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みんな笑って夜はふける 地域を1つにする神楽の力

「神楽舞」は、なぜ地域の資源なのか(その2)

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経済学部准教授 山本健太

2015年7月22日更新

高千穂町の南に隣接する宮崎県・日之影町。この町では、厳しい地理的条件の中で、コミュニティを維持・活性化するための場として神楽舞が機能しています。なぜ、神楽舞がコミュニティを活性化するのか。実際に現地を訪れた、地域経済の専門家・國學院大學准教授の山本健太氏に聞きます。

高千穂町の神楽を中心に紹介した前回の記事「秘められた神の舞、今や地域の目玉に」と併せてお読みください。
制作・JBpress

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日之影町の神楽の様子(撮影:山本健太氏、以下同)

厳しい生活環境で神楽が果たす役割

日之影町大楠集落では、日中に地元の大楠神社に神楽を奉納した後、公民館に場所を移して「半夜神楽」を舞います。山本氏は2014年12月、県立広島大学准教授の和田崇氏とともに同町を訪れ、この神楽舞を調査しました。

ー日之影町はどんなところですか。

山本健太氏(以下、敬称略):町名から、暗いところを想像するかもしれません。でも、「影」とは本来、「光が差し込む」という意味。日之影町は、山間にありながら陽光が差し込む町です。かつて栄えたスズ鉱山が1963年に閉山して以降、農業と観光が主な産業となっています。

生活環境は、厳しいと言わざるを得ません。九州山地の谷間に流れる川沿いにあるため、夏は台風などの水害の脅威にさらされ、冬には雪が積もる。こういったところでは、互いに支え合えるような、コミュニティの存在がとても大切です。そうした環境にあって神楽舞、とりわけ年に1回催される半夜神楽は、単なる伝統文化に留まらない重要な役割を果たしています。

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宮崎県西臼杵郡日之影町

コミュニティ維持装置としての神楽

ー日之影町の夜神楽は、高千穂町と同じように夜通し舞い続けるのですか。

山本氏:この地域の夜神楽は、もともとは夜通し舞っていましたが、最近では深夜1時過ぎには終わります。なので、半夜神楽と呼ばれています。地域住民や出身者が、参加費にあたる花代やお神酒を携えて集まり、奉仕者(ほしゃ)の舞を楽しみます。あくまで地域の人たちの娯楽や親睦、慰労を目的としており、外部の人間を招き入れることは基本的にはありません。

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日之影町の半夜神楽にて

日之影町の半夜神楽にて

ー観光資源としては考えていないということですね。

山本氏:日之影町としても、神楽の観光化をしていないわけではありませんが、あまり活発ではないようです。むしろここの神楽舞はコミュニティを維持・活性化するためのツールと見るのが妥当です。

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神楽座が作られた公民館内。壁にある「愛総親和」「汗総努力」は、みんなで仲良くやりましょう、みんなで汗を流して努力しましょう、という意味。

ー舞の観賞が娯楽になることは理解できますが、親睦が深まるとは?

山本氏:夜神楽では、女衆が用意した料理や酒がふるまわれます。箸やコップを手に、舞を楽しむわけです。そのうち宴もたけなわになると当然、酔いが回った人が出てきますよね。すると、いたずらが始まります。

例えば、「柴引」という舞があります。太玉命(フトダマノミコト)が柴、つまり榊を天香具山から引き抜くという舞なのですが、本当はすぐに抜けるはずの柴が、なかなか抜けない。30代後半の舞手が力いっぱい引っ張っても抜けない。なぜかというと、神楽座の下に陣取った年配者たちが、「抜かせるものか」と3~4人がかりで押さえつけているからです(笑い)。

そうかと思うと、勝手に神楽座に上がって奉仕者に酒を勧める人、一緒に舞い始める人などが続出します。演目の間には、餅投げもします。これは奉仕者が観客に餅を投げる恒例行事です。投げ手は餅とり粉ごとつかんで相手かまわず投げるから、辺り一面真っ白になっていました。集中砲火を浴びて、顔が粉だらけの人も(笑い)。

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「柴引」の様子

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餅投げの後に粉だらけになった神楽座

ー神楽といっても厳粛な雰囲気ではなく、みなさん羽目を外しているんですね。

山本氏: 実は、それこそが重要なコミュニケーションなんです。年配者は年配者の、若手は若手の役割を果たしつつ、上下関係なく仲良く楽しむ。その様子を、みんなゲラゲラ笑いながら眺める。そういう構図です。

さらに、夜神楽が終わると、男衆だけの「お疲れさん会」が始まります。神楽のダメ出しに始まり、おのおのの近況や日常のちょっとした愚痴などを肴に午前3時、4時まで酒を酌み交わすんですよ。神楽を舞った慰労会なので、遠慮なく飲めるわけです。酒を飲むには理由がいるというのは今も変わりませんね(笑い)。

帰農者や移住者が次を担う

ー日之影町は、高齢化が進んでいると聞きます。神楽舞も、後継者問題に直面しているのではないでしょうか。

山本氏:確かに、この集落では50代半ばでも若手とみなされるほど高齢化が進行し、過疎化も深刻です。しかし、地域資源としての神楽舞の価値に気付き、継承しようとする人材はいます。

例を挙げましょう。先ほど触れた柴引は、ここの神楽の最高潮の演目です。その太玉命は大役で、地域の次代を担うリーダーとして期待されている人物が舞っているようです。私が調査した年にこの太玉命を舞ったのは、一度は町を出ていったものの、再び戻って帰農したという住民でした。他にも、奉仕者の中には、「緑のふるさと協力隊」の活動に参加して日之影町を気に入り、千葉県からIターン移住してきた若者もいました。

夜の早い時間までは、地域の子どもたちも貴重な舞手として参加しています。新たな担い手を得た日之影町の夜神楽は、今後もコミュニティを維持する機能を果たしていくでしょう。

次回は舞台を広島に移し、廿日市市や、安芸高田市に伝わる神楽舞を紹介します。他の神楽団との競演があり、地域外の聴衆を意識している点が特徴です。これらの神楽の中には、第2次世界大戦後に娯楽性を高めてきたものがあります。第2次世界大戦後の連合国軍総司令部(GHQ)による統制が、その背景にありました。

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