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鹿というと、奈良公園ではアイドルのような人気者。鹿とのふれあいを目当てに訪れる人も少なくないとか。それは、今の日本人にとって、鹿がそれほど身近な動物ではないことを意味しているのでしょう。
日本神話には、鹿はたくさん登場します。神話の中の鹿たちの役割、性格はさまざまです。とくに地方の地名起源や言い伝えを記した風土記には、繰り返し田を荒らした挙げ句に、人間にとらえられ、首を切られそうになって反省をする鹿や、殺される夢を見て、その通りになってしまう浮気者の鹿など、個性豊かな鹿たちが登場します。現在でも鹿は、食べる対象でもあり、害獣でもありますが、古代には、今以上にとても人間に近い存在だったのでしょう。
古事記に登場する鹿の神アメノカクは、とても頼りになる神として描かれています。
あるとき高天原にいるアマテラスは、オオクニヌシが治めている地上の葦原中国は、自分の子が治めるべきであると考えます。そこでオオクニヌシに国を譲るように求める使者を送ることにしますが、2度にわたって使者がオオクニヌシに寝返るという事態になります。そこで3度目の使者として名が挙がったのがイツノオハバリとタケミカヅチ。しかし、彼らは川の上流の険しい場所に道を閉ざして暮らしており、神々は頼みに行くことができません。そこで選ばれたのがアメノカク。険しいところも駆け上がることのできる能力を見込まれたのでしょう。タケミカヅチが使者の役目を引き受け、彼の交渉により葦原中国は無事にアマテラスの子孫が治めることに決まりました。
このような神話もあり、鹿はタケミカヅチの神使(Shinshi, “Divine servant”)とされるようになります。タケミカヅチは茨城県の鹿島神宮に祀られることになりますが、のちに国の安寧を願って奈良の都に春日大社が創建されるにあたり、招かれることとなります。このとき、タケミカヅチは白い鹿に乗って鹿島から向かったと伝えられます。そのため奈良公園の鹿は神使として大切にされています。
鹿は立派な角を持っています。それは一年かけて成長し、春頃に生え替わります。そのため死と再生を象徴する動物とされてきました。ギリシャ神話のアルテミスは、山野を駆け回り狩猟をする女神です。彼女のシンボルは、黄金の角を持ち、矢より早く駆けることができるケリュネイアの鹿Ceryneian Hindという雌鹿です。ケルトの神ケルヌンノスは、動物たちの主で、彼の頭には鹿の角が生えています。映画『もののけ姫』の山の神「シシ神」も死と再生を司る山の神で鹿の角を持っていました。アマテラスがお使いとして選んだアメノカクも、タケミカヅチが暮らす高天原の自然界を治める偉大な神だったのかもしれません。