作品のモデル地を巡り、作品世界と現実世界とを重ね合わせて楽しむ観光行動「聖地巡礼」。自治体や観光協会、商工会が、元になった作品 (コンテンツ)の著作権者や出版社などのライセンス元と協力して、そうした「聖地巡礼」の観光客を呼び込む観光活動を行うことも珍しくない。
現代においてコンテンツは、「観て楽しむ」だけにとどまらず、「巡って楽しむ」「触れて楽しむ」という具合に、いかにして体験的価値へと紐づけるかも重要になっている。「聖地巡礼」ともなれば、経済効果も期待できるだろう。
ところが、渋谷には目立った「聖地」が存在しない。渋谷クロスタワーのテラスは、たしかに尾崎豊ファンが多数訪れるスポットだが、いわゆる「聖地巡礼」と呼ばれるようなポピュラーカルチャーにおける、マンガ・アニメ作品の「聖地」がないのだ。
なぜ、渋谷に「聖地」は生まれないのか――。
飯倉義之・文学部准教授が、聖地化しない“3つの理由”を、渋谷の街を巡りながら解説する。
「渋谷が聖地になることができない一つ目の理由。それは、渋谷が”変わり続ける街”ということが挙げられます。聖地巡礼に訪れるファンは、作中でモデルとなった風景を、実際に訪ねたいという欲望を秘めています。そこでは、「作品と同じ光景」が求められている。しかし、渋谷という街は変化することが常態です。渋谷は、変わらないことが困難な街なんですね」
そう飯倉先生は語る。近年、“100年に一度”と言われるほどの再開発を進めている渋谷の開発は、2027年まで続くと言われている。空前の大ヒット作品となったアニメーション映画「君の名は。」(新海誠監督/平成28(2016)年)の劇中にも、渋谷の「あおい書店前の歩道橋」が登場する。だが、あおい書店は再開発に伴い平成30(2018)年に閉店……。目の前に広がる大開発の風景を目にすると、飯倉先生の「作品と変わらない風景を求める聖地巡礼と、時代とともに生まれ変わる渋谷は相性が悪い」という言葉に頷く他ない。渋谷ほど「開発」や「変化」といったイメージが強い街も、そうそうないだろう。
「聖地不在」を印象付けるエポックメイキング的作品がある。アニメーション映画「バケモノの子」(細田守監督/平成27(2015)年)だ。渋谷を物語の舞台として扱ったにもかかわらず、「私が調べた限り、「バケモノの子」の痕跡を見出すことはできませんでした」と、飯倉先生は微苦笑する。
「DVD&BD発売の販促イベントとして平成28(2016)年2月24日から、「バケモノの子」の舞台となった渋谷のロケ地巡りのための、アニメ制作を行ったスタジオ地図監修の「バケモノの子x渋谷ロケMAP」が配布されました。作品と渋谷のつながりを隠すことなく、作品の特色として提示していたのですが、目立った聖地巡礼現象は起こりませんでした」
飯倉先生は、公開から約1年後となる平成28(2016)年9月に、「バケモノの子」のモデルとなった場所を歩いて周ったという。聖地巡礼というよりは、もはや時代考証である。
「重要な場所となる路地裏は店の入れ替わり、看板や業務用ごみ箱の設置で多少様相が変わり、JRの恵比寿駅側高架下は工事で大きくその姿を変えていました」
今年10月、再び劇中に登場した印象的なスポットを歩いてみた。
物語を必要としない――。次回は、その背景を探っていこうと思う。
- なぜ渋谷に「聖地巡礼」は生まれないのか!? 3つの視点から考える、聖地化しない渋谷の背景 ~Part2~
- なぜ渋谷に「聖地巡礼」は生まれないのか!? 3つの視点から考える、聖地化しない渋谷の背景 ~Part3~
飯倉 義之
研究分野
口承文芸学、民俗学、現代民俗
論文
柳田國男と/民俗学と写真―方法論の不在について―(2023/08/05)
オカルトを買っておうちに帰ろう : 「コンビニオカルト本」の私的観察史(2023/04/01)