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「争わないことが一番」の剣道

~スポーツ、その日本のルーツを探る~

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人間開発学部 教授 植原 吉朗

2018年2月4日更新

 日本においては、2019年ラグビーワールドカップ、2020年は東京オリンピック・パラリンピックと、スポーツのビッグイベントが続きます。さまざまな競技がある中、日本におけるその競技の伝統や起源を探っていくことで、グローバルなスポーツの中の「日本」を紹介いたします。(※画面の右上のLanguageでEnglishを選択すると、英文がご覧いただけます This article has an English version page.) 

~剣道~

JN(剣道)①

◆はじまりは戦いの場

 「剣道」は、日本古来の剣術をさまざまな防具を使いながら競技化した武道です。

 平安時代、武力による争いが絶えませんでした。そんな中で戦いの専門家が必要になり、武士が誕生します。併せてこの時代に緩やかなカーブを描く日本刀の原型が作られました。争いの最中、武士が実戦の中で敵を殺傷し、また身を守るために刀を使う技術、つまり剣術が発展したと考えられています。

 武士が、社会を支配する鎌倉時代には、ますます剣術は隆盛しました。室町時代からの戦国時代では、多くの戦国大名たちが合戦を繰り返すようになりました。そんな中で武士たちは立身出世のために、さまざまな剣法の流派を生み出し、剣の技を競うようになります。

 現在の「剣道」の基礎が作られたのは、武士階級が確立された江戸時代です。この時代になると、文武両道、つまり剣の技術だけでなく、その鍛錬の過程で精神も鍛え、また先人の智を学ぶことが武士の要件となりました。この頃、竹刀が考案され、また面、小手、胴などの防具も開発され、練習しやすくなった「剣道」は一気に広まりました。

 

◆「争わないこと」が一番

 「剣道」は中学校・高等学校などの部活動としても取り組まれており、1つのスポーツ競技として捉えられることもありますが、本来は日本を代表する「武道」の1つです。「武道」とは前述のように、その始まりは、敵を殺傷し、自身が生き残ることを目的とした「武術」でしたが、次第にその技を磨くための稽古を通して人格の陶冶を目指す「道」の考え方に根ざすようになりました。

JN(剣道)②

 武道の「武」という字には「戈を止める」、つまり「武器を使わない、争わない」という意味もあると言われています。稽古によって鍛えられ真に心身が強くなれば、もはや争う必要がないのです。争えば傷つき、強さが確実に人を破壊してしまうことの恐ろしさを自覚する、だから己の強さを使わない、強いからこそむしろ他者に優しくなれる、と考えるのです。したがって本当に強い人は、優しい人であるはずです。

剣道の稽古は、互いを尊重し共に協力し高め合う関係を構築してくれます。一般にスポーツ競技では、相手は打ち負かすべき敵かもしれませんが、剣道では敵ではなく自身を向上させてくれる大切なパートナーと考えます。稽古で心身を鍛えることで、本当の強さを身に付け、人と争わない優しい人間になる、それこそが武道の心であり、剣道を実践する目的と言えるでしょう。

◆稽古で磨く人間性

JN(剣道)③

 武道では、「礼節」が重んじられています。道場では、「礼に始まり礼に終わる」と言われるのをよく耳にするでしょう。「礼」は、相手の人格を尊重する所作であらわされます。

 前述したように、相手は大切にすべきパートナーであるからこそ、非礼は許されません。実際に剣道の試合では、「一本」を取ってもガッツポーズなどすれば、取り消されてしまいます。その行為が相手への思いやりのない非礼とされるからです。一本を取った後も相手への思いを留める「残心」を示すことが、剣道では必須とされています。

 そうした背景を基に剣道では、相手を敬い、自分自身と向き合う「稽古」を積み重ねることで、心技ともに磨かれていきます。剣道は体格による優劣もなく、力任せにやれば勝てるものではないため、老若男女問わず、生涯稽古を積む方も多くいらっしゃいます。

剣道の精神性を理解する外国人も増え、現代では国境を越えて剣を交える機会も多くなりました。剣道で磨かれる人間性は、世界を平和にする礎にもなりうる可能性を秘めているのではないでしょうか。

JN(剣道)④

 

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