日本最古の書物『古事記』。世界のはじまりから神様の出現、皇位の継承まで、日本の成り立ちがドラマチックに描かれています。それぞれの印象的なエピソードには今日でも解明されていない「不思議」がたくさん潜んでいます。その1つ1つを探ることで、日本の信仰や文化のはじまりについて考えていきます。
島根県松江市の伊賦夜坂
―ここが黄泉の国からの出口?
イザナキはイザナミを追いかけ黄泉国へ
イザナキ・イザナミが夫婦となって国々を生み、現在の日本列島を作り出し、さまざまな神々を生んだ神話は、古事記でも有名なエピソードの1つでしょう。その後火の神を生んだイザナミは身を焼かれて死んでしまいます。妻にもう1度会いたいとイザナキは黄泉国(ヨミノクニ)を訪れますが、そこには変わり果てた醜い姿のイザナミがあり、その姿を見て逃げ出すイザナキが描かれています。このように黄泉国は、死して後に行く冥界として理解されていますが、それはどこにあるものなのでしょうか。
黄泉国の出口は出雲にあった
『古事記』の神話の世界には様々な異界が存在しています。天には高天原、海の彼方には常世国、海中には海神の国などがあります。これらの異界は、現実世界には存在しません。ところが、地上世界は、私たちが過ごす現実の国土と密接に関わるように描かれています。
例えば、イザナキとイザナミが生んだ国々は、四国・九州・本州をはじめとして日本列島に該当します。そしてイザナミが火の神を生んで焼かれた後には出雲国(島根県)と伯耆国(鳥取県)との堺にある比婆山(ヒバヤマ)に葬られます。極めて具体的にその場所が示されるのです。イザナキは実際に黄泉国にイザナミを迎えに行っているので、比婆山と黄泉国は密接な関係があると言えます。また、黄泉国から逃げ帰るイザナキは、今の出雲国の伊賦夜坂を通ったと、具体的に示されています。つまり黄泉国は地上世界と繋がった場所にあるということです。
死者の世界は山にある?
ギリシャ神話でハデスが支配する冥界や、キリスト教や仏教の地獄と同じように、黄泉国も地下にある世界としてイメージする人は多いと思います。「黄泉」という漢字は、中国では地下を意味する言葉です。
ですが、『古事記』或いは『日本書紀』の神話のどこを見ても、「黄泉国」が地下であることを示す証拠はありません。「ヨミ」の語義については、「ヤマ=山」の音が変化したもの、或いは「ヨモ=四方」が元であるとする見方があります。「四方」は人々が住む場所の周辺を意味するので、やはり「山」と繋がります。イザナミが最初に葬られた場所が山であった点、死者は山に葬られる故に古代社会では山中に他界があると観念されていた点などから考えて、黄泉国は山中にあると考えられていたと思われます。しかも『古事記』神話ではそれを出雲国に属する場所に設定されているところが興味深いですね。
~國學院大學は平成28年度文部科学省私立大学研究ブランディング事業に「『古事記学』の推進拠点形成」として選定されています。~
谷口 雅博
研究分野
日本上代文学(古事記・日本書紀・万葉集・風土記)
論文
崇神紀祭祀記事の意味するもの-疫病の克服と国家の成立-(2022/04/30)
研究ノート:大碓命は小碓命に殺害されたのか(2022/03/10)