キャラデザインについても奏ヨシキさん(作画担当)や編集者と打ち合わせを重ねて、私の思うイメージに近づけていただきました。コミック1回目に登場する土方は、あの年頃の様子が上手に描かれていると思います」

 

――脚本の書き方は、小説とは異なりますよね。苦労していることはありますか?

小松:私は脚本の書き方を知らなかったんです。ほかの脚本の見本をいただいて初めて「あっ、小説とぜんぜん違うんだ」って気が付きました。ですから最終的に脚本として完成するまでには何回か書き直しをしました。

――作画担当の奏ヨシキさんとのイメージのすり合わせはどのように?

小松:奏ヨシキさんが作ってくださったキャラデザインのスケッチを見たとき、身体的特徴をかなりマンガ的に誇張してあったり、着物が洋服っぽい感じで描かれていたりしたので「うーん、ちょっと違うな……」と。そのズレについてお話しして、イメージをすり合わせていきました。

 苦労といえば、打ち合わせでZOOMを使ったのですが、それまで私、ZOOMを使ったことがなくて……。これも苦労しました……いや、いまもしています。

「じつはしばらく体調不良で仕事ができなかったんです。そろそろ復帰して仕事したいなと思ったときにコミカライズ脚本のお話が来ました。でもこのご時世なので、久しぶりの仕事の打ち合わせがオンラインで、不思議な感じでした」

 

――それにしても『燃えよ剣』のように、非常に多くの人が知っている小説を脚本化するときに、どこまで原作通りにするか、どこまで変えるかというのはとても難しいですよね。

小松:そうですね。でも自分なりのアレンジはできると思っています。

 土方歳三についてはもう、原作のままのかっこいい感じでいいと思っています。私がアレンジしたいのは周辺の人物です。とくに近藤勇。『燃えよ剣』の近藤勇はちょっと頼りがいがなさすぎるように思うんです……。私のイメージでは、頭の回転は早くないかもしれないけど嗅覚にすぐれ、勘がよく賢さがあり、要所要所でやはり隊のトップであることが納得できる人物。そんな要素を入れていきたいと思います。

 あと名前は出てくるけれど、1つのエピソードぐらいしか描かれていない隊士たち。沖田総司はしっかり出てきますが、それ以外にも個性的な人物がいるのに原作にはあまり出てこないんです。そこを膨らませていけたらと思っています。

「燃えよ剣」第1話(「月刊コミックバンチ」2021年12月号)より。©司馬遼太郎  奏ヨシキ/新潮社

 

――最初から「ここまで変えていこう」「ここは残そう」という線引はあるのでしょうか。

小松:いえ、最初に書いた3話ぐらいまでの脚本は、あまり変えないほうがいいのだろうと思ってほぼ原作通りに書きました。しかし打ち合わせの際に編集者から「もう少しマンガとしての見せ方があるのでは」と言われたことと、原田眞人監督の映画『燃えよ剣』を観たことで考えが変わりました。

 映画は148分と限られた時間だけど物語は凝縮されて全部入っているし、エピソードの前後を入れ替えて流れを作ったり、司馬さんの別作品『新選組血風録』の一部を取り入れていたりと原作そのままではない形になっていました。そういうやり方を拝見して、『そうか、ある程度自由にやったほうがおもしろくなるのか』という気持ちになりましたね。

 

悲劇・組織の群像劇・いまも続く発見が新選組の魅力

――コミック版『燃えよ剣』、ますます楽しみです。ところでそもそもの質問ですが、なぜ小松さんは新選組が好きなのでしょうか?

小松:なぜ好きか……。自分ではあまりにあたり前すぎて言葉にするのは難しい。そうですね、組織としてのおもしろさや、隊士それぞれの人物の魅力でしょうか。あとは悲劇的な結末というところもありますね。もし「その後は、みんな新政府で活躍しました」という結末だったらここまで好きにならなかったと思います。

 それと、いまなお調べれば調べるほど、新しい発見があるところもまた目が離せない点なんです。

國學院大學図書館は、人文社会科学系大学図書館としては有数の蔵書数を誇る。書籍のみならず、貴重な資料・史料類も多い。在学中は改装前の図書館で小松さんも史料を探した。

 

――いまも?

