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入手困難!高齢化進む農村で生まれた「幻のワイン」

ご当地グルメは地域を救うか(その3)長野・松本市

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経済学部准教授 山本健太

2015年10月28日更新

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長野県松本市の東部に位置する山辺地区にある山辺ワイナリー。地元のブドウ農家たちが2002年に設立したこのワイナリーの商品が、市外の小売店に並ぶことはありません。それは、なぜなのか。さらに、高齢化に悩む地元農家がワイン造りに乗り出した理由とは。國學院大學経済学部准教授の山本健太氏に聞きます。
制作・JBpress

なぜ地元限定なのか?

ー長野県産のワインは全国的にも有名ですが、「山辺ワイナリー」の名前は初めて聞きました。

山本健太氏(以下、敬称略):典型的な地産地消型商品ですからね。山辺ワイナリーの主な出荷先は、松本市内のスーパーマーケットです。ネットショップも開設していますが、市内店舗での売り上げがほとんどのようです。

ーほぼ松本市内に供給を限定しているのは、なぜでしょうか。

山本:端的に言うと、そもそもの醸造量があまり多くないのです。

ー工場の生産能力の問題ですか?

山本:いいえ、山辺ワイナリーは農協からの出資を受けていることもあり、立派な設備を持っていますよ。ではなぜ大量に醸造できないのかというと、原料とするブドウを地元からしか仕入れない方針があるからです。今年の聞き取り調査によると、集落の農家350戸中32戸が山辺ワイナリーにブドウを納品するそうです。山辺地域におけるブドウの収穫量には限りがありますから、松本市以外に市場を拡大したら、すぐに供給が追いつかなくなるでしょう。

ーということは、ブドウの収穫量を増やせれば、市場拡大の可能性も・・・?

山本:おそらく、山辺のブドウ農家にはその気はないでしょう。昨年の夏に現地で行った聞き取り調査からは、彼らがなぜワイン事業に乗り出したのか、その背景と共に、あえて市場拡大をしない理由も見えてきました。

“ワイン用”への転換

山本:山辺地域はもともと、生食用のブドウ栽培が盛んでした。しかし、高齢化が進むにつれて、耕地を放棄あるいは縮小したいという農家が増えてきました。

生食用のブドウには、味はもとより見た目の美しさも求められるため、栽培や収穫、出荷に大変な手間がかかります。年配者にとっては負担が大きいものです。

「もう少し楽にならないものか。このままでは、とても続けられない」というのが地域の農家に共通する思いでした。実際、ブドウ栽培をやめてしまう農家も少なくなかったと聞いています。

その一方で、新規就農者はほとんどいないという現実もありました。兼業化も進んでいて、若い世代は会社勤めなどで時間も手間もありません。投入する労働量を減らしつつ、収益を維持する策を講じなければ、地域の中核産業であるブドウ栽培は衰退に向かってしまう。

関係者の誰もがそうした危機感を抱く中、「どうも最近、巷ではワインが流行っているらしい。山辺産のブドウでワインを作って売り出せば、儲かるんじゃないか。加工用のブドウなら見た目を気にしないで済むから、生食用より作業も楽になるはずだ」という声が上がってきたそうです。

こうして2002年、農協の支援を受けてワイナリー事業が船出しました。ちなみに、農協は今も山辺ワイナリーの筆頭株主です。

ー生食用から加工用の栽培に転換すれば、農家の作業負荷を軽減できる。それでワイン造りを始めたということですね。

山本:そう言っていいでしょう。なので、彼らには「ワインの市場を拡大するため、ブドウの収穫量を増やそう」という発想はないんだと思います。「過度な無理はしない。自分たちのできる範囲で、赤字にならないよう努める」と話していました。非常に現実的だと言えますね。

地域産業を長続きさせるには

ーワインで儲けようという話ではないのですね(笑)。

山本:利益はきちんと出していますよ。創業以来10年以上にわたって黒字経営を続けているんですから大したものです。「小さな市場での地産地消」という、自分たちの生産能力に見合った展開が奏功したということでしょう。

もちろん、「拡大を目指さないのは事業としてどうなのか。それで地域振興になるのか」という議論はあるでしょう。でも、地元の産業が衰退するのを食い止めているという点で、山辺ワイナリーの取り組みが地域に貢献していることは事実です。

過去に各地で行われた地域振興策を見ると、一気に事業規模を拡大した結果、破たんしてしまったという例は枚挙にいとまがありません。特に、行政か らの補助金を頼みの綱にした地域振興策にそうした失敗例が多い。補助金が切れた後に、自分たちの実力でどこまでできるのかまでは考えていないからです。

その点、山辺ワイナリーの「できることをやる。無理はしない」という戦略は、地味ではあるが非常に手堅い。ここに、地域振興策を長続きさせるためのヒントがあるのではないでしょうか。

ーところで、当初の目的であった栽培農家の負担は軽減できたのでしょうか?

山本:それが、そうとも限らないようです。「生食用を栽培していたころより、かえって大変になった」と言う人もいました。

聞き取り調査中にこんなことがありました。ちょうど収穫シーズンだったので、ワイナリーの周辺に併設するブドウ農園からブドウの甘い香りが漂っていたんです。

代表者にその理由を尋ねたところ、品種によっては収穫期に強い香りを発して知らせてくれるのだと話していました。

ただ、その甘い香りがいつまでも漂っているとなると、刈り取りが間に合っておらず、果実が樹から落ちている可能性もあります。収穫作業を間に合わせることは容易なことではありません。

それでも、彼らは「走り出したからには続けなければいけない」と言っていました。山辺ワインが小さな市場でこれからも愛され続けていくには、高齢化が進む同地域において、いかに生産者の作業負担を軽減しつつ、ワイナリーを存続させるかが課題となるでしょう。

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