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労働組合の営みをテレビドラマ化したい!
本田一成・経済学部教授の思いの源泉(前編)

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経済学部 教授 本田一成

2019年7月26日更新

    過酷な環境で働かされているとき、現代人にはどんな選択肢があるだろう。たしかに、SNSで拡散し、社会に訴えかけるというのも有効かもしれない。しかしそもそも、そうした問題が発生しないように、隣にいる労働者同士で手を取り合っていくという手段もある。
    国内外に広がるチェーンストアの研究から始まり、労働組合の可能性へと探究をつづけてきたのが、本田一成・経済学部教授だ。「労働組合の営みをテレビドラマ化したい!」と熱く語るに至った研究の道のりを、2回にわたりお届けする。読めばきっと、労働組合のイメージが変わってくるはずだ。

 

 

 先日、とあるタレントの方が土下座で謝罪してニュースになっていました。しかし、私が研究しているチェーンストアの業界では、日本国内の話として、悪質クレーマーに対して驚くほど多くの労働者が土下座をした経験があるといいます。そんなことが日夜職場では繰り返されていても、あのタレントのようにワイドショーで取り上げられはしません。
    コンビニの24時間営業も、昨今議論を呼びました。消費者にとって便利であるその裏で、労働者にとってたまったものではない状況が生まれている。日本企業は、環境には優しくあろうとしますが、労働者にはなかなか優しくなってくれません。
     労働組合というと、若い世代の方々からは、遠い存在のように感じられるかもしれません。しかし、ここで触れたような問題に対して、労働者同士が手を取り合って解決に導いていこうと、労働組合は今日も取り組んでいます。
    ですから、私たちにとって実はとても、身近な存在なのです。昨年、研究書ではなくノンフィクションとして『オルグ!オルグ!オルグ! 労働組合はいかにしてつくられたか』という本を著したのですが、私としてはNHKでテレビドラマにしてもらえないだろうか、と考えているくらい(笑)。労働組合で行われていることは、切実でありながら、とても興味深い営みなのです。

 私自身、こうした問題を考えるようになるまでには、長い道のりがありました。経営学を学んでいた私が平成2(1990)年に書いた修士論文は、アメリカのチェーンストア、その人材開発にかんするものです。
 チェーンストアとは、本部を持ち、11店舗以上の店舗を経営している小売業のことを指します。スーパーマーケットやコンビニ、ドラッグストアと、今では私たちの身の回りにも溢れているものですね。


  アメリカのチェーンストアにかんして、裁判の判例集を紐解きながら通説を覆していったのが、私の研究の始まりでした。ポンポンと企業を移ってキャリアを形成していくというアメリカ労働者のイメージと違い、実際は日本のように企業内の昇進に重きが置かれているということがわかったのですが、その過程でチェーンストアの面白さに魅せられていきました。
 というのもちょうど当時は日本でも、流通革命を起こして安価で商品を行き渡らせ、消費者の生活を豊かにしていくのだというチェーンストア、そしてチェーンストアを率いるカリスマ経営者たちに活気があり、伸び盛りだったからです。
    彼らが語るビジョンには、ロマンがあり、経営戦略の専門家などは特に熱中して研究をしていたものです。しかし、そこでは労働者のあり方がないがしろにされているのではないか、というのが私の考えでした。チェーンストアを労働者の観点から考える、という研究者は当時皆無。労働問題を研究するというと、重厚長大な鉄鋼や自動車・公務員などを対象とするものがほとんどでしたから、ひとりでコツコツと進めてきました。

    イギリスやフランス、アイルランドのチェーンストアへ実際に足を運び、インタビュー調査を行って日本と西欧を比較した『チェーンストアの人材開発』を著したのが平成14(2002)年。ここから、「チェーンストア労働三部作」と私が勝手に呼んでいる研究書を立てつづけに書いていくことになりました。


 賃金が低く、雇用関係が不安定なパートタイマーが日本で目立つようになったことが気になり、そのメカニズムを探究したのが、『チェーンストアのパートタイマー 基幹化と新しい労使関係』(平成19(2007)年)です。こうして孤独に書いてきた著作群を、1960年代以来、日本のチェーンストア経営者たちにとってカリスマ的存在であった経営コンサルタント、渥美俊一氏が高く評価してくれたのは、個人的にも面白い経験でした。ある日、いきなり電話がかかってきたんです。超高級料亭にも連れて行ってもらったりと交流がはじまったのですが、このままでは自分の人生として足を踏み外してしまうと感じて、生意気にも関係をお断りしたのは、今ではいい思い出です(笑)。
 次に書いた三作目で、労働組合の世界に足を踏み入れていきます。『チェーンストアの労使関係 日本最大の労働組合を築いたZモデルの探求』(平成29(2017)年)です。『オルグ!オルグ!オルグ!』の主人公にもなった、労働組合のない企業に組合をつくるプロフェッショナルである人物に、「労働組合のことがわかっていないのならパートタイマーのことも、人材管理のことも何もわからないはずだ!」と非難されたことが直接のきっかけではありましたが、実は私自身にも、強烈な原体験がありました。
 かつてアイルランドに調査に行った時、ストライキ中の労働者たちが自分たちのスーパーマーケットを取り囲み、客に物を買わせないようにしていました。私は日本からの研究者だと説き伏せて中に入らせてもらったのですが、物を買ったら「kill you」だと、つまり殺すとさえ言われた。店内に入ったら、店長と副店長が左右からカゴを持たせて商品を買わせようとしてくる。断りましたが、なんと激しい世界だろうと驚きました。
 このような「戦う」スタイルを経験した上で、それだけではない、日本ならではの労働組合の形――さまざまな労働組合の可能性が、だんだんと見えてきたのです。これにかんしては、後編でお話しましょう。

 

 

 

 

 

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