小松:そうなんです。私が高校生の頃くらいまでは、民間の研究者や愛好家が新選組を調べていました。つまり、学術的な研究はほとんどされていなかった。それが、大河ドラマで『新選組!』が放送されて以降だと思いますが、かなり状況が変わってきました。

※注:たとえば令和2(2020)年には伊東甲子太郎の生家を示す絵図が発見されたことを、かすみがうら市歴史博物館が発表した。

――ほんの少し前まではいわば「新選組マニア」が個人的に研究している状況だったのですね。それが、専門的な目が入ることによって、いまも発見が続いていると。

小松:そうだと思います。かつてはファンの裾野もそんなに広くなかったです。子孫の方が運営している土方歳三記念館は改装されましたが、以前は個人のお宅にお邪魔して正座してお話を伺うような感じだったんですよ。井上源三郎資料館は、20年前にはなかったと思います。

 大河ドラマを始め、『銀魂』や『るろうに剣心』などのマンガ、『刀剣乱舞』や『薄桜鬼』などのゲームもあって、いまはファンの数もとても多くなりましたけれど。

 

事実とフィクションのつなぎ方

――史料などから考察できる「事実」をフィクションである「小説」に落とし込むときに、こう書いたらおもしろいけど事実と異なってしまうとき、どうバランスを取るか悩むことはないですか?

小松:バランスは確かに考えます。でも、史料にすべてのことが書いてあるわけではないし、不明な部分もたくさんあります。その確証がないところをフィクションで埋めていく。

 あるいは、「モノ」は残っているけどそれが何のためのモノか分からないときに、自分なりのエピソードを考えて物語にしていく。

 発想の仕方でいえば土方歳三=鬼という解釈。「バラガキ」「鬼の副長」という形容はもう土方とセットになっている感じです。これは司馬さんが考えた言葉ではあるけれど、なぜ「鬼」と呼ばれたのだろう……。そもそも「鬼」ってなんだろう? 本当の「鬼」って誰なんだろう……という風に考えていきます。

 だって、箱館まで同行した隊士は土方のことを「母のように慕われていた」と証言してるんです。鬼と母。ギャップがありすぎですよね。いくらなんでも人がそこまで変わるだろうか……それはなぜか。鬼になったのはなぜなんだろう……。こういう風に考えてフィクション部分を作っていきます。

國學院大學の実証史学は、定説になっている歴史であっても、複数の史料を読み比較しながら事実を探り検証していくやり方。だけど、史料にはない部分にフィクションの素があると小松さんは言う。

 

――史料に縛られずに想像する余地はたくさんあるんですね。その想像部分が小説の肝となるのでしょうか。

小松:不明な部分がある史料って、想像力をかきたてられることが多いんです。ある史料に「隊を勝手に抜けた者を追って、新選組隊士が宿場に来た」というようなことが書かれていました。それは宿場の史料なので新選組は脇役的に一瞬登場するだけなんですが、何が起こったのだろう? このあとどうなったのだろう?と想像がふくらみますよね。ほかにも博徒や任侠者とからみがあるとか、その後、親交を結んだとか、さまざまな資料の中にチラチラと新選組が顔を出して、それが物語を作る構想の素になったりします。

――そのような史料は、すべてご自分で探されるんですか?

小松:自分でも探しますが、いま例に挙げた史料は國學院大學在籍中にお世話になった日本史学コースの吉岡孝先生に見せていただいたものです。

 小説家になろうと思った小松さんがなぜ史学科を選択したか? ということにつながってくるお話になりそうですね。続きは後編でお伺いしたいと思います。

「この大学に来なければ分からなかったことは多い」と、キャンパスを見て小松さんはつぶやいた。

 

 

 

小松エメル(こまつ・えめる)

作家。1984年生まれ。國學院大學文学部史学科日本史学コース卒業。新選組の小説を書くために作家となる。母方の祖父がトルコ人で、エメルはトルコ語で「強い、優しい、美しい」などを表す。初めて書いた小説「一鬼夜行」がジャイブ小説大賞を受賞(2008年)。『一鬼夜行』はシリーズ化され、最新作は12作目、シリーズの累計は30万部を超える。『夢の燈影』『総司の夢』『歳三の剣』など新選組を題材にした小説のほか、『一鬼夜行』シリーズをはじめ、『うわん』シリーズや『銀座ともしび探偵社』、『梟の月』などの妖怪ものも多数手掛ける。2021年10月より、コミカライズ脚本を手掛ける『燃えよ剣』が「月刊コミックバンチ」(新潮社)にてスタート。趣味はフィギュアスケート観戦。

注:「ジャイブ小説大賞」は2003〜2009年にジャイブ社によって創設された文学賞。現在は「ピュアフル小説賞」(ポプラ社)を経て現在の「ポプラ小説新人賞」に継承された。

 

 

取材・文:有川美紀子 撮影:庄司直人 編集:篠宮奈々子(DECO) 企画制作:國學院大學

 

 

 

 

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