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佐伯有義―神道学研究の基盤を整えたパイオニア【学問の道】

明治・大正・昭和を生きた研究者秘話

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研究開発推進機構助教 吉永 博彰

2019年7月25日更新

 神祇や祭祀、神社の歴史を対象とした神道学研究の礎を築いた人物の一人に、佐伯有義がいる。佐伯による神道学研究の特徴は、古典の考証〔文献〕と祭祀の奉仕〔実践〕という、二つの基軸にある。

佐伯有義

 佐伯有義は、江戸末期の慶應3(1867)年、富山県の立山・雄山神社の祀職家に生まれた。本学の母体である皇典講究所が創立された明治15(1882)年に上京、就学後は主に国学者・井上頼圀に師事する。同20年の卒業後は、日本史研究の基礎資料ともいうべき『古事類苑』の編纂事業に携わり、古典考証を中心に神祇部などを担当した。一方、その間の明治28年には国幣中社気多神社(現、気多大社)の宮司に任じられ、2年近くにわたり祭祀や社務に勤しむなど、実践に基づく祭祀の経験・理解を深めていった。

 のち、明治37(1904)年には掌典(宮内省)に任じられ、宮中祭祀に奉仕する。大正年間には大喪儀(明治天皇)や御大礼に関わる職務にも従事した。大嘗宮を皇太子(のちの昭和天皇)がご見学された際に、説明をしたのは掌典の佐伯であった。他方、同時期には「六国史」や「延喜式」の校訂にも携わった。著書『大日本神祇史』(国晃館)の刊行も、在任中の大正2年のことである。

『大日本神祇史 全』(皇典講究所旧蔵)

 大正15年の退官後、昭和2(1913)年に本学講師、同11年に教授となり、戦時下の同19年に実質退職するまで、本学の学生教育と神道研究の発展に尽力した。

 佐伯は神道研究の基礎資料『神祇全書』(全5巻・明治39〜41年)の編集校訂や、『神道大辞典』(全3巻・昭和12〜15年)の監修を担当するなど、研究基盤の整備に大きな役割を果たす。そこには、佐伯が祭祀と向き合う中で得た神祇・神社への理解や意識が反映されていた。まさに「古典研究」〔文献〕と「神職養成」〔実践〕を創立目的とした皇典講究所の在り方を体現したような研究姿勢であり、それは今後も継承・発展すべき、本学ならではの学びの道の一つなのである。学報連載コラム「学問の道」(第18回)

吉永 博彰

研究分野

中世・近世神道史、神社史、神社有識故実

論文

「稲荷信仰にみた神璽の様相―近世の神体勧請を手掛かりに―」(2019/03/01)

「祓具の諸相―大麻(おおぬさ)を中心に―」(2017/03/01)

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